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選定会議のことはとにかく開かれるまでわからないと、殿下は言葉を続けた。
「そういった事情で、学院はこちらにつくのではと予測しているのだが……」
「もし院長先生が私に票を投じてくださったとしたら、国王陛下と王妃様と合わせて3票ですね。宰相様と近衛総長様は向こう側として、もし内務長官様もメラニア様につかれたら……あれ? 3対3ですか?」
「その場合は対象王族本人の意思が加わることになる。つまり、私だ。だからこそ学院の票が欲しい。内務長官の票よりは取り込みやすいしな」
つまり、会議で3対3に持ち込むことができれば、私が選ばれることが決定する。メラニア様と私、どちらが上か私自身問われればメラニア様と答えてしまう。殿下は院長先生が私に票を投じるのではとおっしゃっているが、正直自信はない。
「もし今回のあの女とカイエンの企みを暴露できれば、内務長官もこちらについて、学院の票も手堅くまとめられると思うのだが……正直難しいな」
やや難しい顔をして瞳を伏せた殿下は、言葉を転じた。
「ユーファミア、すまない。今回の出来事は表沙汰にすることは難しいかもしれない」
「今回のこと、と言いますと、私がメラニア様の勧めで王宮を出たこと、ですか?」
「あぁ。おそらくそのことは“なかったこと”にされて、おまえが家出をしたということで片付けられてしまう可能性がある」
殿下の話では、今回の件でカイエン様の自白はあるものの、その他の物的証拠が何もないのだという。王宮から出たのはカイエン様が手配した馬車。王都の端でメラニア様手配の馬車に乗り換えた。そこから同乗したリーゼさんはマクレガー家の魔道士。加えて私たちが一泊したのは、マクレガー家の別邸とされたあの家。
「あそこにユーファミアは行かなかったことにしなければならないんだ。もしあの場にいたことが表沙汰になれば、色々問題が出てしまう。私の転移魔法の存在は面に出すわけにはいかないし、おまえが、その、マクレガー家の手の者に襲われかけたことだとかも……」
そこまで言われれば鈍い私でも察することができた。殿下の転移魔法があったからこそ私は一瞬で王都とあの地を往復できたが、それは表に出すわけにはいかない秘術だ。そして私が襲われかけたという事実―――純潔を重んじる貴族の間で、たとえ噂でもそんな話が出回れば王太子妃失格の烙印を簡単に押されてしまう。
事実、マクレガー宰相は私のことを「お騒がせな娘で、到底王太子妃には相応しくない」とさっそく吹聴して回っているらしい。そしてその噂を殿下は消すことができずにいる。否定して事実を話してしまえば、そんな遠くまでどうやって行き来したかが問題になるし、マクレガー家の手の者が私を襲ったと口に出せば、こちらにはもっと不利になってしまうからだ。
「ユーファミアにはなんら落ち度もないのに……私が不甲斐ないせいで、申し訳ない」
「いいえ、殿下は何も悪くはありません。元はと言えば私が世間知らずだったのがいけないのです」
私がちゃんとメラニア様やカイエン様の企みに気づいていれば、バルト伯爵と面談ができないことを不審に思っていれば、殿下の生誕の儀に合わせて慌ただしく王宮を出ていかなければ、すべて防げた話。
「私が……もっと殿下を信じていれば」
「ユーファミア……」
気づけばまた涙が溢れて頬を濡らしていく。私はなんて愚かなのだろう。愛する人の本当の気持ちにも気づけず、周囲の嘘に騙され、ピエロのように踊らされた。その結果がこれだ。
「ユーファミア、何度でも言うぞ。おまえは悪くない。悪いのは私だが……ただ、もっと悪いのはあの女だ。私は何があってもマクレガー侯爵令嬢とは結婚しない。私の傍にいて欲しいのはおまえだけだ」
「でも、でも……っ」
「ユーファミア、私の言葉が信じられないか? 私はもう、信用に値しないだろうか」
殿下の問いかけに、私は必死に首を振った。そんな私に殿下は手を差し伸べてくれた。
「ユーファミア。私たちは言葉が足りなさすぎる。これからは何があってもまず一番におまえに伝えることにする。だからおまえも、私にいろんなことを伝えてくれ」
その胸に抱かれながら耳をかすめた殿下の一言。
「ユーファミア、愛している」
もう迷わない。私は彼の腕の中で深く頷いた。