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旅の終わり


私の言葉に、エリックが目を丸くして、心底、驚いたみたいな顔をした。

図々しいと思われているのかもしれない。それでも、構わず続けた。


「騒動を起こしておいて、都合がいいのは分かっている。王太子妃が似合わないのも分かっている。でも、ちゃんと改めるので、ここにいたい。やだやだ。別れないで……!!」

「……いや、私から別れるつもりはないけれど」


エリックが戸惑いを含んだ声で、そんなことを言った。耳を疑いつつも、真意を確かめるよう、迫った。


「ほ、本当……? 別れない? ついでに言うと、公爵家派から、新たな妃を迎えるとかも嫌なんだけれど。それもなしってことでいい? 別れないし、新たな妃も迎えない?!」


エリックが、私の勢いに押されたように、頷いた。


多少、ごり押しではあったかもしれないし、品格は失ったかもしれないけれど、言質は得られた。よし!




「はああああー、良かった……。き、緊張した……。悪役令嬢、もう、嫌なんですけどおおお……!!」


寝台に倒れ込み、脱力した。三日間、ずっと別れ話になるかと思って、気を張っていて、すごく疲れていた。本当に、心臓に悪い……!




緊張から解放され、寝台の上で、思いっきりぐうたらしていると、エリックも私の隣で、何故か脱力するように座った。


エリックを見て、話の途中だったことを思い出した。


「あ、ごめん。話の途中だったね。何だったの?」


私の質問に、エリックが歯切れ悪く答えた。


「いや……。イザベラは、ここを出た方が幸せなんじゃないかと思って」

「え……」

「私が無理やり王宮に引き込んだけれど、もう解放すべきなのかなって……」


エリックの答えに戸惑い、目を丸くして、飛び起きた。


「えええ?! 何でそう思ったの? 全然、帰ってこなかったから? 本当に何度も帰ろうとしたけれど、色々事情があって帰れなかったのよー!」


エリックは、苦しそうに告白した。


「それもあるけれど、辺境伯領に行ったら、イザベラは、私が知らない辺境伯領の人間に囲まれて慕われていたし、彼らも辺境伯領で生きればいいと言うし……。私も、本当は、ここじゃないところの方が、イザベラは自分らしく暮らせるんじゃないかと思うこともあったから……」

「……そんなこと思っていたの?」


大きなため息と共に、エリックはこちらを見た。


「思うよ。イザベラがここに来たきっかけも、三年前、イザベラの意思も確認せず、無理やり、私が王宮に連れてきたことだったし……」


突然出てきた、三年前の結婚前後の話に、少し驚きつつ、その時のことを思い出した。


「え? 三年前? ああ、まあ確かに強引ではあったかな……? でも、嫌な時は、ちゃんと嫌って言うから、そんな一人で責任を感じなくても……」


私の言葉にも、エリックは納得していない様子だった。


「……王命を携えた、王太子が命じて、嫌だと言える?」

「確かに王太子だけど、相手はエリックだし。嫌な時は言うけれど……」


エリックは、三年前の自分の行動をよく思っていなくて、後悔しているのだろうか。

エリックと結婚が決まった三年前のことの記憶を辿りつつ、口を開いた。


「うーん……。最初に結婚を命じられた時は、私の身柄を拘束するための結婚だと思っていたから、諦めに近い気持ちはあったかなあ……。

 だけど、プロポーズされて、エリックが私のことを好きだって知ってからは、気持ちが一緒かで迷うことはあっても、本当に嫌ではなかったよ!」


私が言ったのは本心からだったが、エリックは訝しむように私を見た。


「正気? あの時は必死で強引な手段を取ってしまったけれど、私なら、こちらの意志も確認せず、結婚を命じてくる相手と結婚なんて、絶対に嫌だ」


エリックは、再び大きくため息を吐くと、続けた。


「それに、昔から感じていたことだけど、辺境伯領にいるイザベラを見て、改めて思い知ったよ。イザベラは、名誉も、権力も、かしずかれることにも、贅沢な生活にも興味はないだろう。どこに行ったって好意を集めるイザベラが、面倒ばかりの王宮で、得られるものはそれくらいなのに」

