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「なるほど。後ろ盾の問題が解決するのであれば僥倖と言わざるを得ませんな」


 マクレガー宰相は再び着席しつつ、己を落ち着けるかのように冷静にそう述べた。だが次の瞬間、その怜悧な眼差しをぎりりと私へ向けた。


「だが、果たして王太子妃としての資質はどちらが優れているのか、見極める必要があります。学院の成績も大事だが、それだけでは足りぬのが王太子妃、ひいては王妃という位であることは、ここにおいでの皆様もご存知のはず。聞けばリブレ子爵令嬢はつい先日、王宮を脱走されたそうですな。ぜひその事情を詳らかにしていただきたい」

「脱走……ですか。確かにそのような噂を耳にしましたね」


 マーズ内務長官もちらりと私に目線を向ける。そこに言葉を返したのはカーティス殿下だった。


「マクレガー宰相。脱走とは言葉が過ぎるのではないか? まるでユーファミアが囚人のような扱いだ」

「カーティス殿下、恐れながらあなたにはこの会議における発言権はございませぬ。国王陛下が認められたとき以外は」

「だが……っ」

「カーティス、控えよ。宰相の言うとおりだ」

「父上……」


 2人の大人に発言を止められた殿下は、悔しそうに拳で膝を打った。国王陛下が言葉を続ける。


「だが宰相、カーティスの言葉にも一理ある。候補である令嬢を貶める発言は控えるべきだ」

「……失礼いたしました。ではなんと表現すれば? 家出? 出奔? とにかく、令嬢が自らの意志で王宮から姿を消し、それが原因で我々がいらぬ心配を負わされたことは間違いないできごとです。それは国王両陛下も、ここにおいでのドリス近衛総長もよくよくご存知のはず」


 宰相の誘導に、ドリス近衛総長はすぐにのった。


「確かに。軍務の一手を取り仕切る私の元に、カーティス殿下から令嬢を探す要請が届きましたな。だが聞けばリブレ子爵令嬢の手による王宮を後にする旨の置き手紙があり、マクレガー侯爵令嬢に助けを求めた上での行動ということでした。本人の意志で出て行ったものを近衛を動かしてまで呼び戻す必要はないと判断し、私はその申し出を退けた。だからマーズ内務長官の元には情報が届かなかっただけのことです」

「なるほど。ちなみにリブレ子爵令嬢が王宮から一時的とはいえ辞した理由は?」

「私もはっきりとは聞いていないのですよ。カーティス殿下が独断で呼び戻したとしか。ふむ、そうですな。せっかくここにリブレ子爵令嬢がいるのですから、ぜひ本人の口から弁明してもらいたいものですね。我が娘まで巻き込んで己の希望を押し通したのに、なぜすぐに戻ってきたのか」


 宰相をはじめ、近衛総長、内務長官の目が私に向けられた。


「国王陛下。ぜひ令嬢へ発言権を」

「……ふむ。ユーファミア嬢。発言を許す」

「父上!」


 またしても立ち上がりかけたカーティス殿下を、陛下は目で制した。張り詰めた空気の中、私はあの騒動について発言することを求められた。


「僭越ながら私が質問役を承りましょう」


 私が立ち上がるのと同時に挙手したのはマーズ内務長官だった。国王陛下が深く頷き、彼も起立した。


「さてリブレ子爵令嬢。私が耳にしたのは、あなたが独断で王宮を辞したという噂だったが、これは誠か?」

「王宮を辞したのは本当ですが、独断ではありませんでした」

「ほう。ではまず、王宮を辞した理由から伺おう」

「私は魔力なしの娘として、カーティス殿下をお助けする役目を請け負っておりました。ですがその契約は殿下が18の成人を迎えられる日まで。その日で王家との契約は満期となります。ちょうど王立学院の卒業も控えており、今後の己の身の振り方について考えなければならない時期にきておりました。そんな折、メラニア様が私に仕事を斡旋してくださったのです。職を得ることができればこの先なんとか生きていけます。私は、その申し出をありがたく受けることにいたしました。そして殿下が成人を迎えられた日に合わせて、メラニア様が紹介くださった職場へと出発しました」

「つまり、あなたはご自分の意思で王宮を離れた、と」

「左様にございます。ですが決して独断ではありません。メラニア様に相談しておりました」

「なるほど。しかしひとつ疑問がある。あなたはカーティス殿下にとってなくてはならぬ存在でした。その役目の褒賞として、それこそ一生暮らせるだけの十分な支援を受けることも可能だったはず。そのあたり、王妃様の筆頭事務官であるバルト伯爵から話があったのでは?」

