旅の22日目 3
助けに来てくれた騎士達は山の麓の村をぐるりと包囲するように囲み、公国の人間が逃げ出せないようにして、戦意を挫き、降伏させた。
数の力も勿論だけど、これには敵わないと思わせる統制の取れた動きをしていて、この国の強さを実感した……。
私はブルブル震えながら、その様子を見た。味方だと思うと心強いけれど、私を断罪しようとしているなら、こんな怖い相手はない。
さっきの私の言動は、完全に悪役令嬢だった……。何なら、ラスボスだった……。
思ったより早く助けが来てくれたのは良かった。誰も傷つかなかったのも良かった。けれど、私の断罪なしでは済ませられなかったのか……。
騎士団が村を襲おうとしていた公国の人間を捕らえたところで、エリックが馬を従者に預けて、まっすぐ私の方に来た。王都になかなか戻らないだけではなく、完全に争いの中心にいるところを見られた。挙句の果てには、この国への裏切りまで口にしてしまった。
青褪める私に、若頭が心配そうに声を掛けた。
「何で助けが来たのに、崩れ落ちているんだ? ……お前の関係者なのか? ……匿うか?」
首を横に振って否定する。
エリックは手を伸ばせば届く距離に来たものの、少し下を向いていて、表情は見えない。しばしの沈黙の後、ポツリと私に聞いた。
「……怪我はない?」
「ない、です」
「そう、良かった……」
エリックは震える声をしていて、心配をしてくれたのが、痛いくらいに伝わってきた。心配をかけた申し訳なさで、言葉も出なかった。
少しして、王太子妃の立場で争いの中心になってしまったことと、心配をかけてしまったことに謝罪をしようと決意した。同じタイミングで、エリックが顔を上げた。そして、怒りを含んだ目でこちらを見ながら、エリックは言った。
「でも、イザベラとこんなところで会うとは思わなかったよ。随分な活躍だね。ドレスも随分と身軽なものになっているし、ブーツもあちこち歩き回りやすそうだね。悔しいくらいよく似合うけれど、そんな出で立ちで、何をしていたのかな。こんな危険なことを自らして、少し目を離した隙に、イザベラは自分の立場を忘れたの?」
「この度は、大変、申し訳ございませんでした。お詫びのしようもございません」
言われた言葉に、怖くて歯が震えたけれど、息継ぎなしで、目を見て謝った。
報告書に事の顛末は記したが、今回は、打ち上げと称した飲み会で、山の麓の村に来ている……。そんなきっかけで、争いの中心になるところを、多くの人に目撃されてしまった……。
王太子妃としてアウトな行動が多過ぎて、流石に言い訳できない。上司に叱責される部下の気持ちだ……。
いや、王太子は王太子妃より格上だから、事実、そうなんだけど……。
私が肩を落としていると、アルフレッド様が、私の前に来てくれた。
「彼女は、この国への裏切りを口にした。けれど、それは本心ではなく私達を守るためで……」
アルフレッド様は、私の言動を庇う気はあるらしいと気付いて、ほっと息を吐いた。本当に良かった。ここで、アルフレッド様に「王太子妃が公国に寝返ろうとしてた!」って言われたら、完全に詰むところだった……。
しかし、エリックは、冷え冷えした青い目で、アルフレッド様もバッサリ斬り捨てた。
「そんなこと、貴方に言われるまでもない。貴方こそ何故こんなところにいるんだ。彼女を庇うより先に、自らの立場と行動を顧みてはどうだ。まずは、これまでの一連の行動を向こうで話してもらおうか」
そして、後ろを振り返って言った。
「騎士団から誰か来てくれ。レイモンド公爵家令息の保護と監視だ」
そう言うと、騎士団から数名がこちらに来て、アルフレッド様を騎士団の中心部に連れて行った。アルフレッド様は心配そうに私を見てくれたけれど、一緒に弁解してくれる人がいなくなったことに、真っ青になった。
更に驚いたことには、アルフレッド様が連れられた先には、この世界のヒロインであるリリーがいた。
えっ、アルフレッド様は悪役だけど、それだけじゃなくて、攻略対象なの? まさか、私だけ断罪されて、アルフレッド様は救済されるルートがあるの……?
