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旅の22日目 1


夜遅くまで、山の麓の村の皆と飲み明かし、その後、教会の客間で寝ていた私は、朝日が昇る前、エマに「敵襲です」と声を掛けられ、ハッと目を覚ました。

さっと外套を羽織りながら、体を起こす。


「あの悪徳業者の残党? ……それとも、まさか、アルフレッド様?」

「まあ、アルフレッド様も含まれているようではありますが……。ちょっと想定外の登場ですね」


エマに指し示された窓から外を見ると、辺境伯領の街とこの村を繋ぐ道に、火を灯した集団が近付き、村を囲もうとしていた。

そして、その先頭の方に、公爵家令息のアルフレッド様が、後ろ手に縛られた状態で連れられていた。




急いで部屋を出て、教会で一番広い礼拝堂に行くと、村の多くの人が集まっていた。皆が眠った後も、メルヴィン、サラ、若頭、クレアさんは起きていて、異変に気付き、村の人達を起こして回っていたらしい。


皆が焦り、怯える中、若頭が強い意思を感じさせる声で、村の男性陣には武装、また、女性と子供とお年寄りを避難するための準備を呼びかけていた。


私とエマを見つけると、メルヴィン、サラ、クレアさんが駆けてきた。メルヴィンが言った。


「ベラ達なら分かるだろうか。先頭にいるのは公爵家の息子のアルフレッド様だ。やはり敵だったのか……?」

「メルヴィン様、でも、先頭の男性は捕まっているわ……」


メルヴィンとサラのすぐ後ろで青い顔をしていたクレアさんが、絞り出すような声で言った。


「ベラさん、エマさん、私は山を越えた公国出身なんです。村を囲んでいる集団の中の何人かを知っています。彼らは、腕の立つ、隣の公国の王家直属の諜報部隊……。彼らの手口なら分かっています。異国の地で争いを起こし、それを口実に、公国の王家を介入させようとしている」


突然のクレアさんの話に、エマも私も驚いたが、メルヴィンとサラは、クレアさんのことを知っていたようだった。二人は、顔色を悪くしながらも微笑みながら言った。


「……お前達はこの土地の人間じゃない。腕も立つんだろう。俺達が戦う。どこかに隠れて、隙を見て、逃げてくれ」

「出会った時、お母さんを守ってくれて、ありがとう。今度はベラさん達が、逃げて……」




私達に気付いた村の人達が、私達に避難するよう言って、教会の隠し地下室に案内しようとしてくれた。


真偽は分からないが、クレアさんの言うことが本当なら、今、村を囲んでいるのは腕の立つ精鋭。数は百人を超えているようだった。エマ達、侯爵家の人間と同じくらいの能力だとすると、向こうの方が多数なので、戦ったら、きっと負ける。山に逃げても、追われて、きっと捕まる。


――でも、希望がないわけじゃない。




急ぐよう、サラが私の手を引くのを止め、皆に聞こえるように言った。


「メルヴィンが言った通り、先頭にいるのはレイモンド公爵家のアルフレッド様よ。彼は怪しい動きをしていたから、仲間に見張ってもらっていた。今頃、見張りをしてくれていた仲間が異変に気付いて、騎士団か憲兵を呼びに行っているはずだから、数時間内に助けが来るわ」


村の皆が一斉にこちらを見た。余裕を見せるように、敢えて明るく言った。


「だから、助けが来るまで、皆で乗り切りましょ!」


私の言葉に、村の人達の目に希望が戻ってくるのが見えた。




さて、相談もなくこんなことを言い出して、侯爵家の皆はどんな顔をしているかな、と恐る恐る振り返ると、皆、呆れ顔だった。そんな中、エマは思い切り、眉間に皺を寄せ、険しい顔をしていた。


ああ、警護対象がこんなで苦労をかけます……。


「無茶に付き合わせて、ごめんね、エマに皆。でも、だって、ここにいるのは、同じ国の人なんだよ。それに、勝算が全くないわけじゃない。何も試さないで逃げたら、後悔で今の仕事を続けられない」


エマと侯爵家の皆に近付き、目を見ながら言った。


「だから、お願い。助けて」


侯爵家の皆の方を向き、ギュッとエマの手を握ると、エマが不満げな顔で、でも小さく頷いてくれた。


「……分かりました。でも、いざとなれば何をおいてもイザベラ様を守りますからね」

「ありがとう。頼りにしているわね!」






たくさんの足音が、村の教会に近付いてきた。手に火を持つ公国の人間と手首を縛られたアルフレッド様に、大きな声を掛けた。


「御機嫌よう、アルフレッド様。随分なご登場ですが、お友達と喧嘩でもされました?」

「イザベラ様、何故……? 滞在先を引き払い、王都に戻ったのでは……?」


一瞬、呆然としたアルフレッド様だったが、やがて目に妖しい光が宿り、ニヤリと笑った。そして、アルフレッド様の後ろにいた人間に怒鳴るように声を掛けた。


「縄を外せ! 彼女は、王家への切り札になる。俺が彼女を仲間にしてやる。だがな、こんな扱いをされると分かって、仲間になどなるか?」


しばらくアルフレッド様と公国の人間で揉めていたが、アルフレッド様を私の説得に当たらせることで、話がついたみたいだった。少し後ろに公国の人間を連れ、手首の拘束を解かれたアルフレッド様が先頭になり、剣を向けながら、こちらに来た。