「それは……確かにあったと思いますが、契約時のときの話でして。私はまだ12歳になる直前でしたから、事情をよくわかっておりませんでした」

「契約満了の日が近づいて、そうした話が再度なされると思わなかったのですか?」

「お話があるとしても、実家に対してなのかと思いまして……」

「つまりバルト伯爵に確認をとられなかったと」

「カイエン様を通じて面談を申し込んでおりましたが、なかなか時間の都合が合わず……」


 カイエン様の企みのことは伏せるようにと事前に殿下から話があった。カイエン様の証言だけでは状況証拠にしかならず、メラニア様を糾弾するには足りない。さらにこの企みが表沙汰になればバルト家の失墜にもつながる。王妃様の信頼厚い伯爵を守るために必要なことと思っていたが、今考えると私の養子先としてバルト家の名があがっていたからこそ、バルト家を守る必要があったのだろう。


 カイエン様を通じてバルト伯爵と話したつもりになっていたという事実を隠さねばならないことで、私はずいぶん歯切れが悪くなってしまった。


「つまり、あなたは周囲の大人の意見を仰がず、城を出て行ったということですかね」

「……そうとられても仕方ありません」


 うまく切り返しができず、言いたいことを飲み込んだまま私は俯くよりほかなかった。


「なるほど。マクレガー侯爵令嬢にも事情を伺っても?」


 マーズ内務長官が陛下を振り返ると、了承が得られた。


「マクレガー侯爵令嬢、今のリブレ子爵令嬢のお話に反論はありますか?」

「いいえ、ユーファミア様のお言葉に相違ございません。かねてより自立を望んでおられたユーファミア様のご希望を叶えるため、わたくしがお手伝いさせていただきました。ですが、まさかカーティス殿下や国王陛下、王妃様もご存知なかっただなんて。知ってから大変驚きましたわ。ユーファミア様のためと思いお手伝いしたことがこんなに騒ぎになるだなんて、思ってもいなかったのです。今回のことはユーファミア様のご希望のみに目を向けて、その他のことに考えを巡らせることができなかった私の浅慮が招いたことでもあります。だからこそカーティス殿下も……私のことを見損なわれてしまったのでしょう」


 手を固く閉じながらふと瞳をゆらすメラニア様。国の重鎮を前に涙することは矜持高き令嬢として恥ずべきことだが、その一歩手前で留める仕草は、凛とした美しさを際立たせていた。


「わたくしがもっと広い目を持ってユーファミア様のことを支えて差し上げるべきでした。ですが……ユーファミア様はわたくしにとってかけがえのない友人でした。ですからわたくしはつい、ユーファミア様に肩入れしすぎてしまったのです。ユーファミア様が望まれる自由の先に、とても大切なものがあるのだと、わかっておりましたので」

「大切なもの? それはいったい……」

「あの、ユーファミア様は、カイエン様とお約束をなさっておられたと」

「カイエン? カイエン・バルト伯爵令息のことですか?」

「違う! カイエンは関係ない!」

「カーティス殿下! お鎮まりください!」


 殿下とマクレガー宰相の声が重なる。カイエン様の名前が出てきたことに私は一瞬怯んだ。カイエン様には王宮を辞したあの見送りのとき以降、お目にかかっていない。バルト家の屋敷に蟄居を命じられていると聞いていた。


「どういうことですか? リブレ子爵令嬢はバルト家のカイエン殿とご関係が?」

「そんなわけないだろう!」


 またしても叫ぶカーティス殿下に対し、マクレガー宰相は呆れたように呟いた。


「殿下、いったいいかがなされたか。あなたは冷静で物事の道理がおわかりになる方であったはず。少なくとも発言が許されぬ場で声をあげるような真似はなさらなかったはずだ」

「ユーファミアがあらぬ疑いをかけられているというのに、黙ってなどいられるか。マクレガー侯爵令嬢が垂れ流す嘘をこれ以上聞いてなどいられぬ」

「我が娘を嘘つき呼ばわりされるとは……!」

「お父様、もうよいのです」


 怒りに言葉を失いかけた宰相に、メラニア様が声をかけた。


「私がユーファミア様をお助けしようと、余計な気を回したのがいけなかったのです。それが殿下のご意向にそぐわないことだと気づけなかったことは大罪でありましょう。でもわたくしは……ユーファミア様のこともカイエン様のことも応援したかったのです。だからこそお2人が学院内で2人きりで過ごされる時間を捻出できるよう、気を配っておりました。試験勉強を口実に、空き教室で2人になりたいとユーファミア様がおっしゃったときなども、殿下のご体調になるべく影響が出ない形でユーファミア様のご希望が叶うよう協力したり……」