「で、では、私も向こうに……」
何とか私もアルフレッド様に続こうとしたが、エリックにさっと道を塞がれた。
「イザベラは、直接、私が話を聞くよ」
私は、自ら尋問ということらしい。エリックはものすごく怒っているみたいで、ドサクサに紛れられないことを知った。
ああ、私もアルフレッド様の方に行きたい。リリーの元で、ほとぼりを冷まして、アルフレッド様と打ち合わせをしてから、お互い、ダメージが少ない形での弁解を考えたかった。
この国一番の貴族の家の嫡男であるアルフレッド様と、王太子妃である私。格は、私の方がちょっと上かもしれないけれど、ほぼ同じのはずだから、騒動の責任を問われるなら、一緒だと思っていたのに……。
「行くよ」
エリックが、私の手を掴もうとしたところで、今度は、若頭とメルヴィンが私の前に立ち塞がった。そして、サラやクレアさん、他にも村の皆が、私を支えるように、周りに来てくれた。
顔色が悪い私を心配してくれたのだろう。気持ちは嬉しいけれど、こんな争いの中心になる王太子妃ってよくないから、エリックの怒りはよく分かる。
立場が上がれば上がるほど、ちょっとした醜聞で足を引っ張られる。そのことは知っていたはずなのに、悪役令嬢を演じて、一生懸命、王太子を務めているエリックの足を引っ張ってしまった……。考えてみれば、アルフレッド様と口裏を合わせて弁解しようとか姑息な事をしようとしたのも良くなかった……。
叱責される覚悟を決めて、メルヴィンと山の麓の村の皆に言った。
「ありがとう。気持ちは嬉しいけれど、退いて。私が悪いの。全て話して、裁きを受けるわ……」
私の言葉を聞くと、若頭とメルヴィンは厳しい顔になり、私を守るように、サラやクレアさんがいる後ろに押しやった。そして、若頭とサラに言われた。
「俺達は、お前の正体を本当は知っている!」
「目立つような行動は、ベラさんのお仕事からするとよくなかったかもしれないけれど、私達の為だったんでしょう!」
二人の言葉に目を見開いた。
正体は知られていないつもりだったけれど、王太子妃だとバレていたのか……。見て見ぬ振りをしてくれた、皆の優しさは嬉しかったけれど、自分の浅はかさに落ち込んだ。
メルヴィンとクレアさんも続けて言った。
「お前は、辺境伯領と村を助けてくれた」
「今度は私達が命を懸けて守ります!」
その言葉から、皆は、随分、私に対して恩を感じてくれていることが分かった。
でも、正直に言って、そんなに恩に思わなくてもいいのだけれど……。勿論、皆で助かりたいと思っていたけれど、立場上、私は何があってもエマ達が助けてくれるから、全然、命を懸けたりしていない。そもそもの条件が対等じゃない。
強いて言えば、ギリギリまで私の無茶を許してくれたエマ達に感謝してくれれば……。
そんなことを思っている間にも、メルヴィンとサラが、エリックに向かって必死で言った。
「こんなことになって、ベラさんは今の仕事はもう続けられないんでしょう。お願い、ベラさんはここで死んだことにして、置いて行って!」
「ベラが知る機密は、絶対に聞かないと約束する」
その言葉にギョッとした。
いやいやいや、メルヴィンとサラも勝手に諦めないで。私はまだ王太子妃を辞める気はない。
「待って! 私は、その、悪かったと思っているの。今度こそ、きちんと任を果たすわ。だから、チャンスを、ください……」
私が詰まりながらもそう言うと、泣きそうな顔をした若頭とクレアさんに言い募られた。
「何年も拘束され、次にいつ自由になるか分からない。そんな、不自由な生活に戻る気か?!」
「ベラさんは本当にそんな生活を望んでいるの? 本当のことを聞かせて!」
えっ、二人とも、何を言っているんだろう……。不自由はない……というか、私の人生で最も贅沢でのんびりさせてもらっているんだけど……。
エリックをちらりと見ると、更に機嫌が悪くなったようで、冷々とした空気を纏っていた。その様子に身震いした。
それはそうだよね! あれだけ、一手に仕事を引き受けて、私には何一つ不足がない生活ができるようにしてくれているのに、王宮から出たら「不自由だ」とか私が陰口を言ってると思ったら、気分は悪いよね! でも、若頭が何故かそう思ったことで、私はそんなこと言っていない……!
