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旅の22日目 2


公国の人間に囲まれていて、分は悪い。アルフレッド様には、逃げ出せと言われていた。






けれど、私がしたことは、アルフレッド様から剣を奪い、アルフレッド様に突き付けることだった。






――ああ、やってしまった。


自分でしたことながら、怖くて、心臓がバクバクする。


昔は多少鍛えていたものの、怠けた王太子妃生活をしていて、体は鈍っているし、刃物なんて触るのも久し振りだ。悪役令嬢としてどうせ追放されると思っていた昔と違って、今の私には立場もあるし。危険なことをしたら駄目なんだけどなあ。




でも、アルフレッド様は悪役だけど、相談できる人が誰もいなかったのかな。悪い循環に入ってしまって、抜け出せなくなってしまったのかな。


何故か、私は、今、平穏な生活を送っているけれど、ちょっと歯車が狂って、悪役になっちゃうなんて、そんなの本来のイザベラと一緒じゃない。はあ、そんなの仲間じゃない……。




奪った刃物をアルフレッド様の首元に突き付けたまま、公国の人間に向かって言った。


「この男の命が惜しければ離れなさい。貴方達の大事な駒なんでしょう」


次の瞬間、音もなく、エマ達がアルフレッド様と私を守るように取り囲んだ。そして、公国の人間に向かって言った。


「動くな。本気だ。退け。イザベラ様を侮辱したこの男の命、一切惜しくない」


エマがこちらまで怖くなる殺気を込めて、私が足りなかった迫力を補ってくれた。アルフレッド様と私の会話は聞いていたはずだし、本気ではないと信じているよ!


エマの迫力に押されたように、公国の人間が後退した。剣をアルフレッド様の首に近付け、剣を持つのとは逆の手でぐいとアルフレッド様の首元を掴み、私の方に引き寄せた。アルフレッド様の顔が近付き、アルフレッド様の耳元で囁きやすい体制になったので、小声で言った。


「アルフレッド様、こんな状況でも、我々に状況を伝えようと、不審な行動を取ってくださったのですね。お見事ですわ。アルフレッド様の異変には我々も気付き、私の護衛が、アルフレッド様を見張っていました。この事態にも気付いていて、もうすぐ、騎士団か憲兵と共に駆けつけてくれるでしょう。皆で助かりましょう。時間稼ぎに付き合ってくださいませ」


思っていなかった展開なのだろう。剣を私に突きつけられたアルフレッド様が戸惑ったように言った。


「そんな、いいのか……。いや……、下手に私が生きていると、この国や公爵家に迷惑が……」

「悪いことをしていないのに、生きていて迷惑なんて、あるはずないでしょう。

それに、公爵家は、王家と張り合うことは諦め、和解しようとしているとか。もう、いいじゃないですか。アルフレッド様がハニートラップに引っ掛かったのだって、公爵家のために勇んだのでしょうし、これまで家の方針に散々振り回されたのでしょう」


アルフレッド様から、気持ちが揺らいだ気配を感じた。もうちょっと押してみよう。どう言えばアルフレッド様の心に響くかな。よく分からないので、色々言ってみよう。


「今回の件をきっかけに、貴族の派閥も、公国との関係も、大きく変わるでしょう。国内では、辺境伯は公爵家派を止めて、王家につくと言っていましたよ。国外では、公国の王家が、この国に侵攻しようとしていたことが明らかになれば、この国と公国との関係は確実に悪化します。

そんな中でアルフレッド様が公国に脅迫されていたことが明らかになっても、大きな変化の中の一つの要素にしか過ぎませんよ。もう、ドサクサに紛れてしまいましょう」


アルフレッド様を脅していた公国の人間に悟られないように、小声で早口で、アルフレッド様の耳元で続けて言った。


「それに、アルフレッド様の言う通りのことを、私が王都に伝え、レイモンド公爵が信じたとすれば、嫡男を奪われたと怒り狂う公爵が、公国に争いを起こすかもしれないですね。レイモンド公爵が信じず、私が嘘を言っていると判断され、王家派と公爵家派の間で争いが起きるかも。アルフレッド様が避けようとしてくださった、この国に血が流れるという事態が起こるかもしれませんね。

あら。話していて気付きましたが、アルフレッド様が言うとおりに、私が伝えると、そんなリスクがあるのですね。なら、アルフレッド様のことを極悪人に捉えられるように伝えないといけませんね。この一件で、公爵家を取り潰しにできるくらいに。

驚いた顔をされてどうされましたか? 当たり前じゃないですか。私は王家派どころか王家の人間ですよ。何より、王太子殿下のことを愛していますので。私以外の妃を送り込もうとしているなんて、公爵家に腹を立てていたんですよね。私以外の妃を送り込もうとなんて二度と考えられないよう、公爵家なんて、ぶっ潰してやりますわぁ」


あ、勢いだけで適当に喋っていたけれど、最後のは完全に願望込みの本音だ。結構、引き摺っていたのね、私……。


それでも、私の言葉に、アルフレッド様が混乱したようで、「いや、そんな……」「いいのだろうか……」とか、ブツブツ言いながら、考えに耽った。その様が、ごく稀に見せる、困惑したときのエリックと似ていた。従兄弟って、こんなところが似るんだ!


