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気がつけば離宮の自室のベッドの上だった。はっと外を見遣ると夕暮れの色に染まっていた。すでに背中やお尻の痛みはなく、ただ動かし辛い足を見れば丁寧に包帯が巻かれていた。着替えもなされたようで、柔らかな夜着に着替えさせられている。
そのままベッドから足を下ろし、そっと立ってみる。陛下はもうお戻りだろうか。せっかくの家族水入らずの余暇を邪魔してしまったのだと思うと背筋がぞっとした。謝罪に伺わなければと気ばかりが焦ってしまう。
だが固定された足は想像以上に動かせず、そのまま前のめりに倒れてしまった。サイドボードに置いてあった水差しが音をたてて落ちる。
「ユーファミア!? 入るぞ」
音に気づいたのか、私に与えられた客間の方から聞こえてきたのは思わぬ声だった。
「殿下!?」
「おまえはっ、何をしているんだ!」
大股で私のベッドに近づいたかと思うと、倒れた私の腰を抱えた。そのまま抱きあげるように殿下の胸に押し当てられる。
「勝手に動くんじゃない。必要なものがあるなら持ってこさせるから、ベッドで大人しくしてろ!」
吐き捨てるように言いながらまたしてもベッドに戻される。怒りの殿下の形相に、私はただただ小さくなるしかなかった。
「本当に申し訳ないことを……あの、陛下にもお詫びを申し上げたく」
「気にしなくていい。父上はあの後も十分楽しまれたそうだ。獲物も持ち帰られてご機嫌だ」
「それなら、殿下に対して申し訳なく……せっかくの余暇でしたのに」
「かまわない。狩りなどいつでもできる」
「ですが……」
私はシーツの下の足を見つめた。捻挫が治るのに少なくとも1週間はかかるだろう。ご一家が離宮で過ごすのはあと10日ほど。私が出歩けないなら、殿下もどこにも行けないということだ。
「あの、私、歩くのは無理でも馬には乗れると思うのです。馬の背に押し上げていただくか……そうだわ、近衛の方が一緒に乗せていただければ!」
今日殿下が乗せて戻ってきてくれたように、誰かに抱き抱えてもらえれば乗れないことはない。そうすれば殿下の行動にも付き合える。
名案と思われた私の意見に、殿下は大きく唸った。
「何を言っている。こんな目にあった人間を馬に乗せられるわけがないだろう」
「ですが、そうすれば殿下もまた狩りでも遠乗りでもお出かけになれます」
「必要ない。しかも近衛と一緒に乗るなどもってのほかだっ。とにかくおまえはここで大人しくしてろ」
噛み付くような鋭い視線を見せたかと思えば、不意にふっと目を逸らしたかと思うと、客間の方で控えていたメイドを呼び寄せ、落としてしまった水差しの片付けを命じた。
「夕食はこちらに運ばせる。とにかく今は休め」
そう言い置いて、殿下は寝室から立ち去った。
「ユーファミア様、大丈夫ですか」
放心していた私に声をかけたのは、片付けを終えたメイドだった。王宮でも私の担当ルーティーンに入っている人だ。毎年離宮にも同行してくれている。
「えぇ、大丈夫です。お仕事を増やしてしまって申し訳ありません」
「いえ、そんなことはお気になさらないでください。それよりも、殿下のお達しもありますから、あまり無理はなさらないでください」
「はい、ごめんなさい」
「あの、私どもに謝る必要はございません。王太子殿下もとても心配されておられました。ユーファミア様がお目覚めになるのを、客間の方でずっと待っておられましたよ」
「殿下が、ずっと隣にいらしたのですか?」
離宮では主寝室を陛下ご夫妻が使われており、お子様方はそれぞれ客間を利用されている。客間の造りは居室部分と寝室が続き部屋になっている。その居室側に、殿下はずっといたらしい。やけにタイミングよく寝室に入ってこられたと思ったらそういう事情だったのか。
ゆっくり自室で休むこともできず、かといって王妃様方に混ざることもできず、殿下には本当に申し訳ないことをしてしまった。何度詫びても詫びたりないし、詫びたところで殿下の不自由がなくなるわけでもない。
(私にとっては最後の離宮滞在だというのに、苦い思い出になってしまいそうだわ)
たっぷり眠ってしまったためか目も冴えてしまい、湖の奥に聳える山々に沈む夕日を眺めるともなく見つめていた。