「……まあ、確かに、王宮は私に分不相応な気がするし、王太子妃は柄じゃないかもしれないけれど」


エリックの指摘に思い当たることがあり、うっかりその一部を認めてしまった私に、ほら見ろ、と言わんばかりのエリックの視線が刺さった。




とはいえ、王太子妃が似合わないのは事実だけど、ここにいたいというのも本心から言っていることなのに……。どう言ったら納得してもらえるのか、頭を悩ませる。


一見、私を非難しているけれど、エリックは、自分を悪くばかり言っている。


それに、私のことは、どこだってやっていけるみたいに言って、エリックは私を随分と買い被っているけれど、そんなことないんだけどな。だって――




「でも、エリックだけだったよ。私と家族になりたいと望んでくれたのは、エリックだけだった。私は、この世界で、誰にも、家族として望まれたことはなかった」






私がそう言うと、部屋がしんと静かになった。


あれ?と思って、エリックを見ると、微動だにせず、こちらを見ていた。戸惑い、咄嗟に何と言っていいか分からないように見える。




……何でそんな反応をするのだろう。


考えて、ハッと気付いた。誤解させるような言い方だったかもしれない。


「あっ、違うよ。家族になりたいって、望んでくれたのがエリックだけだったから、エリックがいいんじゃないから。確かにきっかけはそれだったけれど、今は、エリックのことをちゃんと好きだと思っているからね!」


もう誤解は嫌だと思って焦る私に、真剣な顔をしたエリックが聞いた。


「ありがとう。でも、そうではなくて、そんなことを思っていたの……?」

「え? あ、うん……」




エリックに問われて、ふと気が付いた。そういえば、こんなことを口にするのは、初めてかもしれない。言う機会もなかったし。


いや、言葉にして、このことを真正面から向き合いたくなくて、無意識に避けていたのかもしれない。


死んでしまった、いつも厳しい表情を浮かべていた母の姿が脳裏を過り、それだけで、胸がつまった。




苦しくなって、顔を手で覆って、再び、寝台の上に転がった。一度、思い出すと、次々に母と暮らした日々が思い出された。


母は、今の私くらいの歳で、私を産んでいた。そして、私が物心つく頃には、母は痩せ細っていて、生活は貧しかった。




過去を直視するのは苦しい。


けれど、それでも、エリックに気持ちは信じてほしいから、言葉を捻り出した。


「そうなの。私は、生まれてから母の最期まで、母と一緒にいた。でも、私は、母の足を引っ張るばかりだった。『愛している』なんて言われたことはなかった」




きっと幼い私がいたことで、母はできる仕事も制限されていた。幼い子を抱え、社会を生きていくのは、きっとすごく大変だった。私がいなければ、母はあんなに苦しい思いをせずに済んだのでは――?


今、穏やかに暮らしている私を見たら、母は、どう思うだろうか。何一つなく不自由なく暮らす私に、ずるいとは思わないかな。


いや、あの誇り高かった母が、私に嫉妬したり、僻んだりするはずないか。今の私を見ても、何の感慨もなく、どうでもいいと思うだけとか、そんな感じかな。


なら、母は死んでしまったのに、私は生き残っているのだから、母の分も、どこでだって、とにかく生きるんだと思ってやってきたのも、母にとってはどうでもいいだろうか。






ずきんとした心の痛みを感じていると、そっと、手を握られた感触がした。




触れられた手の温かさに、顔から手を離し、目を開けると、苦しげな表情のエリックがいた。


心配そうに私を見つめるエリックから、もう反論はなかった。私の言葉を信じてくれたということだろう。


そして、苦しそうな顔をしているのは、私に同情しているからかな。

エリックには笑っていてほしくて、私のことで苦しい思いをさせたいわけでも、可哀想だと思わせたいわけでもないんだけどな。




でも、この距離で心を寄せてくれる人がいるのだから、幸せだ。




――生きていたから、この場所にも来ることができた。






さてと、と気合を入れるため、握られた手とは逆の手で、頬を小さく叩き、起き上がって、エリックに向き合った。


「そんなわけで、プロポーズされた時は、家族にと望まれたのが嬉しくて、気持ちも定まっていなくて、覚悟もないのに、軽率に流されちゃった。そのことで、エリックを苦しめたなら、私こそごめんね」


私の謝罪に、私が気に病むことではないと伝えるように、エリックは無言で首を横に振った。


受け入れられたことに、ホッとして笑みが漏れる。


「王宮に来てからは、ずーっと守ってくれて、ありがとう。随分とかかったけれど、ようやく覚悟ができたよ。堂々とエリックの隣にいるため、立派な王太子妃になるから、これからもここにいていいですか?」


エリックは、私の手を握り締め、私の目を見て言った。


「ここに、いて欲しい」






これで仲直りだと、照れ笑いしていると、エリックが大きく息を吐き、誓いを立てるように言った。


「たくさん間違えたけれど、私にできることがあるのなら、今度こそきちんとしたい」

「ん?」

「今度こそ、イザベラを幸せにしたい」

「んん?」


言われた言葉は嬉しいけれど、どうもしっくり来ない。




だから、抱きつくようにして、エリックの顔を私の方に近付け、エリックの頬に口付けた。


そして、私の突然の行動に、少し赤くなって、狼狽えたみたいな表情をしたエリックに、笑顔で告げた。


「エリックがいて、もう、ずっと幸せだったよ」


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