少し面白くなって、笑いながら、公国の人間にも聞こえるように、声を張って言った。


「何か迷われているようですが、残念ながら、アルフレッド様は私に脅されている立場で選択肢なんてありませんわ。生きていれば、弁解もできるかもしれませんよ。諦めて、大人しくなさってくださいませ」






アルフレッド様を人質にしたので、公国の人間がすぐに私達のところに攻めてくることはなさそうだった。

少し気持ちが落ち着いたので、ギリギリのところで私を守ってくれたエマ達に向かって、笑顔で言った。


「いつもありがとう、エマ、皆!」

「ご自身が囮になるのは、止めてください! 私はイザベラ様のそういうところ、本当に嫌いです!」


少し状況が落ち着いたのを見取って、離れてもらっていたメルヴィン、若頭を始めとする村の男性が近付いてきて、声を掛けられた。


「お前ら、どうなっているんだ……。心臓に悪い……」


メルヴィンにはぐったりした顔で言われた。


「ベラもエマも皆も、すごいわ……。格好いいな!」


若頭には興奮したように言われた。エマは私に怒っていたけれど、エマを世界一格好いいと思っている私は、笑って胸を張った。


「ありがとう!」




ふう、と息を吐いて、状況を考える。


さて、公国の一番の目的であるアルフレッド様はこちらに引き寄せたものの、状況はまだこちらの分が悪い。相手の戦力は全く減らせていない上、手段を選びそうにない裏家業の人間。こちらは村の人達も戦うつもりはあるみたいで士気は高いけれど、侯爵家の人間以外は、私も含めて戦闘は素人。


だから、争いになってはいけない。助けが来るまで、公国の仲間になることに関心があるふりをして、時間稼ぎをしないといけない。




正直に言うと、すごく怖い。


私の命は、エマ達が何を置いても、守ってくれるだろう。

でも、メルヴィンや村の皆が傷付かずに済むようにできるだろうか。エマ達に、何かを斬り捨てるような決断をさせずに済むだろうか。


緊張で、心臓が破裂しそうだ。それでも、拳を握って、自分を奮い立たせる。


大丈夫。私は元々この世界の悪役令嬢。時間稼ぎくらいできる。助けが来るまで、乗り切る!




それにしても、ここまで騒ぎが大きくなってしまった……。辺境伯の騎士団や憲兵が来てくれるにしろ、副団長を始めとする王都の騎士団が来てくれるにしろ、これはあったことを王家に報告せざるを得ないだろうし、エリックにバレないようにというのは諦めないといけないか……。その時は、『騒ぎの中心にいたわけではなく、見ていただけでした!』とうまく説明できるよう頑張ろう……。


アルフレッド様も、助けるんだから、派閥が違っても、エリックへの口裏合わせくらいは協力してよ!




気持ちを切り替え、公国に寝返るのに、関心があるふりをする覚悟を決めた。


アルフレッド様に剣を近付け、悪い顔を作って、いつもより低い声で言った。


「公国の皆様、面白そうな話ね。でも、この私を仲間にするのに、剣での脅迫だなんてあんまりじゃないかしら? 本当に、レディーに対する態度がなってないわね。アルフレッド様諸共、闇に葬り去ってやりたいところだけれど、王宮に縛られる窮屈な生活もうんざりだったし、私は優しいから、特別に話は聞いてあげる。

さあ、寝返りの見返りに、公国の皆様は私に何をくれるのかしら?」




そう言って、公国の人間を見回すため、視線を上げた。


しかし、そこで、目に入った景色に驚いて、ヒュウッと喉の奥から音が出た。そして、白目を剝き、倒れそうになった。


「あ……ああ……。そんな、うそでしょう……」

「イザベラ様?」

「ベラ?」


様子のおかしい私を気遣わし気に見る、エマら侯爵家の人間、アルフレッド様、メルヴィン、山の麓の村の皆に、村の入口を手で示した。




そこには、この国のたくさんの騎士が助けに来てくれていた。辺境伯領だけとは思えないくらい、人数がものすごく多いし、王都で見知った顔もいる。王都と辺境伯領の騎士団、勢ぞろいではないだろうか……。


「あれは、この国の騎士団……。救援だ……!」

「まさか、こんなに早く、本当に来るとは……」


アルフレッド様もメルヴィンも村の皆も沸き立った。


しかし、わざわざ王都からこんなたくさんの騎士団が……? 頼もしいはずなのに、何か非常に嫌な予感がする……。




ドクドクなる心臓を押さえながら、騎士団の先頭の方の集団を確認して、私は膝から崩れ落ちた。


そして、やはり、私は悪役令嬢であることを理解した――






近付いてくる騎士団の先頭には、胸元で両手の指を組み、一心に私達の方を見る乙女ゲームのヒロインであるリリーがいた。リリーの周りには、恐らく攻略対象なのだろうと思わせる、神秘的な紫色の長い髪の男性、騎士団のダニエルがいた。

何より、感情の読めない表情で、青褪めたエリックもいた……。


そして、先ほどまでの自分を顧みると、武装した山の麓の村の人間を背に、この国の公爵家令息に剣を突きつけ、人質にしていた。更に、この国に争いを起こそうとしていた公国の人間に仲間にしろと命じ、髪を振り乱して完全に悪役の台詞を吐き、高笑いしていた。






どこからどう見ても、悪事を起こそうとしている悪役令嬢に、悪事を止めようとする乙女ゲームのヒロインとヒーローの構図だった。


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