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 ダンスが終わると、国王陛下ご夫妻や院長たちが退出された。今日の主役は学生。何名かの先生方や保護者たちだけが残り、皆で6年間の学院生活を思い出しながら夜を楽しむ。


 そんな中、慌ただしく私たちに近づく人がいた。


「殿下、ユーファミア」

「バルト卿。どうした。父上たちと一緒に退出したのではなかったのか」


 私の保護者として出席してくれていたバルト伯爵。彼は陛下と王妃様が退出されるのと一緒に自分も下がると、事前に聞かされていた。


「ーーカイエンが自宅から姿を消しました」

「なんだと?」

「見張りが緩んだ隙に、逃げ出したようです。こちらの尋問にも協力的で大人しくしていたため、油断しておりました」

「行方はわからないのか?」

「申し訳ありません。ただ……学院の制服が一式消えておりました」

「制服だと? ここへ来る可能性があるということか?」

「わかりません。念のため入り口を守る警備の者に見つけたら知らせるよう手配を……」


 そう声を潜めたとき、入り口の辺りでざわめきが起きた。


「メラニア様だわ!」


 誰かがそう口にすると、まるで波が割れるかのように道がひらけた。その道の先に、金色の艶やかなドレスをまとったメラニア様がいた。


 美しい赤毛をアップにし、麗しい顔に笑みを浮かべながら、メラニア様はまっすぐこちらに歩いてきた。エスコートはなくとも、その美しさが損なわれることはない。揺れるドレスの色はカーティス殿下の髪色。サファイアのティアラは光の反射で藍色にも見える。私の対をなすような殿下の色を纏っていた。


 私たちの前にたどり着いたメラニア様は、完璧なカーテシーを披露した。


「カーティス王太子殿下にはごきげん麗しく。メラニア・マクレガー、遅れましたことをお詫び申し上げます」

「……あぁ」


 礼を尽くした挨拶をぞんざいに扱うことはさすがにはできない。最低限の返事をしたまま、しかしその目はメラニア様を睨みつけた。


「……何を考えている」


 人に聞かれぬよう、声を潜めた殿下に、メラニア様は堂々と答えた。


「まぁ。わたくしは殿下のご卒業と立太子をお祝いに参っただけですわ。それに……ユーファミア様にもご挨拶を。ともに王太子妃の座を争った仲ですもの。まさかユーファミア様が王太子妃の選定に名乗りを上げるとは思ってもいませんでしたわ。学院ではあれだけ懇意にさせていただいたのに、わたくしには一言もおっしゃってくださらなかったのですもの」

「マクレガー侯爵令嬢、もういいだろう。王太子妃にはユーファミアが内定した。それ以上でも以下でもない」


 殿下が私をかばうように後ろ手に隠す。メラニア様は瞳をゆがませた。


「えぇもちろん、王太子妃にはユーファミア様が内定されました。ただ、わたくしは不思議でなりませんのよ。わたくしたち、学院では仲良くさせていただいていましたわね。ユーファミア様と、わたくしと、それに、あそこにいるマーガレットとシャロン。私たちが常日頃一緒にいるのを、大勢の者が見ていましてよ」


 言葉を継ぐ前に、メラニア様は周囲を見渡す。メラニア様がいったい何を言いたいのか、誰もがわからぬまま、ただただ彼女に注目していた。


「ユーファミア様とそれだけ仲良させていただいていたのに、わたくし、あなたが殿下を好きだったなんてちっとも気づきませんでしたわ。だってユーファミア様はいつも、殿下でなく……カイエン様のことを見つめていらっしゃいましたから」

「何を言う、出鱈目だ!」


 殿下が上げた声に、メラニア様は即座に返事した。


「あら、殿下はご存知なかったのかもしれませんわね。だってこれは、女同士の秘密の相談ごとでしたもの。わたくしだけではなくマーガレットもシャロンも聞いていましたわ。それに……ここにいらっしゃる皆様もよくご存知でしてよ。ユーファミア様がよくカイエン様と伝令魔法でやりとりをしていたことも、放課後の空き教室で2人きりになっていたことも」

「だからそれは……っ」

「マクレガー侯爵令嬢。それ以上は我が家への侮辱と受け止めるぞ」


 メラニア様と殿下のやりとりに口を挟んだのはバルト伯爵だった。カイエン様の行方知れずの報告をしている最中だったから、このやりとりに巻き込まれていた。


「カイエンとユーファミアの間には恋情などない。それに2人は先日兄と妹となった。殿下は初めてユーファミアと会ったときから彼女のことを好ましく思っており、ユーファミアもまた、卒業間際になってその思いに応えた。だからこそ殿下が彼女を王太子妃にと求めたのだ」

「では、そのカイエン様はなぜここにいらっしゃらないのでしょうか。卒業式にも、パーティにもお出にならないなんて。ずっとカーティス殿下と行動をともにされておられましたのに」

「息子は体調を崩しているだけのこと。それに、ユーファミアが王太子妃となるのであれば、あれもこれ以上殿下の側仕えをするわけにはいかぬ。権力の集中を避けて、早めに傍を離れさせたのだ」

