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前編 『エルフの森燃やしました』





「——大精霊さま、あなたはもう要りませんですじゃ」


「えっ」


 大精霊シルフは、エルフ国を一万年に渡り守護してきた守り神である。

 土に栄養を満たし、木々を育み、風によって生命を運ぶ。そうしたシルフの『運営』により、エルフ国は諸外国の攻め込めない自然の鉄壁防御を誇っている。


 エルフは排他的でムダを嫌う。

 賢く孤高。孤独ではない。


 そんな彼らが満たされた環境にてどう生きるかというと——それは『研究と改良』だった。


「……あなたも歳を重ね良い経験を積みましたね、シュデンヴァルド。諧謔をよく理解した『じょーく』だと母は思いますよ」


「冗談の類ではありません、大精霊さま。貴方様はもうエルフには必要ないのですじゃ。すぐにでも大樹から退去していただきたい。端的に言えば——国外追放ですじゃ」


 そうしてエルフの首魁である長老シュデンヴァルドは書類を一枚。『シルフ追放』とデカデカと見出しに書かれたソレには、細かい内容と元老院たちの判子が捺印してある。どこからどう見ても公的な書類だった。


 ビキビキッ! と音が鳴った。シルフの眉間からだった。


「シュデンバルド……母がいなくなればこの国が成り立たなくなるとわからないお前ではないでしょう」


「成り立ちます、時代は変わりましたのですじゃ」


 はぁ~~~~~~~~っとバカでかい溜息を吐いたのは大精霊シルフだった。そして両の手を広げて『やれやれこれだから低能な人間種は困るわ~~』という嘲りのハンドサインをひとつまみ。


 シュデンヴァルドは無表情だった。


「大地の魔力循環は? 年中を通した『大森林』の温度管理に、母の風を利用した生命の巡りはどうするのです? 建国した時のエルフ国の土地の悲惨さを、お前は先祖の残した絵巻で承知しているはずです」


 先祖の部分を『せ・ん・ぞ』と発音を強調する。私はお前が産まれる前から守り神やっとんじゃい!! という意図が透けて見えた。


「魔力循環と温度管理は魔石を加工した魔線を国中に張り巡らせることで解決。生命の巡りはそもそもわたくし共の魔術でどうにでもなりますじゃ。土地自体の土壌改善も千年単位で着手し、既に解決の一途を辿っております」


 余裕ぶっこいて仰いでいた扇子がピタリと止まった。そして背筋に嫌な汗が一筋流れる。


「あ、あのねシュデンヴァルド。お前は知らないかもしれませんが『国母』としての大責ある仕事は他にもたくさんあってですね——」


「——先祖の」


「え?」


 言葉を遮られる、というのは大精霊シルフにとって数千年振りの出来事だった。建国当初のエルフたち代替わりしてから恩恵を与えてやり、奉られてからは少なくとも一度もなかった。


「先祖の残した書には確かに記されておりました。大精霊様が我が先祖たちにどのような行いをして国を興したのか。そして理不尽な契約の数々によって今の地位を得たことを」


 嫌な汗が、シルフの背中を流れていた。


 遥か昔、魔術が人間種に普及していない時代にシルフは存在した。その時はただの吹けば飛ぶような木っ端精霊だった。


 そしてとある勤勉な種族に目をつけた——エルフだ。彼らを数百の魔術契約で縛り、クソみたいな土地を押し付け、開墾させて魔力を自身に供給させる。そしてカス精霊シルフは大精霊へと成りあがった。


 そしてシルフはその理不尽な所業を子孫へ伝えることを禁じ、代替わりと同時に散々エルフたちからむしり取った魔力を使用して『神』をうそぶいた。


 この天才的手法をシルフは『わからん殺し』と命名した。特許出願中。


……嫌な汗が、背中を流れていた。


「あ、あの……シュデンヴァルド? 母は——」


「口伝の禁止はエルフに対してのみ。一度人族を介して書を書かせて、それをエルフに残せば契約には反しません。我が父も、我が祖父も、我が曽祖父も、貴方様の所業は知っておりましたですじゃ」


 もうお前の話は聞かない、と暗に伝える強い口調だった。


「半ば貴方様の力が国力を維持させていたのも事実。ですのでわたくし共は年月をかけ大精霊様からの依存脱却を秘密裏に行っていたのですじゃ」


——研究と改良。それがエルフの特徴。


「シュ、シュデンヴァルドく~~ん……?」


 シルフは雨に濡れた仔犬のような情けない声をあげた。

 化けの皮がものすごい勢いで剥がれていく……いや、剥がされていくのを感じる。大精霊としても国母としての威厳も虚勢も急激にしなびていっていた。


「美人はみな大精霊様の従者に。日々の食事は大量に、豪勢に。金銀財宝でその身その住居を飾り、税で住民を押さえつけ、神事は気分によって行わない……最後に行われたのは千年以上前でしたかな? ん?」


「」


 言葉が出なかった。


 シルフは途中から悪い夢を見ちゃったのだと思い始めていた。口を半開きにして明後日の方向を見ていた。そうしなければ自我が崩壊しそうだった。


一体何年かけて、今の地位までのし上がってきたのか。


『いつか覚えておけ……!』と顔真っ赤プルプルしてたエルフの健国王に『ざまぁwwww魔術知らない情弱の遠吠えキタコレwwwwww逆切れ低能誕生秘話独占インタビュー会場はここでつか!? wwwwww』とそいつが寿命死するまで笑い転げ、国の運営が子孫たちに変わってからは打って変わって国母としての仮面をかぶり摂政として内政に干渉し、ひたすら自身の有利を積み上げていく。


