12歳
皆様、御機嫌よう。ワクワクが止まらない、未来の悪役令嬢、イザベラ・アームストロングでっす。
浮かれてしまう理由だが、夏に、父が所用のために王都に行くという。短期では何度も行っていたが、長期らしい。
鬼の居ぬ間に何とやら。エリックとエマと何して遊ぼうか、と考えては心が躍った。
父のくせに、湖の畔に、かつて城だったという別荘とか持っていたのよね。今は、まともに使われていないらしいが、使わないなんて、宝の持ち腐れでしょう。
そこに、視察という名目で別荘に行く計画を立て、ニヤニヤしてしまうのを止められない。
さて、領地の救護院、孤児院だが、全て私達で見るのは、もう無理だ……となったとき、一人の女性が手を差し伸べてくれた。
名前は、ソフィア・トレメイン様。彼女がたいっっへん優秀な人だった。
本人曰く、「離縁したばかりで、ちょうど手が空いている」というソフィア様は、生まれが有力商家で、一度、貴族に嫁いだことがあるらしい。つまり、実家でビジネスに慣れていて、貴族など上流階級の人間の生態を知っていた。
ソフィア様は、実家が商家ということを活かして、足元を見られず必要物資を商人から買えるようにしてくれたり、帳簿の付け方を教えてくれたり、救護院、孤児院の資産管理の健全化のための様々なアイディアを持っていて、どんどん実行に移してくれた。
猫の手も借りたいくらいだったのに、こんな優秀な人に助けてもらえるなんて感謝しかない。
もっとも、ソフィア様のアイディアを実現するため、財団を立ち上げた際、私が、母の形見の首飾りを父に売って、資金を作った経緯から、財団の名前が私の名前を使った『イザベラ財団』なのは本気で止めてほしいけれど……。おまけに、ソフィア様の強い提案で、私は名誉理事長の職までもらっちゃったし……。
私は、将来、断罪される悪役令嬢なので、私の名前を出すと、後でケチが付くよ……。
いや、断罪されないよう頑張りますけどね!
まあ、こんな感じで、私は、お飾りの領地の福祉担当と財団の名誉理事長は務めているが、ソフィア様の溢れるアイディアとバイタリティにより、夏休みを楽しめる程度には、救護院、孤児院の状況は組織的に改善できているのである。
夏になり、父が王都に去り、エリックとエマと準備を万端に済ませ、とうとう、別荘に出発する日となった。
エリック、エマに加え、エマの父の家令と共に、ワクワクと屋敷から馬車で出発した。
しかし、半日ほど、馬車で走っていたところ、前方からただならぬ様子で、侯爵家の騎士が馬で駆けてきて、言った。
「隣国からの襲撃です!!」
「は?」
思わず目を丸くしたが、この家の名目上の領主代理は私、実質上の代理は家令であるエマの父で、役者は揃っていた。
「屋敷を出て、遠出する準備もできているので、ちょうど良かったですな。行きましょうか」
エマに似た落ち着いた声、涼やかな顔で、エマの父である家令が言ってくるが、私が準備していたのは、湖畔のバカンス!!
しかし、父がいない今、行かないわけにもいかないので、場所は予定していた湖畔の城そのままだが、襲ってきた隣国の兵士と向き合うという夏休みになってしまった。
かつて城があって、合理主義の父が維持しているといたのは、隣国との交通の要衝だったからなんだと納得する、良い立地だった。
とはいえ、実際に現場に行ってみると、言葉を失った。
湖畔の城には、突然の敵襲で、傷付いた兵士たちが運び込まれてきた。
私が、城の大広間に到着すると、そこには仮設のベッドが並べられ、負傷者の手当の場となっていた。
そこに充満するのは出血による鉄の匂いと、痛みから漏れ出てしまううめき声、思うように話が通じず苛立った声、指令を飛ばすために響き渡る怒号だった。
城では、必死でできることを考え、手を動かしたものの、恐怖からくる震えはなかなか収まらなかった。
そして、城につき、十日ほど経った時だった。自領の騎士や兵士たちの奮闘で、あと一息で隣国の兵士を押し切れそうだという状況で、エマの父が言った。
「イザベラ様、戦の現場を見ておきましょうか」
もうほぼ自軍が勝つところなので雰囲気だけですし、肩慣らしみたいなデビューができてよかったですね、なんて言われて、有無を言わさず連れられたが、そこでも私は言葉を失った。
平原で、侯爵家の兵士と隣国の兵士が戦うのを、見通しの良い高台から眺めた。
雄叫びを上げ、お互い敵に向かい、剣の音が響く。押し負けた方からは血しぶきが飛び、悲鳴が上がる。負けを悟った兵士は、恐怖の表情を浮かべ、撤退しようとし、勝ちを確信した兵士は、勝負を確固たるものにするため、鬼気迫る顔で敵に迫る。
恐怖の表情を浮かべながら撤退しようとするのは、自国の人間を蹂躙するはずの隣国の兵士だった。鬼気迫る顔で、敵に迫るのは、殺伐とした城の中で明るく場を和ませてくれた自国の兵士だった。
これは駄目だ。
ようやく戦というものが何か、その一端を垣間見て、ぞっとした。
人と人が殺し合うなんて、なんとしても避けなくてはいけない。