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 午前中の選定会議後、私と殿下はバルト伯爵と面会した。


「このたびは本当に申し訳なかった」

「バルト伯爵。謝罪はもう何度もしていただきました。これ以上私なぞに頭をおさげにならないでください」

「いや、何度謝っても足りぬとわかっているのだ。カイエンのユーファミア嬢に対しての振る舞いも、忠誠を誓うべき殿下への裏切りも、何もかも到底許されることではない。私がもっと早く王妃様の筆頭事務官の職を辞すべきだったのを、今日までひっぱってしまったことも本当に申し訳なく……」

「バルト卿、それはもういい。そなたがユーファミアの養父となることを了承してくれたからこそ、今日の会議でも後ろ盾についてとやかく言われずにすんだんだ」

「少しでもお役に立てたのなら本望ですが……しかしながら殿下、本当によろしかったのですか? 我が家以外にもユーファミア嬢の後見となりうる家は探そうと思えば不可能ではありません。我が家にはカイエンを養子にしたという汚点もあります。やはり養子を解いて放逐するくらいのことはしなければ……」


 カイエン様はバルト伯爵の遠縁で、その能力の高さを買われて養子となり、殿下の側付きとして召し抱えられた。はじめから殿下に仕える目的で連れてきた者が、結果として殿下を裏切ることになってしまった。バルト家には伯爵の実子が既におり、将来的に伯爵位を継ぐことが決まっている。この先カイエン様がどうなるのか、その点は私も気になっていた。


「カイエンの養子縁組は解かなくていい。そのまま伯爵家に籍を置いておいてくれ。そうでなければ意味がない」

「意味とは……」

「ユーファミアと兄妹になることに意味があるんだ。戸籍上そうなってしまえば、あいつがユーファミアにこれ以上執着することもできないだろう」

「なるほど」


 納得するバルト卿と殿下を前に、私は意味がよくわからず目を瞬かせた。気づいた殿下が「まだ詳しく説明してなかったな」と私の頬に触れた。


「バルト卿の養子になる必要があることは理解してくれるな?」

「はい、もちろんです。ですが私を受け入れるということは、マクレガー家と対立することになりますから、バルト伯爵にとっては不利ではないのですか?」

「ユーファミア嬢、私のことは気にしなくてよい。カイエンがしでかしたことの罪滅ぼしとなるなら喜んであなたを受け入れよう。もちろん、ご実家にも承諾の旨はいただいている。近いうちにあなたの母君と弟君がこちらに来てくださることになっているよ」

「まぁ、そうなのですか」

「というわけで、そなたの養子縁組は決定済みだ。問題はカイエンの始末なんだが……私はあいつをバルト家に籍を置いたまま、領地で過ごさせるという提案をバルト卿に勧めた。卿はそれでは生ぬるいと言ったのだが、それが最善だろう。表立って罪を犯したわけでもないから、名目は病気療養とでもなるがな」


 確かに、カイエン様が裏でメラニア様とつながって私を騙していたことは表沙汰にはなっていない。学院に入学してから今までずっと殿下に付き従っていた彼が突然表舞台から姿を消すのは不自然だから、適当な理由がいるだろう。


「カイエン様は、殿下のお側にはもう戻られないのですね」

「戻すわけがないだろう。とてもじゃないがおまえの側にはおけぬ。カイエンの籍を抜かずにおくのもそのためだ。血のつながりはなくとも兄と妹ならこれ以上問題を起こすこともないと踏んでのことだ」

「わかっています」


 殿下の説明は納得できる。だがたった一度の過ちで王都から去らなければならないカイエン様のことを思うと胸が痛んだ。本来なら殿下の側付きとして王国の未来にも関わる立場の人だった。バルト家も彼の力でより繁栄するはずだった。


「ユーファミア、何度も言うが悪いのはおまえじゃない」


 私の思考を読んだ殿下が先回りしてそう告げた。バルト伯爵も同じように強く頷く。


「ユーファミア嬢、カイエンのことはどうか忘れてほしい。余計な憐憫を抱かぬ方があれのためでもある。あなたからの言葉や思いはどんな種類のものであっても、やってはならないことをしでかしてしまったあれの傷を深めるだけだ。どうかこのまま捨て置いてほしい。心優しいあなたには酷なことを言うかもしれないが……私もあれのことは、実の息子と同じくらいには思っていたのでね」


 現在カイエン様はバルト家のタウンハウスにいる。学院の卒業式にも出席せず、頃合いを見て王都を離れ、領地で仕事につくことになりそうだと聞いている。私が彼のためにできることは何もない。


 その後、伯爵から養子縁組についていくつか説明を受けるうちに1日が終わった。部屋に戻りベッドに横になりながら、選定会議のことを思い出す。


 陛下と王妃様は私に票を投じてくださる。院長先生も私へと表明くださった。この時点で3票集まるから、たとえ浮動票の内務長官票がメラニア様に入ったとしても3対3。同点の場合は殿下に票を投じる権利が与えられる。だから順当に行けば私の勝ちだ。


 けれど、ここまで票が割れるということは、それだけ私への風当たりが強いということにもなる。そもそも社交界の縮図でもある学院で、私はまるで空気のような存在だった。それが一転、王太子妃候補だ。学院で一緒だった他の貴族たちがそれで納得できるかどうか。


 これがメラニア様なら、皆が納得できただろうと思う。彼女の姿はいつだって完璧だった。今日の会議でも、彼女は実にたくみにまるで殿下が突然心変わりしたかと思わせるように場の空気を操っていた。そしてそんな殿下の言葉に傷つきながらも従う令嬢という姿を見せていた。殿下はメラニア様のことを嘘つき呼ばわりしていたが、もしあれがメラニア様の本心だとしたならーー私はいったい全体どうやって彼女に対峙できるだろう。


 殿下のことを信じると決めた。自分も強くなると決めた。


 だけどーー。


(私に王太子妃が務まるの?)


 瞼を閉じればあの完璧なメラニア様の姿ばかりが浮かんで、私は猛烈な不安に襲われた。








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