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午後のマナーの授業終わりに、メラニア様が私に近づいてきた。マナーの授業は男女別で行われる。本来なら殿下側の授業に付き従うべき私だが、王宮仕込みのマナーを完璧に身につけられている殿下はこの授業を免除されている。カイエン様も同様で、そのため2人して女子クラスの隣の教室で自習されているのが常だった。このほかにも優秀すぎるお2人は同年代の私たちよりも多くの授業を履修済みで、飛び級も十分にできるはずなのに、未だに学院に在学し続けている。
一度疑問に思い、カイエン様に聞いてみたところ、メラニア様と一緒に学院生活を楽しみたいのだろうというお返事だった。さもありなんだ。
そのメラニア様が、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「参考書は役に立っているかしら」
「はい。あの難しいところが多くありますが、頑張ってみようと思います」
「そう。でもあれを読み込むには時間がかかるわよね。ユーファミア様が放課後も居残れるよう、殿下にお願いしてみましょうか? そうすればユーファミア様もゆっくり勉強ができると思うの」
「そんな……私ごときが殿下のご予定を左右してしまうなんて、許されることではありません」
私がここに居残るとなれば、私という治癒係を常に傍に置かねばならない殿下もまた居残りを余儀なくされてしまう。ただでさえ国王陛下の執務の手伝いでお忙しく、睡眠時間も削られているのだ。夜よく眠れないともおっしゃていた。
恐れ多いことと首を振ると、メラニア様は困ったように首をかしげた。
「でも、ユーファミア嬢の進級だって大切でしょう? あなたにはぜひ私たちと一緒に卒業してもらいたいもの。留年なんてことになれば大変だわ。王家のみなさまはお優しいから、たとえ留年したとしても学費は出してくださるでしょうけど……そこまで頼るのは、一家臣としてもどうかと思うの」
メラニア様の発言にも一理あるが、私のことよりも殿下のことの方が大事だった。最悪私は留年しても、なんなら卒業できなくてもかまわない。故郷の母は悲しむだろうが、卒業できなかったとしても、大きく未来が変わるわけではない。
「ご安心ください。私も留年までしてここに残ろうとは思いません。王家の皆様にそこまでの負担はおかけできないこと、重々承知しております」
「でも殿下はとてもお優しい方だから、あなたが留年したり卒業が危ぶまれるなんてことになれば、また何か特別措置をとられるに違いないわ。今だってあなたは実技試験をすべて免除されながら進級していることで、人よりも恵まれた立場でいるのに。あまりに贔屓がすぎると、あなたやあなたのご実家の評判にも関わってよ?」
確かに、他の人より優遇されている自分の身は、同じ貴族の生徒たちからすれば嫉妬の対象だ。普通に授業を受け、落第や留年をする生徒もいるほどの厳しい学院だ。そして私が優遇されていることがこれ以上広まれば、私が卒業した後ここに入学する予定のクラウディオにも迷惑がかかってしまう。
私の評判が地に落ちるのはいい。けれどクラウディオがいらぬ苦労をするのは耐えられない。
「ね、殿下にお願いしてみましょう? 大丈夫、私がついているわ」
「メラニア様、やはりそれは……」
「あなたが勉強している間、わたくしも殿下の傍に残りますわ。カイエン様もいらっしゃると思いますし……何かあってもわたくしたちがあなたを呼べばいいのでしょう?」
クラウディオのためにもできるだけ目立ちたくない思いは強いが、それ以上に殿下へ負担をかけたくない気持ちがある。
途方に暮れるしかない状態だったが、メラニア様に逆らうこともできない。私は流されるまま、殿下の待つ教室へと向かうしかなかった。