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「ユーファミア様、大変お美しくいらっしゃいます」


 王太子宮の私に与えられたいつもの部屋で、私にそう声をかけてくれたのは、かつて卒業パーティ用のドレスの製作をと提案してきた女官だった。背後にはいつも私の世話をしてくれていたメイドたちも控えている。


 出席する予定はないと一度は断った卒業パーティに着ていくドレスは、私の思惑をよそに作成されていた。上半身は白だが、裾に向かって藍色に変わっていく仕様。ところどころ金糸で刺繍がなされたそれをまとった私は、誰が見てもカーティス殿下一色だった。


(着ることはないと思って、とくに要望も出さなかったけれど、まさかこんなことになるなんて……)


 用意されたアクセサリーはイエローダイヤモンドで、カーティス殿下の髪色そのものだ。恥ずかしさで俯く私を、女官と侍女たちが微笑ましげに眺めていた。


「こちらはカーティス殿下直々にデザインを指示された衣装でございます。アクセサリーも殿下からの贈り物です。未来の王太子妃様によくお似合いですわ」


 「王太子妃」という言葉にはっとする。そうだ、私は殿下を愛すると決めたのだった。その意味を噛み締めながら顔をあげると、部屋にノックの音が響き渡った。


 そうして現れたのはカーティス殿下だった。濃紺のジュストコートに金糸の裾飾り。ボタンには、平凡な私の髪色が使われているほか、チーフの色はシルバー。私の瞳の色だ。


「ユーファ……なんて……綺麗なんだ」

「あの……殿下も、とても……素敵です」


 お互いが言葉をなくす様子を、女官たちが微笑ましく見ていることに気づかないまま、私たちは再びパーティ会場である学院へと向かった。






 パーティが行われるホールには続々と卒業生が集まっていた。社交界とは違ってそれぞれが自由に入場できるが、さすがに王族である殿下と、その連れである私は名前がコールされた。


「カーティス王太子殿下、ならびに婚約者ユーファミア・リブレ様」


 同級生たちの拍手に迎えられ、私たちは入場した。その流れに続いて、国王ご夫妻の入場が告げられた。


 バレンシア院長の祝辞に続いて、国王陛下から優秀者の表彰が行われる。ラストを飾るのが、筆頭卒業論文に選ばれた私だった。昼間は訝しがる声をたくさん聞いたが、今は違う声が聞こえてくる。どうやら卒業式後のバラディン伯爵令嬢たちとのやりとりが大勢に見られていたことに起因しているようだった。「リブレ子爵令嬢の卒論は本物のようよ」「魔道士部も認めているとか」「エンゲルス先生との問答を見ていた者の話では、次元が違いすぎてついていけなかったって」「出版された学院の論文集に10本も採用されているらしい」などなど、それは本当に自分のことかと思うような話がざわざわと飛び交っている。


 そんな中、陛下はいつものように私に優しく接してくださった。


「このような優秀な人材を未来の王太子妃に迎えるのは喜ばしいこと。これからもカーティスを支えてやってくれ」


 祝辞と祝福と。身に余る言葉を頂き、私は深く膝を折った。






 国王陛下の御前で、私たちはダンスを披露することになった。


 今回の主役は学院の卒業生たち。そのため多くのカップルがホールの中央に集った。皆の注目を集める中で、私はふと気になり周囲を見渡した。


(メラニア様が、いらっしゃらない)


 卒業式にもなかったその姿は、この場にも見当たらない。


「あの女がそう簡単に諦めるとは思えないがな」


 パーティの前、そう苦々しく呟いたカーティス殿下。今では私が学院でメラニア様たちからかけられた数々の言葉が、私と殿下を引き裂くためのものだったと、私も知っている。殿下と彼女が相思相愛で、私は邪魔者なのだと、カイエン様とメラニア様たちに意識操作されていた。そのことに関して、殿下は怒り心頭だ。


 私がメラニア様と交わした契約は、なかったものとされている。私が襲われた事実も、殿下が助け出してくれたことも、すべて秘された。そこにカイエン様が絡んでいたこともあり、バルト家の養女となった私の疵とならぬよう、情報は統制されている。


 そんな状況で、殿下が長年に渡り傍に置いていたメラニア様を捨てたのだと、未だ噂が拭えない。それもまた事実であるよう、殿下が行動していたから噂は当分消えないだろう。そして私が2人の仲に横槍を入れ、殿下を奪ったのだということもまた、事実のように語られる。


「ユーファ、大丈夫だ。堂々としていろ」


 曲が始まるタイミングで殿下が私の顔を覗き込む。


「バラディン嬢といい、学院の教授陣といい、わかる人間はわかってくれている。父上も母上も味方だ。私たちは、これから自分たちのことを証明していけばいい」


 優雅に私をリードしながら、そう微笑むのは、暖かな光を反射させた藍色の瞳。ひるがえる私のドレスの裾にもまた、同じ色がある。


 披露することなどないだろうと思いつつも、積み上げてきたダンスのレッスン。心の中で夢想していた。殿下といつの日か、ダンスを踊れたら、と。


「カーティス殿下……お慕い申し上げています」


 自然と口を流れたその言葉に、殿下が呻き声をあげた。


「ユーファ……それは、今言っていい台詞じゃない」

「えっ、あ、あのっ! 失礼しました!」

「いや、ユーファが悪いわけじゃない。ただ、できれば、ここでないところでもう一度聞かせてほしい」

「ここでないところって……」

「たとえば、私の寝所で」

「……!!」


 私の耳に唇を寄せ、そう呟く吐息が、ふと揺らめく。慌てて顔を離そうとする私を強引に引き寄せる腕。


「殿下……!」

「何を今更。いつも私の寝所に馳せ参じてくれたではないか」

「あれは治療で……!」

「その治療が、ある意味私にとっては地獄のようだった。意識が戻りかければ、目の前に好きな女性がいて、しかも私にキスしている。周りには誰もいない。あるのはその温かい体温と、やわらかい身体で。夜着でいられると間違いなく私の理性が崩壊していただろうから、普通の服を着せていたが……あれはあれで修道女の制服のようで、なかなかクるものがあった」


 そんな告白、今この場で聞きたくなかった。どう接したらよいのかわからぬまま、殿下は私を軽々とリードし、音楽の間でターンした。


「ユーファ」


 いつの間にかすっかり定着した、私の愛称。家族以外に呼ばれたことのなかった、その名。


 シャンデリアのきらめきが夢のようにきらきらしく、私たちを包んでいた。






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