「だからそんな事実はない! すべてマクレガー侯爵令嬢の作り事だ!」

「殿下……わたくしが至らなかった点は認めますが、作り事とはあんまりですわ。空き教室の利用については申請も出されていたはずです。きっと院長先生もご存知のはずです」


 震えながら訴えるメラニア様に、バレンシア院長は白い髭をさすりつつ答えた。


「確かに、カイエン・バルト伯爵令息とユーファミア・リブレ子爵令嬢から放課後の教室の使用許可申請が出ておりましたな」

「なんと! では2人は恋仲だったということか!?」


 驚きの声をあげたのはドリス近衛総長。「違う!」と叫ぶカーティス殿下に対し、さらに畳みかけた。


「そもそも学院では殿下とマクレガー侯爵令嬢の仲睦まじい光景が常のことだったと聞いているのだが、なぜ殿下は心変わりをなさったのか」

「だからそれがそもそも間違いだ! 私はマクレガー侯爵令嬢のことなど、一度も好ましいと思ったことはない。12歳でユーファミアに出会ってから彼女一筋だというのに」

「そのお相手はそもそもカイエン殿と恋仲だったという話ですがね」

「だからそれは嘘だと……!」


 会議の場は、殿下と近衛総長との水掛け論の様相を呈してきた。主導権を完全に奪われてしまった形のマーズ内務長官が、再び手を挙げ注目を集めた。


「皆様お静かに。それではリブレ子爵令嬢に聞いてみましょう。あなたはバルト伯爵令息と恋仲だったのかな?」

「い、いいえ。そんなことはありません」

「では、カーティス殿下と思いをつないでいたと?」

「……いいえ、そういうわけではありませんが」


 カイエン様と恋仲だったことはない。殿下のことはずっと思っていたが、思いあっていたわけではなかった。こういうふうに問いかけられたら、否と答えざるを得ない。


「ふむ。意見の食い違いがあるようですな。いかがするべきか……」

「どうせならカイエン・バルト殿にも意見を聞けばよいのではないか?」


 提案したのはドリス近衛総長だった。だがそこに意見したのはメラニア様だった。


「差し出がましいことを申し上げますが、カイエン様はカーティス殿下の腹心でいらっしゃいます。もしかするとご自身の本当の気持ちを、打ち明けることはできないかもしれません」

「確かに、一理ありますね」


 頷くマーズ内務長官に「あるわけないだろう!」と今にも飛びかからん勢いの殿下からは、いつもの冷静で理知的な空気が完全に消えていた。そんな殿下と私とを交互に苦々しく見つめながら、マクレガー宰相が口を開いた。


「まったく、これが王太子妃選定会議とは。殿下は冷静さを掻いて一方の令嬢をさかんに貶め、もう一方の令嬢はいささか奔放な噂が絶えず。我々とて鬼ではない。殿下のご意向に沿いたい気持ちはあるが……これで決定をと言われても、票を投じる気にはなりませんな」

「お父様。すべては殿下の思い通りに運ばれるべきですわ。……たとえ真の思いがどこにあろうとも」


 真の思い、という最後の言葉がゆっくりと紡がれる。あたかも、私とカイエン様の間にあったことが事実と匂わせんばかりの言い様だった。


「皆様、娘はこう申しておりますが、王太子妃の資質とはどういうものであるか。ゆくゆくはこの国の王妃となり、民を導く存在となりうる方です。それには誰もが尊敬できることはもちろん、国王を支え、時に国王を諫めることができるというのも必須の条件でありましょう。またいっときの迷いや浅慮な考えで行動を起こしたりしないことや、安易に逃げ出したりしない強さも必要です。もし他国との戦となった場合、民を捨てて逃げ出すような者など論外ですからな。それに……すべての民にとって理想の夫婦像であることも重要でしょう。罷り間違っても他の男と噂になるような女性を、いったい誰が尊敬しようというのか! すでに票の投じる先を決められた皆様にも申し上げたい。投票は3日後。それまでに今一度、どちらが王太子妃に相応しい女性か、熟考すべきです」

「あいわかった。これで王太子妃選定会議の初日を終了しよう。宰相の申したとおり、3日後の同時間、投票とする」


 国王陛下の閉幕の合図で、怒涛の会議が終わった。







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