「イザベラ様、状況は分かっていますね? 村の入口と出口を塞がれ、逃げ道はない。こんなところで命を失うのは嫌でしょう。こちらで話しましょう」


そこで、後ろの灯した火を持つ人間を指し示した。来ないと、村に火をつけるということなのだろう。

教会前の広場の、見通しのいい場所に行き、ふんぞり返った。


「よくてよ。公国と繋がって何を企んでいたのか、聞いて差し上げますわ。碌な話ではないでしょうけど」

「はは、俺が一緒にいるのが公国の人間だということまで分かっているのですね。これから起こることもご存知ですか? この国の端のこの村で争いが起こり、公爵家令息である俺が隣の公国の王家に助けを求める。助けを求められた公国の王家は、この国に侵攻する」

「貴方達が争いを仕掛けておいて、よくそんな厚顔無恥なことが言えますわね」

「無理やりなのは認めるよ。でも、父である公爵は、王家との対立を止めるつもりだし、公国はこの国に介入する機会を狙っている。俺にとっては、俺には今の王家を蹴落として王座を掴むための最後のチャンスなんだ」


アルフレッド様は話しながら近付いて来る。


「公国の王家の騎士や兵は国境で待機し、この村に火の手が上がったのを機に、攻めてくる手筈になっている。戦力の差は圧倒的だ。貴女もこんなところで死にたくないでしょう。仲間になればいい。公国の王家には、俺が取り計らって差し上げますよ」


公国の人間を背に、アルフレッド様は、表情がハッキリ見えるくらいの距離まで来た。


「嬉しくありませんか? イザベラ様には煮え湯を飲まされましたから、仲間にするなんて、特別なんですよ。貴女達が辺境伯領に忍び込ませた公国の中心人物を捕まえるから、計画を前倒しし、縮小せざるを得なかった。本来の計画では、辺境伯領の中心の街で争いを起こし、火の海にして、犯人は街の人間に恨みを持つこの村の人間に仕立て上げるつもりだったんだ」


話している内容にも衝撃を受けたが、アルフレッド様の様子に、徐々に違和感を覚えた。いくら私を仲間にするためとはいえ、話し過ぎではないだろうか。

何より、表情が見えるようになったアルフレッド様は、この場にそぐわない、泣きそうな笑みを浮かべていた。


そして、アルフレッド様は、更に一歩踏み出し、小さく、私にしか聞こえないくらいの声で言った。


「ありがとう。そうならなかったのは、イザベラ様のお陰だ」


言われた言葉の意味を掴みかねていると、アルフレッド様はその場にいる人間に聞かせるように大きな声で言った。


「まだ承諾は頂けませんか。まあ、折角その身を使って男を篭絡したのですから、惜しむ気持ちは分かりますが。ご自身の立場を分かっていないようですね」


エマ達にちらりと視線を向けた。恐らく先ほどの声は聞こえているし、アルフレッド様の様子のおかしさにも気付いているのだろう。アルフレッド様は取り押さえられる距離にいるけれど、エマも、侯爵家の皆もぐっと堪えてくれている。


アルフレッド様は剣を突きつけ、私が怯んだ隙に、手首を乱暴に引っ張った。私はバランスを崩し、手と膝をついた。

剣先を私に向けながら、アルフレッド様は腰を屈め、手を地についた私に近付き、私の首根っこを抑え、耳元で囁くように言った。


「俺は、公国に近付き過ぎ、ハニートラップに掛けられた。外交問題にすると言われ、国や父への報告を躊躇している間に、侍従は公国に買収され、俺の周りも公国の間者で固められた。王都に戻り、事態を伝えることもできなくなった。イザベラ様達を見て、なんとか公国の企みを伝えられないかと思ったが、それも察知され、拘束されて、ここまで来た……」


苦しそうに小声でそこまで言うと、アルフレッド様は、再び、公国の人間に聞かせるように大きな声で言った。


「命は惜しいでしょう。剣を突きつけられ、そろそろ覚悟はできたでしょうか?」


そうして、剣と顔を近付け、私の目を覗き込みながら、再び小声で囁くように言った。


「十秒後に手を緩める。イザベラ様には、信頼できる護衛がいるんだろう。彼らと共に逃げて、公国王家の企みを伝えてくれ。

貴女達が逃げると同時に、俺は公国の人間に刃を向け、全力で抵抗する。村の人間も、この混乱で、何人かは逃げられるかもしれない」


間近でアルフレッド様を見ると、青褪めた顔で、でも、重圧から解放されたように、微笑んでいた。


「役には立たなかったが、悪事もしなかった。情けないことにそれが精いっぱいだったが。良ければ、貴女だけは知っていてくれ。本当にすまない。頼んだよ」






そして、すぐに、アルフレッド様が予告通り、私の首を掴んでいた手を緩め、剣が僅かに離れた。


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