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「採寸、ですか?」
「はい。卒業式後のパーティのためのドレスを作成するよう、殿下のご命令です」
高位の女官が、私付きの侍女のひとりと共に私の予定の確認に部屋を訪れたのは、後期課程が始まる前日のことだった。
「前回ドレスを作成されたのはずいぶん前になりますので、今一度採寸をお願いしたく、ご予定をお伺いに参りました。可能でしたら明後日の午後、お針子とデザイナーを連れて参ります」
今回は侍女でなく、女官が話を取り仕切っているようだ。
「あの、卒業式後のパーティって、卒業生が参加するダンスパーティのことでしょうか」
「左様にございます。出席者は正装が義務付けられておりますので、ドレスを作らねばなりません」
「あの、確かパーティは任意参加だったと思うのですが」
「わたくしもそう聞いております」
「でしたら私は参加しませんので、ドレスは必要ありません」
「は?」
私の返事に女官は目を丸くした。
「参加されないって、どういうことでございますか?」
「私は下級貴族の娘ですから、そもそも学院のパーティに出席することは荷が重いのです」
卒業パーティは身分の差なく参加できるが、当然ながら高位貴族たちが勢揃いする場に出席するにはそれ相応の装いが必要になる。エスコートも必要だから、下位貴族や平民の卒業生の中には参加しない者も多い。
だから私の答えも別段珍しいものではないはずだった。だが女官は慌てたように付け加えた。
「なりません! 卒業パーティに出席しないなど、殿下がお許しになりません」
「あぁ、そうでした、今確か、殿下のご命令だとおっしゃっておられましたね」
おそらく殿下が私に気を遣って彼女を差し向けてくれたのだろう。その優しさにしんみり感動しながらも、この女官がその命令に逆らうことはさすがにできないだろうと気がついた。
「私から殿下にはお礼を申し上げつつ、お断りを入れておきます。ですので、その予定はキャンセルさせてください」
「いえ、それはちょっと……困ります! ユーファミア様、お願いです、せめて採寸だけでも予定通りさせてくださいませ!」
「でも、採寸したところでドレスはできないのですから、デザイナーの方にお手間をとらせてしまうことになってしまいます」
「いいえそんなことは絶対にございません! その……そうです! もうデザイナーとは約束をしておりまして、契約金を支払い済みなのです。王家からの依頼後にその仕事がキャンセルされたとなれば、彼女たちの名誉や今後の仕事にも関わります。ですから、この予定をキャンセルはできません」
「まぁ。それでは断ってしまえばかえってデザイナーの方にご迷惑になってしまいますね」
「そうなのです! ですからぜひ採寸をさせてください! 下々の者のために経済を回すことも王族の務めにございます」
「でも私は王族ではありませんから、やはりこのような分不相応なこと……」
「明後日の午後1時でお願いしますわ! メイドの皆さんも準備を頼みましたよ」
畳みかけるようにそう告げて、女官は部屋を出ていった。
そして約束通り、予定の日時にデザイナーが現れた。
「まぁなんてスタイルのいいお嬢様でございましょう。コルセットもないのにこんなに腰が細いだなんて。それにお胸が……予定していたデザインがあるのですけれど、変更した方が良さそうですわね。せっかくのスタイルをアピールしないのはもったいないですわ」
にこにこと寸法を書き留めているデザイナーに、私は恐る恐る声をかけた。
「あの、大変申し訳ないのですが、私はドレスを作る気はなくて……」
デザイナーの方のためにも採寸だけはした方がいいと勧められてここにいるわけだが、その話は伝わっていないのだろうか。心配に思いつつ今日も付き添ってくれている女官を振り返る。
「ユーファミア様は何もおっしゃらなくて結構です。あとは私の方で対処いたします。こちらは王妃様も御用達のデザイナーです。安心してお任せください」
王妃様の御用達ということであれば、背後に王妃様のお気遣いがあるのかもしれない。それなら私が口を挟む範疇ではないと思い、それ以上の質問を飲み込んだ。
「ユーファミア様にはご希望のデザインはございますか? いえ、色味や基本的なデザインは既に指定がされていますので自由が効きにくいのですが、素材でしたらある程度ご要望を伺えます。レースやフリル、リボン、お好きな宝石など」
親切にそう尋ねられるが、ドレスなど不要の生活を送ってきた私に答えられる素養などないし、そもそもドレスが仕上がることもない。特にありませんと答え、採寸は終了した。