30−2
大ミスです。この部分が抜けていました。30−2として差し込みます
翌日も別荘に留まることになった。魔道士の女性の魔力が回復せず、私は彼女の看病をするために小さな屋敷の中で過ごすことにした。もともとの旅程がゆったりと組まれていたこともあり、マクレガー領に入るのが遅くなっても問題ないと説明を受けていたこともあって、気軽に過ごすことができた。魔力は眠ることで大きく回復するそうで、夕方には彼女も起き上がれるようになった。私に看病されたことをしきりに恐縮していたが、困っているときはお互い様だし、私も今やマクレガー家の使用人だ。むしろ使用人の格としては魔導士の彼女の方が上だろう。
ベッドから椅子に移動できる体力が戻った彼女に薬草茶を運んだ際、「あの」と声をかけられた。
「リブレ子爵令嬢は以前、魔法陣の解析に関するレポートをお書きになられましたよね?」
「魔法陣の解析、ですか?」
「はい。マクレガー家所蔵の魔法陣の量的・質的分析の書籍を参考にされたレポートです」
「あぁ、あれのことですか」
それはかつて、年度末試験の準備のためにメラニア様が自宅からわざわざ持ってきてくださった3冊の参考書だった。学院の一室でカイエン様と自主学習しながら書き上げたレポートのおかげで試験は及第した。
「私はメラニア様からあのレポートを受け取り、読ませていただいたのですが、実に素晴らしいものでした。私もマクレガー家所属の魔道士として魔法陣も多く手がけておりますが、魔法陣が本来もつ効果を魔導士のスキルを付加することで増幅させるという方法によらない発動のさせ方も考案できるのではという見解が非常に斬新でした」
魔道士の女性は30歳くらいだろうか。馬車の中では私が眠っていたせいでほとんど会話をすることがなかったが、今は焦茶の瞳をしきりと瞬かせながら饒舌になっていた。
「まぁ、メラニア様があのレポートを魔道士様にお見せになられたのですか。とても一流の方のお目に入れられるものではありませんのに」
私の勉強のため、とレポートを課されたこともあり、メラニア様にも同じものを提出していたことを思い出す。それが回り回ってマクレガー家の優秀な魔道士の目に入っていたとは。恥ずかしいという気持ち以外の何物でもない。
「いいえ、あれを学院在籍の学生が書いたとは誰も思いません。それくらいの出来でした」
「まぁ、過分なお言葉、ありがとうございます。ですがあの内容はただの机上の空論、いわば妄想のようなものです」
なぜ突然彼女がこんな話を始めたのかわからなかった。もしかすると彼女は私の正体を知らないのかもしれないと思い直し、少し迷ったが、これ以上誤解を与えるのもよくないと心を決めた。
「私は魔力なしの娘です。ですから、魔道士様のような素晴らしい方に褒めていただけるほどの人間ではございません。わけあって学院は特別扱いで卒業させていただきましたが、王都では働き口が見つからず、見かねたメラニア様がマクレガー領に呼んでくださったのです」
そんな頼りない身である私の取るに足らないレポートを、なぜ目の前の女性が覚えていらしたのか、事情がわからず首を傾げると、魔道士様の方がさらに驚いた顔をしていた。
「あの、もしよろしければいろいろお話をさせていただけないでしょうか」
「私とですか?」
突然の魔道士様の提案に、私の方も驚いて声を返す。聞けば魔法理論について意見を聞きたいとのことだった。
「と、とんでもございません! 私は今も言ったとおり魔力なしの娘です。魔法の高尚なお話などとてもとても!」
「私は魔力こそ高いですが平民の出でして、マクレガー侯爵家の温情により学院には通わせてもらえましたが、身分の問題もあり王宮の魔道士になることができませんでした。そのままマクレガー家に厄介になっておりますが、同僚の魔道士たちは皆貴族の出ということもあって、輪に入れてもらえず、ひとりで細々と研究を続けてきたのです。ですからもしリブレ子爵令嬢がお嫌でなければ……あ、ですがやはり私ごときが、差し出がましい申し出でございましたね。どうぞお許しください」
彼女の告白にさらに驚かされることとなった。昨夜この屋敷まるごと防御魔法を展開した彼女の実力は相当なものだと、魔力なしの私でも簡単に想像できる。魔力によってその範囲や精度が大きく変わると魔法理論の授業で習ったが、小さめとはいえ貴族の別邸を守れるのだからかなりな魔力の持ち主だ。
魔力なしに生まれついた私は魔力というものがそれほど好きなわけではない。学院から離れた今、もう2度とそれについて学ぶ機会もないだろう。
「私でよければ、ぜひ」
こんな私でも役に立つことがあるなら、すすんで協力すべきだと思った。もうしばらくはこの屋敷に滞在すると聞いている。道中をともにする彼女と仲良くなっていても損はない。
魔道士の彼女はリーゼと名乗った。私たちは夕食の時間までともに語り合った。