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彼女たちの誤算1

メラニアのとりまきその1・マーガレットの物語です。微ざまぁです。

 こんなはずじゃなかった。


 触れれば崩れ落ちそうになる染みだらけの書類を睨みつけ唇を噛み締める。苛立ちで漏れた息が口元を覆っている布の中にこもって、湿った嫌な空気が顔周りにまとわりついた。いつまでも慣れない嫌な感覚。古びた書類の隣に置いた真新しい紙はまだ三分の一も埋まっていない。


 イライラしながら羽ペンにインクをつけ、退屈極まりない文字を書き写す。一列書いてはまた手が止まり、やるせない気持ちで顔をあげると、そこには向かいの机で私と同じ古い書類を書き写している父の俯いた顔。


 ここは王立図書館の分署となる部屋。分署といえば聞こえはいいけれど、書物や書類のカビ臭さが染み付いた、暗く乾いた部屋に過ぎない。大元の図書館は王城の敷地内にあって、文官や魔導士や一般の貴族が出入りする豪華で美しい場所だけれど、この建物は図書館とは離れたところにひっそりと立っていて、華やかさの欠片もない。三階建の建物の一番端にある小さな部屋には机が4つあって、4人の事務員が黙々と古い書類を新しい紙に書き写す作業をしている。書物や書類は経年劣化が激しい。保存魔法をかけてはいても永久的とはいえず、完全に朽ちてしまう前に後世に残すべきものを選別し、こうして人の手で書き写す作業が必要になる。その作業を担う職に、私は3ヶ月前から従事させられていた。


 なぜこの私がこんな地味な作業をしなければならないのかと、始めこの話を持ってきた父に喰ってかかった。けれど父は「しかたがないだろう、マーガレット。おまえが王太子妃様に対し行った嫌がらせの結果だと思え」と顔を顰めるのだった。





 私の名はマーガレット・マクレガー。1年半前に王立魔法学院を卒業した。魔力を持つ貴族の子女が通うその場所で、私は常に中心的な立場にあり、皆の視線を集めていた。私が学友としてお付き合いしていたのは国王陛下の長子で、時期王太子の座が確約されていたカーティス殿下と、殿下の婚約者と目されていたメラニア・マクレガー様だ。メラニア様と私は再従姉妹の関係になる。私の祖父とメラニア様のお祖父様が兄弟なのだ。メラニア様の父であり、宮廷の最高権力者であるマクレガー宰相は父の従兄弟だ。


 私の祖父はマクレガー侯爵家が持っていた子爵位を受け継ぎ、その子爵位は父の兄が継いでいる。そのため次男の父には爵位がなかった。爵位がない嫡男以外の者は、例えばシャロンのような、爵位持ちの跡取り令嬢の入婿を望むことが多い。だが父は男爵家の末娘だった母と大恋愛の末結ばれ、爵位はないまま、王宮に文官として就職する道を選んだ。だから我が家は立場上は平民らしい。けれど時の権力者であるマクレガー宰相と従兄弟にあたる人物が平民扱いされるはずもない。父も宰相様の近くにこそ配属されなかったけれど、王立図書館の副館長の座に長く就いていた。


「本当は財務や刑部などの要職についてほしいと言われているのだがね、従兄弟が宰相職にあっては、権力の集中をあげつらう者も出てくるだろう? 従兄弟にも申し訳ないから敢えて地味な仕事を選んでいるんだよ。我が家に爵位はないが、実質は子爵家や男爵家などうちの足元にも及ばない存在だ。だからおまえも上位貴族らしく堂々とふるまいなさい。そうすればいい家との縁も望めるさ」


 子どもの頃からそう聞かされて育った私は、当然ながら自分は貴族令嬢だと信じて疑わなかった。同じように言われて育った兄は体を動かすことが得意だったので、騎士となって近衛隊に配属された。近衛隊は貴族出身の者たちで構成されている華々しい部隊だ。ちなみに貴族でない者は騎士隊所属となり、王都以外の場所で兵役につく。6つ上の兄はマクレガー宰相の推薦もあって近衛総長であるドリス卿のおぼえもめでたく、近衛隊の中でも出世頭で、婿入りの縁談の話も絶えることがなかった。本人はせっかく近衛騎士になれたのだからまだまだ遊びたいと、腰を落ち着ける気はないようだった。


 だから私も、兄のように華やかな人生を歩めるのだと思っていた。兄よりもさらに幸運だったのは、マクレガー本家のメラニア様が同い年だったことだ。その上メラニア様は未来の王太子妃候補。


「このままメラニア様と学院生活を共にして、メラニア様が王太子妃となったら侍女として仕えて箔をつけたいわね。メラニア様の信頼を得た侍女っていう肩書きがつけば結婚相手のランクはずっと高くなるわ。メラニア様とカーティス殿下との御子と同い年の子を産んで乳母として勤めるっていうのも手よね」


 貴族籍を持たない私だけど、王太子ご夫妻の覚えめでたい存在となれば、そんなものはハンデにはならない。そう信じていた。






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