「何を言っているの……。私、そんなこと言ってないでしょう……! やめて、やめてよ!!」
必死でメルヴィンと村の皆を止めようとしていると、思っていた以上に悲壮な声が出た。
本当に、別れ話に発展したら、どうしてくれるのよ!
メルヴィンと村の皆は、私の泣きそうな声に、ますますエリックへの警戒を強くして、私を守ろうと身構えてくれた。場の空気が益々ひりついたものになった。
何故、こんな事態になるのか訳が分からず、ただ戸惑う。
皆、何で、私が王太子妃をするのに、こんなに反対しているの? 似合わないのは分かっているけれど、そんなに?
誰か、誰か助けて……。
青褪めていると、後ろからエマが言った。
「……流石に聞き捨てなりませんね」
この状況から助けてもらえる!と、期待を込めて、振り返り、エマを見た。エマは私の方に一歩近づくと、いつもの淡々とした口調で、エマの腕を私の腕に絡めて言った。
「イザベラ様が任を離れるなら、私の方に戻ってきていただきますよ」
――いや、やっぱり何を言っているの?
駄目だ。皆の会話についていけない。そういえば、今日、飲み会の後、睡眠時間三時間弱で、悪役令嬢を熱演したんだった……。
頭が動かない。何でこんな肝心な時に頭が動かないの。動け、動け、動いてよ!
せめて、どうか一眠りしてから、弁解させてほしい!
勿論、そんなことができないのは分かっているから、歯切れ悪くも、必死で言葉を繋ぐ。
「ありがとう。あの、私は大丈夫だから、その、黙ってて……」
「黙っていられるか! 怯えているくせに、何を言っているんだ」
「ベラさん、お願いだから、もうそんな仕事から手を引いて……!」
皆、そんなに私は王太子妃に向いていないと思っているのか……。
揉み合う私達に、ますます冷ややかになったエリックが怒気というか覇気を感じさせる声で言った。
「黙れ」
その威圧感に、私はぶるりと震えあがって何も言えなくなった。
でも、メルヴィンも若頭もクレアさんもサラも、一歩も引かず、私を庇うようにした。そして、若頭とクレアさんが言った。
「断る! どうせ、ベラがいなかったら、この村は食い物にされるだけだったんだ。ベラのために、命を賭けて、何が悪い? 望まないことを強制されているのなら、助けたい!」
「貴方のことは知らないけれど、大体の正体は分かっている……。この国の王宮で、ベラさんの上司で……」
えっ、そんなことまで分かるの? でも、じゃあ、尚更、そんな口を聞いたら駄目でしょう……。ああ、何かよく分からないけれど、私のためなのか……。
巻き込まないよう、メルヴィンや村の皆は関係ないとか、弁明しないといけないのに、エリックが怖くて声が出ない。本当にメルヴィンも若頭もクレアさんもサラもよくやり合えるわね……。胆が据わっている……。
でも、肝心の私がこれでは駄目だ。皆を巻き込んで断罪される未来しか見えない……。
「……そう、そこまで分かっているのなら、話は早いね。私はこの国の王太子をしている。そこのイザベラの結婚相手だよ。
その手を放せ」
エリックはそう言って、皆を押し退けると、ぐいと私を引き寄せ、逃げられないように右手で私の手首を持ち、左手で私の腰に手を回した。
拘束された私を、呆気にとられたように、皆が見て、ポツリとこぼした。
「嘘だろう……」
え、分かっていたんじゃなかったの?
メルヴィンとサラが呆然と言った。
「そういえば、現王太子妃殿下は、先の戦争での戦功が最も大きかったアームストロング侯爵家出身。そして、妃殿下は隣国王家の血を引くとか……。名前は……イザベラ様……」
「ベラさん、何をしているの……」
そして、目の前のメルヴィンや村の皆から、一歩下がって、距離を空けられた。そして、信じられないものを見るような目を向けられるようになった。
あ、あれ? 何で、そんな目で見てるの? 正体は分かっていたんじゃなかったの?
静かに憤るエリックに、手首と腰を強く掴まれた状態で捕まり、メルヴィンや村の皆は、あっけにとられたようにしている。
周りを見渡し、助けてくれる人がいないのを確認して、項垂れ、再度、思った。
やはり、私は悪役令嬢だった……。断罪は避けられなかった……。