新緑の森の君へ2
本日は短めです。
その年の夏、家族で離宮に出かけた。
父は狩が好きだ。そんな父に憧れて私も狩に連れて行ってほしいとねだり続け、10歳の歳に初めて許可をもらえた。護衛の騎士たちの援助を受けながら初めて獲物を仕留めたときの興奮が忘れられず、ますますのめり込むことになった。
その年もさっそうと馬に乗り、父の後を追った。いつもと違うのは私のさらに後ろにユーファミアと彼女を守る護衛たちがついてきていることだ。
今年の避暑にユーファミアも連れて行くことは早々に決まった。彼女が馬に乗れるとわかり、これで自分も例年と変わらず狩に興じることができると、嬉しく思ったものだ。
だがユーファミアは瞳を震わせながら、恐る恐る打ち明けた。
「……あの、大変恐れながら、私の乗馬経験は平地に限られます。山間の道を行くときは、いつも父の前に乗せてもらっていました。陛下と殿下が狩をなさる森で、私ひとりで馬を進められるか、不安です……」
ユーファミアが王宮に伺候してまだ数週間。彼女に深く感謝をしていた両親は、家族の晩餐に彼女を同席させていた。控えめで自分の意見や要望を口にすることなどない彼女の訴えに、両親は耳を傾けた。
「確かに、12歳になったばかりの少女には酷な提案だったな。申し訳ない」
「そうですわ。あなたもカーティスも自分のことばかりで。ユーファミア、ごめんなさいね。勇気を出してそう打ち明けてくれたことに感謝するわ」
「そんな……恐れ多いことでございます」
消え入りそうな彼女の声に被せるように、母が提案をした。
「ユーファミアは護衛騎士の誰かに乗せてもらったらいいんじゃないかしら」
「そうだな、それで手配を……」
「待ってください」
父が了承する手前で、私はカトラリーを握りしめたまま、身を乗り出すように別の提案をした。
「離宮に向かうのは1ヶ月先ですよね。今から練習すればいいだけです」
「でも、無理に練習する必要はないわ。マナーや教養と違って、乗馬は必ずしも貴族女性に求められる技量ではないし。ユーファミアは領地にいたから必要にせまられて乗っていただけだもの」
「乗れるに越したことはないでしょう。それに2人乗りはどうしたって馬足が遅くなる。私が森の奥で魔力暴走を起こした時、彼女にすぐ近くにいてもらわないと困ります」
「いや、別にそこまで広い森でもないぞ。それに早駆けするような状況でもないしだな……」
「とにかく! 明日から特訓だ。ユーファミア、いいな」
「は、はい!」
両親の提案をねじ伏せ、私は話をまとめた。我ながら頑なな態度だったと思う。だが、彼女が別の男と2人乗りする姿など、想像するだけでもはらわたが煮え繰り返りそうだった。
避暑が楽しみだと言いながら食事を続ける弟妹たち。何が起きたかわからず目を白黒させているユーファミア。そんな中、呆れたように、そして察したように含み笑いをする両親。
「今年の避暑は楽しくなりそうだな」
「えぇ、本当に」
そう両親が予測した避暑中の狩場で、追いかけた雌鹿が振り返った瞬間のその瞳がユーファミアのそれを思わせて手が止まり、絶好のチャンスをみすみす逃した私が父に呆れられるのはその後の話。
以来、私はあれほど憧れていた狩をまったく好まなくなった。貴族男性にとっての狩場は社交の一種であり、必要最低限の技量は教養のひとつとして身につけねばならず、毎年父についてはいくものの、鹿にだけは弓を引けない、それは未だに王家の秘事だ。