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 濃紺のローブをまとったリーゼさんの表情は、ひどく曇っていた。以前より幾分か痩せたかもしれない。ただ、引っ張られながらも己の足でしっかりと歩いており、見たところ怪我などをしている様子はない。


 私はかつて、リーゼさんを保護してくれるよう、殿下に頼んでいた。見上げた先の殿下は、小さく謝罪した。


「すまぬ。手を尽くしたが、マクレガー家の妨害があり、保護するには至らなかった」


 そんなやりとりの端で、メラニア様はリーゼさんに質問しはじめた。


「おまえはここにいるユーファミア様と一緒に、馬車に乗ったわね。殿下の誕生日の日のことよ。おぼえているでしょう?」

「……はい」

「そして夜半に、屋敷を抜け出したユーファミア様に気が付いた。おまえは彼女を探すために森に向かったのね」

「……はい」

「そこで、何を見たの?」

「……何も、何も見ておりません」

「……そう。でも、何か聞こえたのでしょう? それは、ここにおられるユーファミア様の声ではなくて? それと男性の声。2人は何をしていたのかしらね」


 メラニア様の声かけに、リーゼさんは顔色を変えた。


「心配しなくていいわ。おまえのことは私が神に誓って守ってさしあげます。おまえが相対している方々はこの国の権力の中枢に立たれる方々で、我々家臣がその頭上に戴く存在。けれど、その存在が本当に清い身であるかどうか……すべてそなたの証言にかかっています」

「馬鹿な……! いったい何があったと言うのだ!」

「殿下! わたくしどもには知る権利がありますわ。この国の王太子妃となる方が、清廉潔白な方であるのかどうかを!」


 強い口調でそう叫ぶメラニア様は、再びリーゼさんに向き直った。


「さぁ! 先ほどおまえが証言したことを皆に聞かせるのです! おまえが森で聞いたという、ユーファミア様の様子を!」

「おそれながら……私は何も、何も聞いておりません」

「は?」

「私は、何も聞いておりません……私は森に行ってはいません!」

「何を言うの!? おまえはユーファミア様を探して森へと向かったのでしょう!」

「いいえ! 私は森には行けませんでした。なぜならユーファミア様が森へと逃げている間、私はマクレガー家の騎士に拘束され、暴行を受けていました」

「嘘よ! おまえは以前わたくしに、ユーファミア様と男が睦み合っている声を聞いたと述べたでしょう!」


 リーゼさんを糾弾するメラニア様との間に、すかさずバルト伯爵が立ちはだかった。


「魔道士殿、詳しく話していただこう。なぜそなたはマクレガー家の騎士から暴行を受けたのだ? 見たところマクレガー家お抱えの魔道士のようだが、騎士たちとはある意味同僚だろう」

「それは……私がユーファミア様を逃したからです。騎士たちはユーファミア様を亡き者にしようと、彼女を狙っていました。計画では闇夜に紛れてユーファミア様を襲い、森に捨ておく予定だったとか。そうして道中で賊に襲われ亡くなったと発表するつもりだったのだと思います」

「そなたは初めからその計画で、ユーファミアをそそのかし、王宮から連れ去ったのか?」

「いいえ。当初はマクレガー領までお連れするようにと言われていました。ですが途中で伝令魔法が飛んできたのです。王都におられるお嬢様から」

「嘘よ! 平民ごときが、この場で好き勝手言うのでないわ!」

「先に魔道士殿に発言を求めたのはそなただろう!」


 いつの間にか王宮の騎士に取り押さえられたメラニア様をバルト伯爵が叱責する。


「魔道士殿、続けてくれ。王都にいるマクレガー嬢から、どんな伝令が飛んできたのだ」

「ユーファミア様を、殺せと」


 ひゅっと、息が上がろうとするのを咄嗟に押し留めた。私を守る殿下の腕の力が強くなる。メラニア様が私を亡き者にしようとしていたことはとうに知っていた。それが、当の本人の前で詳らかにされたことに動揺してしまった。


場にそぐわぬ不穏当な言葉に、周囲にもどよめきが走る。パーティ会場は一転、緊張に包まれた。


「ユーファ、大丈夫だ」


 殿下の大きな手が、私の背中を撫でる。そのときだった。


「いったいこれは何事だ!」

「マクレガー宰相!」


 騒然とする場に現れたのは、メラニア様の父親であるマクレガー宰相だった。本日の学生の門出を祝うため、彼も出席していたが、国王陛下ご夫妻が退場されるのと同時に退室していた。


誰かがメラニア様の登場を伝えたのだろうか。戻ってきた宰相は、拘束されている愛娘を見て愕然とした。


「メラニア、おまえはパーティには出席したくないと言っていたのでは……。いや、それどころではない! いったいなんの権限があって我が娘を拘束している! その手を離せ!」

「いや、離す必要はない! マクレガー侯爵令嬢はたった今、ユーファミアの殺害未遂を告白した!」


 宰相と殿下の声が重なり、近衛騎士はどちらに従うべきか逡巡したようだった。その隙にメラニア様が騎士の腕を振り払った。


「お父様! 助けてください!」

「メラニア、いったい何があった」

「この魔道士は、ユーファミア様の家出に付き添った魔道士です。そして、夜中に宿泊先を抜け出したユーファミア様が、森で男性と密会していたところを見たと、わたくしの前で証言しました。ですがたった今、殿下やバルト伯爵、ユーファミア様の前でそれを撤回したのです。挙げ句の果てに、わたくしがユーファミア様を亡き者にしようとしたと、嘘の証言まで……! きっと時の権力者を前に怖くなって証言を翻したのですわ。もしくは既に脅されているのかも。だってわたくし、このような貴重な証言をするこの者が、万が一狙われてはと、この者をずっと保護していたのですが、この者の家族が狙われてしまうかもと思い、彼らのことも保護しようとしましたが、既に自宅はもぬけのからでした。きっとバルト伯爵たちがユーファミア様の醜聞を揉み消すために、この者の家族をさらって、脅しをかけているのですわ!」

「マクレガー宰相! これは我が家への侮辱と受け取る。大変遺憾だが、国王陛下のお耳にも入れねばならぬ事態であるぞ」


 ぎりりと歯を噛み締めながらバルト伯爵が唸る。事態を把握しきれていないマクレガー宰相は、一瞬その怒りに呑まれた。


「その魔道士は嘘の証言をしてはいませんよ」


 騒ぎを諌めるかのように割って入ったのは覚えのある声。怜悧な刃物のような、それでいてよく響くそれに、誰もが息をのむ。目を向ければ、この会場にはいささか不似合いな、制服姿の青年が立っていた。


「カイエン!」


 殿下とバルト伯爵の声が重なる。自宅から姿を消したとの報がもたらされていたカイエン様が、そこにはいた。最後に彼を見たのは、私が王宮から抜け出した日のこと。そのときより幾分やつれたような表情をしていた。しかしその眼差しは、しっかりと殿下を見据えていた。







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