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学院の院長が私に票を投じると宣言した。はっと驚き殿下の方を見つめると、彼もまた輝きに満ちた視線を返してくれた。
「皆の意見はわかった。最後に我々だな。私と王妃の意見は一致している。2人ともカーティスの伴侶にはユーファミア・リブレ子爵令嬢を推薦したい」
国王陛下の言葉に王妃様も追随した。
「ユーファミア嬢は長年に渡りカーティスを支え、献身的に尽くしてくれました。その恩に報いたいと思います」
「お言葉ですが王妃様。リブレ子爵令嬢が王太子殿下に仕えてきたのは臣下として当然のこと。その役割が仮にマクレガー侯爵令嬢であったとしたら、彼女とて献身的に尽くしたでしょう。王太子妃という重責は並大抵でないことは貴方様がよくご存知のはず。すべての貴族の頂点に立つ女性であるからこそ、その資質は相当な者が求められるのです。それを一介の子爵令嬢になぞ……」
王妃様に意見したのはドリス近衛総長だった。出身は公爵家で、直系ではないものの、この中では最も身分的に高い人だ。彼が軍のトップについてから実力よりも血筋が重んじられるようになったともっぱらの噂でもあった。
「ドリス卿。ユーファミア嬢には女伯爵の位が贈られることが決まっています。身分的には王家に嫁いでもなんら問題はありません」
王妃様の説明に対し、ドリス近衛総長はさらに畳み掛けた。
「えぇ、身分的には問題ないでしょう。だが後ろ盾はない。そのような身で王国女性のトップに立つなど、この先のあらゆる苦労が見えています。求心力のない者がトップに立てば国は乱れ、カーティス殿下の御世にも影が差すことになりかねません。近頃血筋や身分を蔑ろにする風潮があるが、その制度の上に我々の生活が成り立っていることを忘れてはなりません」
血統主義とはいえドリス近衛総長の意見には一理あった。中立派であるはずのマーズ内務長官でさえ深く頷いている。
「確かに。後ろ盾のない王太子妃というのはやや心許ないですね。誰か名乗りをあげる名家があれば別ですが……」
私自身が有力な他家の養子になって、そこから嫁ぐという方法もないわけではなかった。だがこの国の決まりで、王族に嫁いだ者の身内は政治の中枢には入れない仕組みになっている。権力の集中を避けるだめだ。とはいえ王家の外戚となり、王妃や王太子妃自身を通して自家の有利になるよう取り計らうことはできなくはないので、要はやりようではあるのだが、今回はライバルがマクレガー宰相の娘であるメラニア様であることがその選択を難しくさせていた。私の養父となることは、マクレガー宰相を敵に回すことになるからだ。
「そのことなのだが、もう明かしてもよいだろうな。実は王妃の筆頭事務官を務めているバルト伯爵からユーファミア嬢を養子に迎えたいと打診を受けている。王家としても問題ないとみなし、リブレ家とも調整して手続きを進めているところだ。数日内にはユーファミア嬢は現バルト伯爵の娘となる」
「なんですと……! いや、しかしバルト卿は王妃様の筆頭事務官です。それに御子息のカイエン殿は殿下の側近だ。ユーファミア嬢を養子にすれば権力の集中となります!」
「えぇ、マクレガー宰相のおっしゃる通りですね。ですからバルト卿は本日付でわたくしの筆頭事務官を辞職しました。なお息子で養子としていたカイエン殿は、カーティスの側近として王宮への就職が決まっておりましたが、それも辞退しました」
国王夫妻からの爆弾発言に、会議に出席していた全員が息を呑んだ。もちろん、私も含めて、だ。
バルト伯爵は、位こそ伯爵で侯爵家や公爵家からは劣るが、開国以来の伯爵家として王家と歩みを共にしてきた名家だ。数ある伯爵家の中でもその格は飛び抜けて高い。だからこそ王妃様の筆頭事務官に抜擢され、政治にも関わる王妃様を長年支えてこれたのだ。
そんな方の家に私が入ることになる? しかもバルト家には伯爵の実子のほかに、分家から養子に入られたカイエン様もいる。私が養子に入れば、カイエン様と義理の兄妹ということにもなるわけで。
混乱していたのはおそらく私だけではない。まず内務長官が苦々しく口を開いた。
「王妃様。事務長官であるバルト卿は立場上私の部下にあたりますが……彼が辞職することを私は聞いておりませんが?」
「えぇ。なにぶん秘密裏に進めなければならぬ事情がありましてね、ぎりぎりまで伏せておかねばならなかったのです。そなたには苦労をかけます」
「本当に。後任を考えるのがどれほど大変か……」
「マーズ卿。そなたの能力は高く評価しています。とは言えわたくしにも責任の一旦があるやもしれませんので、当面は1人で頑張りますわ」
にっこりと微笑む王妃様に、マーズ内務長官は「王太子妃選定だけでも大変なのに、王妃様の筆頭事務官の後任まで選定せねばならないだと?」と頭を抱えていた。
バルト伯爵の登場で、私の後ろ盾についての意見はぴたりと収まった。だがマクレガー宰相はまだ諦めてはいなかった。