 そして作り上げた理想郷。


 完成したパズル。一万年かけて並べられたドミノ。0がたくさん並んだ貯金通帳。


 まるでそれらを体現したエルフ国を、国の中心に生えた大樹をほじくり返してつくった『国母神殿』から見下ろす。それこそが大精霊シルフの幸福だった。


 それが一瞬にしてひっくり返された。


「へへ、へへ……シュデンヴァルドく~ん。冗談キツイよ、今まで仲良くやってきたじゃ~~ん。まあ? お互い認識の相違があったみたいだからさ、これからは今回の経験を生かして上手くやっていこっ♪ ってことで。次回から! ね? 神事やってなかったのも最近お腹痛かったからだよ~~。マジにならないでよ、そんな目吊り上げちゃもっと年食って見えちゃうゾ♪ 悪霊たいさ~ん☆ なんつってw」


 シルフの傍に侍っていた国中から集められた選りすぐりの美女従者たちは、恥も外聞もないシルフの言動に『マジかこいつ』という顔でドン引きしていた。


 つい一刻前まで乙女の肩を抱いて『私と一緒にいたら黒塗りの高級馬車買ってやるよ……幸せにしてあげる……君だけだよ乗ってないの。他の人はみんな乗ってるよ? このビッグウェーブに』と成功者ヅラをして語っていたのに、今いるのは自己保身の権化だった。


「しかももうすこしで冬来ちゃうじゃん? それなのに決めつけで老体イジメて急に追い出すって何事? それ何事? シルフ凍死しちゃ~~う! 書だって偽物だよきっと。これは私たちエルフを狙った何者かの陰謀だよ! これからは一致団結してやっていくぞ! 辛く長い犯人捜しだシュデンヴァルドくん! その覚悟はあるか!?」


 いっそ清々しい申し開きだった。

 そしてそれに対するエルフ国長老、シュデンヴァルドの回答は。




「——我が血は恨みを伝え、我が皺は経験を積む。貴様も神としての矜持が欠片でもあるのならば、疾く去れ、痴れ者めが」




 パリンッ、と音がした。

 シルフの心とかプライドとかなんかそんな感じのが砕け散った音だった。



 

   ***




 燃えていた。


 私の瞳は、強い決心で燃えていた。

 いつかエルフのカス共に復讐してやると。

 私の理想郷を破壊したバカ者共に、神の鉄槌を下すのだ。


 確かにエルフの神は死んだ。しかしここに新たに私という復讐の神が姿を現したのだ。

 私の瞳は燃えていた。






……………………………ついでに、目の前のエルフの森もメラメラ燃えていた。






 あれ? もしかしてこれヤバイ? 

 確かに私も昔ヤンチャしちゃったな~って思ってたけど、さすがにこれまでの功績無視して追い出しは酷くない? と考えると腹が立ってきて、つい森に火を放ってしまったのだ。


 ボヤ騒ぎくらいで済むかな、と思っていたら、秋で空気が乾燥していたので一気に火は炎となり燃え盛ってしまった。


 大森林の奥の方から警報と警邏隊の叫び声が聞こえてくる。

 どんどん声が近づいてくる。このままでは彼らが私という犯人に近づくのは必定。


 ならばどうするか。

 逃げるしかない。

 判断からの行動は早かった。


「秋だから! 真犯人は秋だから! 空気乾燥してたから!」


 秋だから。

 それこそが真犯人です。断じて私じゃない。



 風の魔術を使ってダッシュで逃げ、誰にも追いつかれていないのを確認。

 そして川を見つけたのでそこで腰を下ろして一息ついた。



「……ふぃ~、なんとかなったな」


 危なかった。あのままでは言い訳が効かない状況で捕縛されムショにぶち込まれるところだった。


 川で水を飲んでから、ふと川面に映った自分の顔を見る。

 土だらけの裾。煤のついた顔。乱雑に跳ねた長髪。


「…………こんなの、私じゃない」


 ポツリと、一言。


「なんで、こんな目に……!」


 抜け殻のような一言。二言目には、徐々に魂が籠り始めていた。


「誰のせいだ……?」


 私のせいか? いや違う。最初に騙されたのはエルフだし、その後もなんやかんやで上手く国を回していた。急に過去を持ち出して既得権益を掴んだ私を嫉妬で引きずり下ろしたのは、エルフたちだ。


「あの野郎……」


 燃えていた。

 今度こそ私の瞳が強い意志によって燃えていた。




——復讐だ。




 理不尽な追放に、徹底的な復讐を。

 そしてもう一度、返り咲いてやる。エルフの神はムリでも、既得権益層に成りあがってやる。


「戦争じゃぁ……戦争じゃぁぁぁああああああああああ!!!」



 グチグチ昔のことを持ち出しやがって! 異常者たちが! お前たちは幸せだからそれでいいだろうが! 先祖がナンボのもんじゃい! 自分は幸運だったと思って元の生活を続ければ済むことだろうが!






「——『呪い』は『廻る』ぞゴラァ!!!」

 


お気に入り登録と☆☆☆☆☆評価しないとなんか色々燃やしちゃうぞ

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