50
「カイエン、そなた、なぜここに……!」
「カーティス殿下。遅くなり申し訳ありません」
バルト伯爵の言葉を遮るように、殿下に対して臣下の礼をとった彼は、誰かに邪魔されることを嫌ったのか、いつになく落ち着きのない早口で言葉を継いだ。
「魔道士リーゼ殿のご家族は、ご命令により保護しております。これで彼女の証言は何にも脅かされることなく守られるでしょう」
「命令だと……?」
訝しむ殿下の疑問に、カイエン様が素早く答えた。
「はい。ユーファミア様がご自身の身分から殿下の手を取ることを不安に思われたところを、マクレガー侯爵令嬢につけこまれて王宮を家出したかのようにふるまわされた件につきまして、証人である付き添いの魔道士殿、及びご家族様を保護するよう、仰せつかっておりましたが、無事保護いたしましたことを報告申し上げます。卒業式に間に合わず、パーティ会場に相応しくないいで立ちで現れることになってしまったことはお詫び申し上げます。しかしながらこれで今回の騒動も解決に至るかと」
「カイエン……」
「……殿下、今は話を合わせてください」
声を潜めるカイエン様の瞳が、一瞬私を捉えたがすぐに逸らされる。ふと隣を見上げれば、殿下は迷っておられるようだった。腹心と思っていたカイエン様が、いっときとはいえメラニア様に与していたのだから仕方のないことかもしれない。
だが殿下の迷いは一瞬だった。
「カイエン、ご苦労だった。本来ならそなたは次席の卒業者として表彰されてしかるべきであったが、体調不良と偽り、影で働いてくれていたことを感謝する」
「……もったいなきお言葉」
そんな主従のやりとりを聞いていた周囲から「殿下の密命を受けて働いていたということ?」「カイエン様は体調不良ではなかったのだわ」などと声があがり広がっていく。
「……カイエン様、どういうことですの」
地を這うような声がメラニア様から発せられた。
「あなたはユーファミア様のことが好きだと、添い遂げたいとわたくしに告げましたよね。だからわたくしはお2人に協力してきたのよ」
「何をおっしゃるかと思えば。私がユーファミア様を? そんなこと……あるはずがないでしょう。ユーファミア様はこの王宮に伺候されたそのときから、我が主人の大切な思い人。敬愛こそすれ、恋情を抱くなど、不敬にも程がありましょう」
「嘘です! わたくしはちゃんとこの耳で聞きました!」
「その証拠がありますか? たとえば私がユーファミア様に恋文を送ったとか愛を囁いていたとか? 証人でもかまいませんよ。私が彼女と仲睦まじく過ごしていたということを証言する者が、果たして学院にいるでしょうか」
「……っ」
学院で、カイエン様は常に私に対して一線を引いておられた。殿下やメラニア様に関係することで、私のふるまいが目に余る際には叱責すらされた。その姿を見た者ならいるかもしれない。けれど彼が私に優しくしていた姿を見た者はいるはずがなかった。
「殿下、ユーファミア様。つまらぬ疑いを晴らすために、ここに宣誓させてください」
「あぁ。許す」
「ありがとうございます。……私がユーファミア様に恋情を抱いていたことは間違ってもありません。ただ、私の心は常に、殿下とユーファミア様に捧げています。私は慣例によりお側を離れますが、お二人の御世が輝かしいものでありますよう、遠くから祈念しております」
そうして私たちに対して臣下の礼を取り直したカイエン様は、けれどもう2度と、私を見ることはなかった。
メラニア様は騎士の拘束をとかれ、父親であるマクレガー宰相に付き添われて会場を後にした。バルト伯爵と殿下、それに私も一緒に辞することになったが、私だけ先に王太子宮に戻された。
皆と別れる際、バルト伯爵から声をかけられた。
「ユーファミア。予定では明日カイエンをバルト領に送還し、入れ違いでそなたを王都の我が家に迎え、婚約式の準備をすることになっていたが、変更になるかもしれない。そなたは王太子宮で待つように」
「はい」
バルト伯爵の養女となった私は、これから結婚するまでを王都のバルト家の屋敷で過ごすことになっていた。未だ騒動が収まっていない上に、カイエン様の問題もあり、しばらくは落ち着かない様相だ。
元はと言えば、私が騙され、王宮を抜け出したのが悪い。これ以上誰にも迷惑をかけないようにしようと思いながら、私は部屋に戻った。