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第三の男2

 いや、確かにカーティス殿下とは同じ学年でしたよ。一学年ってそこまで数がいるわけじゃないからたいてい顔見知りだし、なんならグループ研究で殿下と席を並べたことだって一度や二度ではありません。けれど昵懇てことはないです。絶対ない。殿下が常に一緒にいらしたのはカイエン様に今はご婚約者となったユーファミア様。あとはメラニア・マクレガー侯爵令嬢に、侯爵令嬢の太鼓持ち的なご令嬢が2人。昵懇っていったらそうした人たちを指すんじゃないでしょうか。


 ……まぁそうした人たちがユーファミア様を除いてカーティス殿下の側から離れてしまった事情はもちろん知っていますよ。あの卒業パーティには僕もリリアナ同伴で参加していましたからね。マクレガー侯爵令嬢は王都を去り、取り巻き令嬢たちも表には出てこられない。残るはカイエン様ですが……なんかそこは微妙に突っ込みづらいんですよね。ユーファミア様がカイエン様の義理の妹になったから、権力の集中を避ける王家の慣例により側を離れたってなってますけどね。そもそもそんな古臭い慣例自体あってないようなものでして。確かにマクレガー侯爵令嬢が王太子妃になった場合にマクレガー宰相が居残るっていうなら文句も出るでしょうけど、王太子の側近って立場で正直そこまでする?っていう印象です。あ、これは僕の個人的な意見ね。そんなふうに少し違和感を感じたもので、本当は何かもっと奥深い事情があるんじゃないかなぁってちらっと思っただけですよ。えぇ、思っただけで誰にも漏らしてません。愛するリリアナにだって。余計なことは口にしない方が身のためっていうのが僕の信条なんです。口は災いの元っていいますからね。だからこそ、マクレガー侯爵令嬢じゃなくてユーファミア様が王太子妃に内定したとき、多くの同級生たちが驚愕していた中で、僕だけ「あ、そゆこと」と内心腑に落ちたというか納得したというか……そんなことだっておくびにも出しませんでしたよ。だってそんなところ突っ込んでもいいことなんにもないじゃないですか。僕の気のせいかもしれないですし。


 というわけで権力を持った人たちは見ない・触れない・近づかない。これが賢くしぶとく生き残る条件ってしっかり身に刻んでいる僕に、その辞令はさすがにないでしょう、神様ってば。





「本日より事務官として配属されました、マルク・ドルモアです。王太子殿下の事務官に抜擢されましたこと、この上ない栄誉であります。誠心誠意お仕えいたします」


 えぇ、入職して3ヶ月ではありますがしっかりすっかり官僚魂ですよ。お上には逆らえません。


「ドルモアか、久しいな。私のことはカーティスと呼んでもらって構わない」

「は! 光栄であります、カーティス殿下。私のことはどうぞマルクとお呼びください」

「そんなに堅苦しくしなくても大丈夫だ」


 そうして艶やかに笑う殿下は男の僕から見てもどきっとさせられる色気があります。もちろん僕はリリアナ一筋ですけどね! まぁ、それはそれとして、在学中からスーパーな人でしたが、お人柄は良い方だったんですよね、カーティス殿下。この方が上司になるということ自体は決して悪くない、むしろ働きやすいでしょう。王太子付きということはそのうち王太子妃殿下とも関わりが出てくるということで、その点もユーファミア様なら文句なしだなとは思います。ちなみに僕はマクレガー侯爵令嬢よりもユーファミア様推しでした。このお二人、在学中は男子生徒の憧れの女性として人気を二分してたんですよ。どちらかというとユーファミア様推しの人間の方が多かったですけどね。ほら、マクレガー侯爵令嬢は高嶺の花すぎてって理由でもありますが、僕はなんとなーくマクレガー侯爵令嬢とは仲良しにはなりたくないかなーと防衛反応が働いていたというかなんというか。その点ユーファミア様はこう、清楚系? 癒し系っていうの? リリアナとはまた違った魅力があって、多くの野郎どもが声かけたいなーと思っていたのは事実です。中にはご実家宛に縁談持ちこんだ強者もいるようですし。そういやそいつらの噂、卒業以来聞かないな……。