「そうなのですか。わたくしはてっきり、相思相愛だったユーファミア様が殿下に乗り換えるという裏切りに耐えられず、ショックのあまり寝付いてしまわれているのかとばかり」

「……宰相家の令嬢ともあろうお方が、そのような事実無根の話をでっちあげるとは。これはマクレガー宰相もご存知のことか」

「まぁ。父は関係ありませんわ。すべてはわたくしが、この学年で過ごした6年の月日を通して申し上げているだけのこと。わたくしと殿下の仲が公認であったように、カイエン様とユーファミア様もまた、愛を育まれていたのでは、と」

「マクレガー侯爵令嬢。もうやめろ」


 地を這う低い声がカーティス殿下の口から漏れた。


「カイエンとユーファミアが恋仲だった事実はない。伝令魔法はユーファミアが私宛に飛ばしていたものだ。ユーファは私の治癒係だ。私と離れているときでも連絡がとれるよう、私自身が魔法陣を描いて持たせていた。それを傍付きのカイエンが受け取っていただけのこと。他人の魔力感知が得意な者は、あの魔法陣が発動するたびに私の魔力を感知できていたはずだ」


 殿下の物言いに、何人か頷く者があった。さらに、と殿下は続ける。


「空き教室の使用許可は確かに2人から出されていたが、常に教室の窓は空いていた。そこから見える中庭で、私は彼らの自習が終わるのを待ちながらその様子を見届けていた。それは、その場にいたそなたも見ていたはずだな。なぜ今、ありもしないことをでっちあげるのか、誠に遺憾だ」


 その怒りが収まらぬのか、殿下は冷たく言い放った。


「ここにいる皆にも敢えて聞こえるように言おう。カイエンとユーファの間が潔白だったことと同じで、私とマクレガー侯爵令嬢が思いを通じ合わせていた事実もない。私は、初めてユーファに出会ったときから彼女を好ましく思っていた。学院で、魔力を持たない下位貴族のユーファが肩身の狭い思いをしてはならぬと、敢えてユーファと距離をとって過ごしていた。そこにマクレガー侯爵令嬢が入り込んでいただけのこと。むしろ我々の仲を壊そうとしたのはそなただ」


 殿下のきっぱりとした物言いに、さすがのメラニア様も目を見開いた。美しい顔をゆがませたかと思うと、次の瞬間、よろけるように顔を伏せた。


「あぁ、殿下! あんまりでございます! ご自身の心変わりを棚にあげるだけでは飽き足らず、私との思い出までなかったことにしてしまうなんて……」

「勝手なことを! そなたとはただの同級生だったと言ったはず……」

「ユーファミア様もユーファミア様ですわ! 殿下の思いには応えられない、自分にはカイエン様がいるからと、私に王宮を出たいと相談されたことを秘匿されるなんて……。ユーファミア様を匿うためにわたくし、父にも内緒で馬車を用意して、王宮を抜け出す手助けをさせていただいたのですよ? 家出されたユーファミア様が危険な目に合わぬよう、我が家の魔道士まで付き人として用意させていただきました。それなのに、バルト伯爵の出世欲と王太子妃の権力に目が眩んで殿下に鞍替えし、王宮に舞い戻って、私との約束をなかったことにするばかりか、皆の前で私を非難するだなんて……!」

「……!」


 メラニア様の訴えに、私は何も言い返すことができなかった。その発言には嘘が多分に混ざっている。カイエン様のことや、バルト伯爵の出世欲の話など。けれど真実が混ざっているのもまた事実。メラニア様の奸計にのり、王宮を抜け出した私は、その事実だけは否定できない。


 青ざめる私の前で俯くメラニア様が、ふと身じろぎした。その瞬間、ちらりと見えた彼女の口元が、意地の悪い弧を描いていた。


「そういえば、わたくしがユーファミア様の安全のために付き添わせた魔道士から、信じられない話を聞きましたわ。ユーファミア様は、我が家が用意させていただいた宿泊先を、夜中にこっそり抜け出したそうですわね」

「え?」

「付き添った魔道士と、屋敷の使用人の証言がありますから確かです。そんな夜半に、誰にも行き先を告げず、いったいどこに向かわれたのか……。わたくし気になって、魔道士を問いただしましたの。その者は、未来の王太子妃の名誉に関わるからとはじめは口をつぐんでいたのですが、ついに打ち明けてくれましたわ。なんでもユーファミア様はこの6年間、ずっと王宮に閉じ込められていて気が滅入ったから、自由にしたいのだと、滞在先でもよく出歩いていらしたそうですわね。ユーファミア様を探して屋敷の裏の森に出向いた魔道士は……男女の霰もない声色を聞いて足をとめたとか」

「やめろ! いいかげんなことを言うな!」

「いい加減かどうか、当の魔道士を呼んでおりますから、確認してみてはどうでしょう。マーガレット、シャロン、あの者をこちらに」


 そうしてマーガレット様とシャロン様に引きずられるように現れたのは、かつてあの屋敷で私を助けてくれた、魔道士のリーゼさんだった。







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