19
翌日の早朝、殿下と私は出発した。
前日の夜、私たちが遠乗りに出かけると知った王妃様は「まぁよかった! 楽しんできてね」と私の手を握り、使用人に昼食用のバスケットの準備まで頼んでくださった。数名の侍従と近衛騎士たちを連れて、私たちは草原を駆け抜けた。
私の位置は殿下の前。2人乗ってもびくともしないなんて、さすが殿下のための馬だ。小柄なフェイだとこうはいかないだろう。
殿下に抱えられて乗るのは2回目だからか、周囲を見る余裕があった。離宮がどんどん遠くなり、湖の横を抜け、森沿いの街道を折れ、さらに上へと上っていく。行き先は少し高みにある丘陵地帯だ。離宮が見下ろせて大層美しい景色だと王妃様が推薦くださった。
殿下の腕に固定され、その胸に背中を預け、私は至福の時を過ごしていた。ふとした瞬間に風に乗ってくる見知った香りを吸い込みながら、まるで殿下に口付けしているような高揚感に包まれる。
昨日といい今日といい、今までにない距離感に胸が高鳴るのを隠せない。なぜこんな奇跡のような時間が訪れたのか、考えてみるとすぐに答えに辿り着く。
(学院にいる間は毎日のように会うことのできたメラニア様に、会えないのが寂しいのかもしれない)
だからこんなスキンシップが増えているのか。目を閉じてしまえば、私だということはわからなくなる。馬の前に乗せてしまえば顔も見えない。その感じる温度をメラニア様のそれだと思い込むことも、できないことはない。
ただの身代わり。それでもよかった。私にとっては最上級の褒め言葉だ。
この腕の逞しさも、熱量も、香りも、風の色も、すべて覚えておこうと思った。遠くない未来、メラニア様にも同様に与えられるものだとしても、今この瞬間は私が享受している。
丘陵地からの景色は息を呑むほど美しかった。
既に朝露の名残はないが、ひんやりとした風が足元から立ち上り、色とりどりの緑が織りなす風景を揺らしていく。萌ゆる緑以外の唯一の色彩となる離宮が、鮮やかに開く花のような佇まいだ。
毎年この地に来ているのに、こんな景色を見るのは初めてだった。そういえば殿下と2人で出かけるのも初めてのことだ。いつも王族のどなたかがご一緒だった。
離宮で過ごす、最後の夏。それは殿下と過ごす日々の最後でもある。数日後には王都に戻り、夏季休暇を消費した後には最終学年となる。怪我をしてしまい殿下には多大な迷惑をかけてしまった夏となったが、私にとってはこの上ない日々となった。
「連れてきてくださって、ありがとうございます」
私の声など聞きたくもないのはわかっていたが、そう告げずにいられなかった。この夏が、きっと私の人生において最良の日になるのがわかっていたから。
「そんなに気に入ったなら、またくればいい」
社交辞令すら、私のために下さった言葉だからありがたい気持ちしかない。
「そうですね……また、いらしてください」
今度は本当に愛する人をその胸に抱いて。私はそろそろ、きちんと殿下の幸せを祈らなければならない。