 まぁ、僕の事情はいいですよ。宮仕えの身としては身を粉にして働くのみです。新人に王族の事務官職が割り振られるのは確かに異例のことですが、事務官は当然僕だけじゃなくてベテランの上司もついてますから、僕なんて下請けの下請けみたいな業務役割でしょう。


 ……なーんて気楽に考えていましたよ、はじめはね。働き始めて3日で僕は自分の身に降りかかった運命を呪うことになりました。


 業務量が半端なさすぎる!


 ていうか殿下、こんな量毎日捌いてるんですか!? この人、つい3ヶ月前までは学生でしたよね? それがなんでベテラン事務官が悲鳴をあげそうなくらいの業務量をマッハでこなせているんですか? 大丈夫? ちゃんと食べてる? 寝てる? え、登城したユーファミア様と今からお茶会? あ、そう、こなせてるんだ。へぇ……。え、ユーファミア様もお手伝いされてるの? あ、わざわざご挨拶いただいてありがとうございます。えぇ!? 僕のこと覚えていてくださったんですか? 学生時代から優秀な人で尊敬していた? え、それはなんだか照れます、ていうかありがとうございます。うわっ、ちょっと、なんか部屋の温度が下がった気がするんですが……ちょ、ちょっと殿下! なんで氷の破片飛ばしてくるんですか! え、手遊び? いや、遊んでないで仕事しましょうよ、してる? えぇ、していますね。僕の3倍はしてますね。ちょっと筆頭事務官様――! え、今日休み? 過労で倒れた? 挙句、筆頭事務官を辞退!? 後任決まるのに時間かかるって? それまで僕ひとりっすか――!? やばいやばいやばいやばい仕事回らねぇ! これもう指示系統から見直した方がいいんじゃね? そもそもなんで王太子のところに上がってくる書類に食事時のパンの小麦納品業者の見積もりとか混ざってんの? いや王家の皆様が召し上がるものだからって、そんなことくらい勝手に外野が片付けろやそのための文官じゃねぇのかよ! こんなくだらん書類は突き返す! え、台盤所の管轄が文句言ってくるって? 冗談じゃねぇ!


「以後、私の眼鏡にかなった書類や情報しかカーティス殿下には回しません! ていうか内容がくだらないのもさることながらミスが多すぎだろうがきちんと精査してから出せよ計算もろくにできないってそれでも高級取りの文官か王立学院の新入生の方がまだ使えるわ!」


 3日完徹の後に書類を叩き返した黒クマ飼いの僕の姿に、官僚の諸先輩型は慄き、涼しい顔で業務を捌いていたカーティス殿下とお手伝いに登城されていたユーファミア様はなぜかにこにこなさっていた。


「やっぱり、マルク様を推薦して正解でしたでしょう、カーティス様」


 恐れ多くも次期王太子妃様に名前を敬称付きで呼んでいただいているのは、僕の希望ではないです。僕はその辺のぺんぺん草とたいした違いがない存在なので、そもそも名前なんて覚えていただかなくてもいい程度なんですが、ユーファミア様がそれではあんまりだとおっしゃり、初めはドルモア卿と呼ぼうとされたのを、兄や父と紛らわしいことと、そのうちリリアナ(彼女は今王妃様付きの女官です、権力の集中とかいってもしがない新人文官ではうるさいこと言われないんですよ)もドルモアになったらさらにややこしいだろうと、それなら名前呼びで結構です呼び捨てでお願いしますと言ったところ、自分の身はまだ伯爵令嬢だから失礼だといろいろあってマルク様になったという経緯です、はい。


 いや、そんなことより今、聞き捨てならない話が聞こえましたよ? ユーファミア様が推薦された? 僕をですか?


殿下はちゃんと仕事をしているようです。えらいえらい。

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