最後の嘘4
卒業が近づきつつある状況で、我々は少し焦っていた。6年の間にカーティス殿下の想いが変わることはなく、彼女を囲い込むために両陛下も巻き込んで離れ家の準備を整えてしまった。ユーファミア嬢もまた、許されぬと信じているその想いを胸に消せない状況で、我々に残された手段はそう多くはなかった。
「ユーファミア様には城を出てもらいましょう。我が家の領地での仕事を斡旋しますわ。殿下の誕生パーティが開かれている間なら、王宮の人手も減って目につかないはずです」
「だが、バレてしまえば殿下がすぐ追っ手をかけます」
「あくまでユーファミア様がご自分の意志で出立したと見せかけるのですわ。私たちがその証人になりましょう。ユーファミア様の家出とはっきりすれば、王家としても追っ手を差し向けることはできません。いくら殿下が望んでも近衛は動かないでしょう」
近衛の長であるドリス総長は家出した一介の子爵令嬢のために動くことはないだろうし、メラニア嬢の父であるマクレガー宰相も首を縦には振らないはず。あるとすれば両陛下が王命を下すことだが、我々の証言とユーファミア嬢の意志を示す証拠があり、実質メラニア嬢の保護下におかれる状況となれば、それも防げる可能性が大きい。
そうメラニア嬢は主張した。正直一か八かの粗の多い計画で、いつもの私なら了承などしなかった。だが、残り時間と機会の少なさから焦りが生じた。何より両片思いの2人をどうにか早く引き離したいという執念が私を突き動かした。
「契約書があった方が信ぴょう性が高まるかと思いまして。それにもしユーファミア様が後になって考えを翻しても、これを盾に契約不履行を訴えて、殿下から引き離すことができますわ」
メラニア嬢が用意した契約書を見て目を見開きそうになった。そこにマクレガー侯爵のサインがあったからだ。かの侯爵が作戦に加担したのかと一瞬思ったが、契約者のユーファミア嬢がまだ未成年であることを考えると、そんな危ない橋を渡る人だとも思えない。娘の立場とはいえ、父侯爵のサインを偽装するのは罪に問われる。もとよりそんな法的な知識は持ち合わせていない御令嬢だが。
本人は自分のことを劣等生だと思っているが、その実優秀なユーファミア嬢が、この穴だらけの話になるべく不信感を抱かぬよう、養父であるバルト伯爵の名を語って契約書のチェックまでしたかのように見せかけた。契約内容はマクレガー家の孤児院で3年働くこと。
3年。その間にカーティス殿下はメラニア嬢と結婚する。学院でメラニア嬢が本命だと見えるように画策した我々の行動は、他の貴族たちにすこぶる影響を与えていた。メラニア嬢を除いて、カーティス殿下の隣に相応しい未婚や婚約者のいない令嬢はもはやいない。ユーファミア嬢に逃げられた殿下は、メラニア嬢と結婚するよりほかないだろう。
そしてマクレガー家の孤児院で3年匿われたユーファミア嬢を、私が迎えにいき手にいれる。養子とはいえ伯爵家からの申し出を、子爵家は断れないし、養父もまた、カーティス殿下を支えた彼女を嫁に迎えることに否やはないはずだ。
3年たてば、私はようやく真実を告げることができる。だからこれが、彼女に吐く最後の嘘。
裏門へと向かう馬車を見送りながら、私は来るべき未来に胸を膨らませていた。
メラニア嬢から契約書を譲り受けたのに深い意味はない。人の一手先を読むことを叩き込まれた私にとって、念の為のいつもの行動。
ユーファミア嬢の護衛につけると知らされた平民出の魔術師の出自を調べたのもまた、通常業務に過ぎない行動。
その、念の為のいつもの行動が、後の顛末を大きく左右することになる。
ユーファミア嬢の出立を、彼女の意志による家出とうまくごまかせた私は、必死の形相で彼女の行方を探そうとするカーティス殿下を、どこか冷めた目で見ていた。
何もかもを持って生まれ、何もかもを約束された未来すら手にしているというのに、彼女まで欲する殿下に抱く、特筆し難い感情。だが私の敬愛すべき主君であることは変わりない。
誠心誠意あなたに仕えよう。この身も命も捧げることすら厭わない。そのために私はここまで来た。
けれど彼女に愛し愛される立場だけは譲れない。それだけはどうか、赦して欲しい。