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最後の嘘7

なんということでしょう……大事なクライマックスに向かうはずのこの章を投稿ミスしていました。。。

 その後会議の終わりに領主代行の代理挨拶を済ませた私は、三々五々に散る参加者たちの海の中に、もう一度神父の姿を探した。何か言いたいことが残っていたわけではない。ただ、無意識のうちにそうしてしまった。


 会議となった講堂の前には乗合馬車の駅がある。各地に戻る神職者や一般の客でごった返したその中に、背中を丸くした神父と口の軽い小姓の姿を見つけた。近づき声をかけようとしたとき、彼らの会話が耳に入った。


「昨日伝えたことを憶えているかい? 乗合馬車は先月、ルートが変わったんだよ。この路線だとイームズには停まらないから、少し遠回りでもガデンで乗り換えた方が早道だ。行きとは違うルートになるから注意するようにと伝えただろう? もう一度切符を購入し直してきておくれ。あぁ、それから教区の子どもたちへのお土産の予算だが、あといくら余っていたかな。ふむ、そこの露店でキャンディを売っていたんだが、その残金だと20個は買えそうだね。ついでに買ってきておくれ」

「わかりました、神父様。えっと、ガデン行きの切符と、キャンディ20個と……」

「いや、切符はイームズまででいいんだよ。乗り換えの中継をガデンのものにして欲しいんだ。イームズの教会に一泊させていただく許可はとっているからね」

「はい!」


 指示に従い、乗合馬車の切符を求めに小姓が走っていく。その小さな背中に向けていた視線が、ふとこちらを向いた。


「これはこれはカイエン様。わざわざお見送りでしょうか」


 杖をつき、背中を丸めた神父は、以前よりも小さく見えた。自分が大きくなったからそう見えただけかもしれない。ただその優しい口調は健在で、小姓のミスに声を荒げることもない。ルートのややこしい乗り換え方法の指示も、お土産の予算を弾き出す計算も、すべてが穏やかだ。


 あの頃とまったく変わらない人徳と知性。真っ黒に変わってしまった自分となんという違いか。


 唐突に口を突いたのは、あまりに単純な真実だった。


「……神父様、私は、嘘をつきました」


 神学の勉強は嫌いではなかったが、特別楽しいものでもなかった。家の手伝いをするよりはマシという程度。それでも「勉強は楽しい」と、「たくさん学んで教区に恩返ししたい」と口にした。足を悪くしているのは本当だが、それ以外はなんら瑕疵(かし)のない彼の自信を失わせるような小細工をした。会議の場でバルト伯爵に望みを聞かれたとき、己の野心は明かさず、ただただ敬虔な子どものフリをした。


 嘘に(まみ)れた自分は決して許されるべきではない。この人生が幸せであっていいはずがない。それがわかっていながら、私は今、何を懺悔しようとしているのか。


 気がつけば頬を伝う涙。そんなもので私の罪が洗い流せるはずもないのに、流れるそれを止められない。


 ごった返す乗合馬車の駅。神職者たちの姿はすでに散った。邸に蟄居の身である私の姿を見知った者もない。誰も自分のことなど知らない、その空間で、誰よりも私のことを知っている神父が、その手をそっと私の頬に寄せた。


「神はすべてを見ておられる。見た上で、そなたを許すだろう」

「……ひとつふたつではありません。たくさんの嘘をつきました。私の口から真実が語られることなどなかったと言えるほどに、嘘ばかりの人生でした」

「それでも神は、そなたを見捨てはしないよ、カイエン」

「神父様は……」


 神など、信仰心の薄い私には遠い存在だ。そんなものに許されたところで、何が変わるというのか。それよりも私は、目の前いる彼の言葉が欲しかった。自分が何かを欲することさえ烏滸がましいというのに、私はそれを求めてしまった。言葉にならず飲み込む問いかけに溺れ、息苦しさを覚える。


 神父は目を細め、今度はその手を私の頭に載せた。


「カイエン、そなたは私が教えた子の中で、一番優秀で、一番良い目をしていたよ。そなたを教え、導く手助けができたことは、私の人生においてこの上ない喜びだった。幼き頃に望んだ通り、今バルト伯爵様の元で立派に勤めていることを、誇りに思う。そなたはただ一途に、その夢を叶えただけだ」


 かつて私がついた嘘。バルト本家で十分にやっていけるという自負と野心を表沙汰にするには狡猾がすぎるだろうと、敢えて「神父の手助けをしたい」と、伯爵に問われて健気にそう告げた。


 だが今、神父はなんと言った? 幼き頃の望みを叶えたのだと、そう言ったのか――。


 露店に並ぶ小姓が振り返り、神父に手を振る。焦った表情から、何かトラブルがあったらしい。「また計算を忘れたのかね」と嘆きを見せつつ、彼は私を振り返った。


「そなたの口から出たのは、嘘ではない。希望だよ。カイエン」


 続けて別れの挨拶を告げた神父は、そのまま人混みへと消えていった。






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