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 陛下がいつものように狩りへと出かけ、王妃様とお子様方はピクニックへと出かけられた日。


「あ、あの、殿下……」

「なんだ」

「その、今からでも間に合いますわ。陛下の狩りにご一緒されてはいかがかと。それか王妃様方のピクニックに……」

「おまえがここにいるのにか?」

「ですが、魔力暴走の発作は5日前のことでした。いつものパターンなら数週間は恙なくお過ごしできるのでは……」

「それは絶対の法則か?」

「え?」

「今まではそうだったかもしれんが、今後もずっとそうとは限らんだろう。私が今このとき魔力暴走を起こさない理由にはならない」

「はぁ」


 確かに絶対かと問われれば、王家の秘事の最低限しか知らされていない身からすればなんとも答えられない。


「おまえが歩けないのだから、私もここにいるしかない」

「そのことに関しては本当に申し訳なく……」

「だからもういいと言っている」

「あぁでも!」

「なんだ」

「治癒魔法のおかげか、だいぶ歩けるようになったのです。もう侍女のつきそいは必要ありません」

「そうか」

「ですから、馬にも乗れると思います」

「却下だ」

「え……」

「また落ちるとも限らんだろう。乗馬は当分禁止だ」


 また落ちる可能性も、確かにゼロとは言えないが、それにしてもあんまりな理由だった。だが私がまた馬に乗れると表明すれば、陛下はまた殿下を狩りに誘うかもしれない。王妃様のおっしゃる通り狩りがあまりお好きではないのだとしたら、ていのいい言い訳に利用されている可能性もある。


 だがそれにしても、だ。ひとり離宮に残り、応接室で読書だなんて、全然楽しくないのではないだろうか。せめて侍従の方にでも話し相手になってもらえばいいのにと思うが、それも追い出してしまわれた。今私たちは2人きりだ。朝食が終わり、ピクニックに向かわれた皆様をお見送りした後、私はこの部屋で休んでいた。自室には午前中にメイドたちのクリーニングが入るので、居場所を移したのだ。そこに殿下がふらりと現れて、私の隣に腰掛けてしまった。


 驚いたのは私である。ひとりで本でも読んで過ごそうと思っていたところに、思いがけない殿下の訪れだ。好きな人と同じ空間にいられるのは本来なら嬉しいはずだが、殿下が私を疎ましく思っていることを知っている以上、素直に喜べない。


 だが私がここにいては殿下の気も休まらないだろう。本を持ち立ち上がった。


「どこへ行く」

「あの、部屋に戻ろうかと」

「まだ掃除中だろう」

「そろそろ終わるかもしれません」

「メイドたちを急かすのはどうかと思うぞ」


 そう言われてしまえば反論できない。私は本を抱え直し、再びソファに座った。


「何を読んでいるんだ」

「あ、これは、リーヴァイの詩集です」

「隣国の、それも古語で書かれた原著か。おまえは本当に……」


 怪我をしたせいで時間を持て余してしまい、すでにほとんど見知った図書館で、一番時間をかけて読めそうなものを見繕ったのだった。離宮では学院の勉強もしなくていいし、12歳のときから続けている、殿下の側仕えとして必要な知識に関する勉強もお休みだ。何もやることがなければ悪いことばかり考えてしまうので、ちょうどいい読み物を見つけられてよかったと思っていたのだが、殿下はリーヴァイがお嫌いなのだろうか。


 私が首を傾げると、殿下は小さく咳払いした。


「読んでくれ」

「はい?」

「だからそのリーヴァイの詩集、声に出して読んでくれ」

「これをですか? あの、殿下はリーヴァイがお嫌いなのでは?」

「は? なぜそうなる」

「い、いいえ。なんでもございません」

「なら早くしろ」

「でも……」

「だからなんだ」

「私、音読はうまくありません」

「別にかまわん。おまえに技術など求めていない。ただ、隣国の古語の復習をしたいと思っただけだ」

「わかりました……って、殿下!?」


 突然、自分の太腿に重みを感じた。すぐ下には殿下の美しい顔と伏せられた瞳。


 なぜか今、私は殿下を膝枕していた。


 何が起きてしまったのか、目に見えているのに頭がついていかない。なぜこんなことが起きているのかさっぱりわからない。


 焦る私に殿下は低い声で「早く読め」と告げた。どうやら動くつもりはないらしい。お疲れなのだろうか、それなら自室で休まれた方がいいのではないか、常識的な提案が口の端まで上ってきたが、私は敢えてそれを飲み込んだ。


 そして震える声で詩の音読を始めた。内容などもうどうでもよかった。ただ間違わぬよう集中して。この奇跡のような時間がずっと続けばいいと願いながらーーー。









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