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 私のために王宮から連れてこられた馬はフェイという。森で目を怪我してしまったがすっかり元気になっていると報告を受けていた。私が彼女の様子を見舞いたいと殿下に申し出ると自分も一緒に行くと言い出した。殿下がなぜか私を抱き上げて運ぼうとしたのを鉄の意志で固辞し、腕だけを貸していただきながら馬屋へ向かった。確かに彼女はすっかり元気で、せっかく離宮まできたのに馬屋につながれっぱなしなのを申し訳なく思った。


 乗馬は嫌いではない。上流階級の女性たちは乗らないのが普通だが、私の故郷では立派な移動手段のひとつだった。こちらでは殿下に付き従うという名目の元、私にも乗馬が許容されている。メラニア様にその話をしたときはかなり怪訝な顔をされた。


「ごめんね、フェイ。今年はあまり乗ってあげられなかったわ」


 彼女の綺麗な横顔に手を添えながら謝る。王宮に戻れば乗馬の機会もかなり減る。この夏が最後のチャンスだったかもしれない。来年ここにこられるメラニア様は、フェイに乗ることはないだろう。私がいなくなっても誰か他の者、たとえば女性の近衛騎士たちに貸与されると思うが、フェイのことは大好きだったので寂しさがあった。


「そんなに乗りたかったのか」


 殿下が呆れたように呟いた。私は首を振る。


「いえ、そういうわけではないのです。ただ、フェイに乗る機会はこれが最後だったかもしれないなと思っただけで」

「また乗ればいいだろう。怪我が治ったら」

「ですが、王都ではあまり時間がとれませんでしょう?」

「まぁ、平日は学院があるしな」


 そういうわけではないのだが、そういうことにしておこうと、私は曖昧に微笑んだ。すると殿下が明後日の方向を向いたまま呟いた。


「フェイには乗せてやれないが、私の馬ならいいぞ」

「え?」

「明日、天気が良ければ遠乗りに出かける」

「あの、左様でございますか。それはお気をつけてーーー」

「何を言っている。おまえも行くぞ」

「え? あの、それは私も馬に乗ってもよろしいということでしょうか」

「構わないがひとりでは乗せられない」

「……どういうことです?」

「だから! 私の馬になら乗せてやってもいいと言っている」


 殿下の馬は王宮のものではなく、この離宮で飼育されているものだ。とても大柄な鹿毛で、日の光を浴びると金色にもなるたてがみが特徴的だ。


「私が、殿下の馬に乗るのですか?」


 あの大きな馬にまたがる自分を想像すると、あまりにも不釣り合いで、それは無理があるだろうと首を傾げた。


 その行為が不満だったのか、殿下は不機嫌そうに呻いた。


「おまえは絶対に変な想像をしていそうだな。ひとりでは乗せんぞ。私と一緒に乗るんだ」

「へっ? 殿下と一緒にですか?」


 それはもしかしなくとも、森で落馬したときのような状況を指すのだろうか。あのときの光景が蘇ってくるとともに、私の顔が沸騰するのがわかった。


「そんな……っ、そんなこと!」

「もう決めた。明日出かける。朝早いから覚悟しておけ」


 そう言い残し立ち去ろうとする殿下の腕を捕まえた。短い距離なら歩けるが、馬屋から離宮までのような長い距離はまだひとりでは不安だ。このまま置いていかれては困る。


 勢い余って殿下の腕に抱きつくような形になってしまった。殿下は一瞬足を止めたが、見上げた私と目があった瞬間、ものすごい勢いで逸らされてしまった。


 またしてもやってしまった、と後悔する。私がフェイのことが名残惜しいと感傷をこぼしてしまったから、殿下は乗馬の件を切り出さずにはいられなかったに違いない。これでは私が殿下を振り回しているようなものだ。一介の使用人の癖に分を弁えないにも程がある。


 ひどく落ち込む一方で、一緒に馬に乗せてもらえたあのときの感情が疼くのを止めることもできそうになかった。今年が最後の離宮滞在。これは、神様のプレゼントかもしれない。


 最後の思い出作りにーーーどうか罪深い私をお許しくださいーーー。


 あらゆるものに懺悔をしながら、私は明日への思いに胸を弾ませた。







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