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「あなたとこうしてお茶をするのも久しぶりね」


 初夏に相応しい清々しい香りの紅茶を前に、王妃様は優雅に微笑まれた。


「カーティスが王太子宮に独立してからは、なかなか時間がとれないんですもの」

「長い間の無沙汰、お詫び申し上げます」

「まぁ、あなたは何も悪くないわ、ユーファミア、カーティスの傍にいてほしいと頼んだのはこちらの方ですもの」


 今日はあいにくの雨模様。陛下と殿下は午後からボードゲームに興じていらっしゃる。末の殿下も見学されているとか。2人の王女様はピアノの練習中らしい。


 したがって、応接室で私は王妃様と2人きりだった。


「足の具合はどうかしら」

「おかげさまで。少しひきずってしまいますが、ひとりで歩けるようになりました」


 落馬して足を捻挫したのは3日前のこと。殿下が毎日治癒魔法をかけてくださるおかげで順調な回復をみせている。高価な治癒魔法を私なぞのために殿下に使わせるのは恐縮だったが、そもそも私が動けるようにならなければ殿下の自由もきかないのだ。粛々とそのお情けを頂戴することにした。


「カーティスもあれだけ魔法が得意なのに、さっさと治してあげられないなんて、ままならないわねぇ」

「そんな、殿下にはとてもよくしていただいています。本当に恐れ多いことです」

「気にすることないわ。あの子が好きでやっているのだから」


 くすりと笑いながら、王妃様はお菓子を勧めてくださった。


「まぁいいわ。今日はゆっくりしてちょうだい。カーティスも当分は大丈夫でしょうしね」


 成人まで後1年となり、魔力暴走の発作の頻度は順調に減ってきている。そのことを指しての王妃様の発言だった。


「でも、私がこうなってしまったせいで、殿下のせっかくの休暇を台無しにしてしまい、本当に申し訳なく思っています」

「台無しだなんて。あの子は内心喜んでいるでしょうよ。陛下の狩りに無理に付き合わなくてもよくなったのですからね」

「え……、それはどういう」

「あら、あなたも知らなかった? カーティスはあまり狩りが好きではないのよ」

「そうなのですか?」

「えぇ。昔、まだ狩りに参加できない年齢の頃は、陛下が仕留めた獲物を持ち帰るのを楽しみにしていたようだけど、あるときから変わってしまったわね。もっとも、狩りは紳士方の嗜みでもありますからね。学ばないというわけにはいかないし。ここにいる間は陛下が望むこともあって付き合っているようだけれど」

「ちっとも知りませんでした」


 颯爽と森を駆ける姿から、狩猟が好きなのだとばかり思っていた。長年その姿を見てきたというのに、まったく気がつかなかった。


「それよりも、あなたが滞在を楽しめなくなってしまったのは残念だわ。ボートは何かあったときに危ないし、散歩も難しいとなれば、やれることが何もないわね。図書館はあるけれど、王宮のそれよりはだいぶ規模も小さいから、博識なあなたには物足りないでしょうし」

「そんな……お気遣いありがとうございます。ですが、私は一介の使用人です。仕事としてここにおりますので」

「あなたを使用人だなんて、誰も思っていなくってよ。謙虚なのは美徳だけれど、行き過ぎてはよくないわ」


 王妃様は初めて会ったときから私に優しい。ただの子爵家の令嬢がこうして国の頂点にある女性と直接会話を交わせるなんて、夢のようだ。


「陛下と王妃様におかれましては、私をこのように離宮にまで連れてきていただいて、感謝の気持ちしかありません。無事勤め上げた後も、こうしてよくしていただいた時間は一生忘れません」


 王妃様とこうして過ごすのも、きっとあと幾度かのことだ。休暇が終わればご公務でお忙しくなられ、あっという間に期限の1年後になってしまうだろう。


「まぁユーファミア。まるで別れの挨拶のようね。それに2度とここには来られないような物言いだわ」

「ですが、私の契約期間は……」

「あら、来年もあなたがここにいないという保証はないわ」


 王妃陛下がおかしそうに微笑むその姿に、いつもの軽い冗談だろうと悟った私は、小さく付け加えた。


「来年ここにいるのは私ではありません。殿下のお隣には、きっと伴侶となる素敵な女性がいらっしゃることでしょう」


 もしかしたら王妃様は、私を引き続き使用人のひとりとして雇ってくださるおつもりなのかもしれないと思った。王妃様の側仕えとなれば魅力的な仕事ではあるが、それは別の視点から言えば、殿下とメラニア様の仲睦まじい様子を間近で見続けなければならないということだ。それに耐えられるかといえばーーー否だ。


 王妃様は瞳を数回瞬かせた後、ふふっと息を漏らした。


「まぁ、そうね。カーティスの隣には、あの子が真に愛する人がいてくれることでしょう。そうなってくれることを、私も心から願っているわ」


 幸せそうに微笑む王妃様を見ることすら辛く、私は俯いてカップを見つめた。私好みのお茶はすっかり冷え切ってしまった。










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