旅の16~18日目
悪徳業者の悪事の概要を、速報版の報告書にまとめることができた。なので、後は、王都の騎士団や財団の人達に任せて、私は速報版の報告書を持って、明日にでも王都に戻るつもりだった。
本当に戻るつもりだったのに……。
副団長とソフィア様の滞在先に行き、私が王都に戻る相談をしていたところ、真っ青になったメルヴィンが駆け込んできた。そして、辺境伯の屋敷で勤める人間が、悪事に関わっている可能性があると訴えてきた。更に、もしかすると、レイモンド公爵家のアルフレッド様まで関与しているかもしれない、とも……。
驚きつつ、話を聞くと、辺境伯の屋敷には、数年前、アルフレッド様が外交官として公国とこの国を行き来することが決まった時、王都の事情を知るために雇った特別顧問がいるらしい。
メルヴィンは、辺境伯の執務室で山の麓の村のことを調べるため、村に関する書類を見ていたところ、特別顧問の推薦で憲兵の本部に入った人間が、山の麓の村から憲兵を撤退させていたこと、また、特別顧問の推薦で税吏となった人間が、山の麓の村の税率の急激な引き上げを進めていたとのことに気付いたらしい。そして、特別顧問を採用したときの経歴書等がごっそりなくなっていて、特別顧問の経歴が分からなくなっていたとも。
そして、メルヴィンがそれに気付いた時、アルフレッド様と特別顧問がやって来て、村に関する書類を取り上げようとしたらしい。
メルヴィンは、それに危機を感じ、書類を持ったまま、副団長のところに駆け込んできて、今に至るということだった。
メルヴィンの話と速報版の報告書を照合すると、山の麓の村に金貸しが出入りするようになった時期と、特別顧問が辺境伯領に来た時期も近かった。
決定的な証拠はないものの怪しいと判断し、副団長と共に急いで、辺境伯の屋敷に向かった。そして、特別顧問に話を聞こうとしたところ、逃亡を図ったので、王都の騎士団が特別顧問を捕らえた。
何かしらの悪事に携わっているだろうと思われたので取り調べを行いたいが、辺境伯領に、特別顧問が推薦した憲兵、税吏がいることが分かった今、他にも特別顧問や悪徳業者の仲間がいる可能性が高い。どこまで辺境伯領の人間を信じていいか分からない上、王都出身を名乗る特別顧問が何者かを調べるには、王都の方がいいだろうということで、早々に、騎士団が特別顧問を王都に連れて行くことにした。
騎士団の人達は強いけれど、悪徳業者の仲間が、手段を選ばず、特別顧問を奪うか亡き者にする可能性があるので、色々なことに腕の立つ侯爵家のエンリケにも、速報版の報告書を持って、一緒に王都に行ってもらうことにした。
なお、その結果、疑惑のある人間を連れながらでは、王太子妃である私を安全に王都に送り届けるのは難しい、という理由で、私は辺境伯領で待機することになった……。
今回の事件での被害は色々あるが、これから、一番問題になりそうなのは、悪徳業者が、この国の人間を隣の公国に売り払おうとしていたことだ。
この一件を、公国はどこまで関知していたのだろう。人身売買の買い手となる契約をしていたことに気付かなかったとしても、抗議はするだろうが、もし、そんな契約をしていたことに気付きつつも見逃していたのであれば、外交問題に発展する。
また、アルフレッド様は公国に外交官として赴任している期間が長かった。もし、アルフレッド様が公国に買収され、この一件に関わっていたとしたら、国一番の貴族家であるレイモンド公爵家であってもお家取り潰しクラスの醜聞だ。
悪事が明らかになっていくことは良いことだが、社会を揺るがすスキャンダルじゃないの……? どう収拾するの、これ……。
王都の騎士団とエンリケを送り出す直前、副団長に呼ばれ、辺境伯に会った。辺境伯は、結婚式の後すぐに辺境伯領を離れ、王都に行っていたが、辺境伯領で王太子妃の侍女の誘拐事件があったことを副団長に知らされ、急いで戻ってきたらしい。そして、戻ってきたら、屋敷で勤める特別顧問らまで、それら悪事に関与している可能性を聞かされたということだった。
辺境伯は、辺境伯の統治機構の内部まで疑わしい人間が入り込み、私の侍女の誘拐に加え、山の麓の村を孤立させ、自領の人間を隣の公国に売り渡すための下地を作っていた可能性に完全に慄いていた。貴族の派閥争いからは手を引き、王家の監督の下、徹底的に内部調査を行い、領地経営と国境の警備に専心するので、国王陛下と王太子殿下に何とか取りなしてほしいと私に頼んできた。
頼まれたものの、王太子妃としてお飾りみたいな仕事しかしていなくて、身内だから私は優しくしてもらっているけれど、国王陛下もエリックも仕事の面ではすごく厳しい気がしている。その二人相手に、私が口添えをして何か効果があるだろうか、と思って迷っていると、副団長にも頭を下げられた。
これまで以上に国のために尽くす、と二人が一生懸命言うのを見て、心を決め、精一杯、頑張って伝えることを約束した。まあ、副団長にはお世話になったし、証拠を持って来たメルヴィンは辺境伯の息子だし、多分、辺境伯も悪事はしていないし。
二人から心のこもったお礼を言われ、再び頭を下げられた。期待に沿えるだろうか……と胃が痛くなる思いだった。ひとまず先触れとして、エンリケには私から「辺境伯は反省しているので、寛大な処置を何卒よろしく」と書いた手紙も持って行ってもらうことにした。
アルフレッド様については、調査はしたが、怪しいことは何も見つからなかった。とはいえ、メルヴィンが屋敷から飛び出す前に、今回捕縛した特別顧問とアルフレッド様が一緒にいるのを見ているので、念のため、侯爵家の人間に様子を見張ってもらっている。
――しかし、偶然と言うには、色々なことが起き過ぎなのではないだろうか……。やはり、ここは、乙女ゲームの続編の世界なの……?
いやいや。それにしては、ヒロインであるリリーがいない。それに、私も悪事を暴く側にいるから、悪役令嬢ではないはず。
王都に向かう騎士団の人達とエンリケを見送ってから、そんなことを考えていると、メルヴィンと、メルヴィンから顛末を聞いたらしいサラが、私にどうなったか聞いてきた。メルヴィンの家にいた悪徳業者の仲間は、メルヴィンの叔父様が勤める王都の騎士団が捕まえ、王都に輸送していることを伝えた。また、辺境伯も、以後は、王都からも協力を得て、全て明らかにしていく予定であると言うと、二人は驚いた後、明るい顔をして喜んだ。
そして、メルヴィンとサラから相談を受けた。特別顧問が来る数年前まで、山と街は交流が盛んで、お互い、もっと身近な存在だったということを、メルヴィンは辺境伯の屋敷の資料から知り、サラはその頃の山の様子から覚えていたらしい。また、何か街と山を繋ぐことがしたいので、助言が欲しいということだった。
それを聞いて、そういえば、クリフ様が呼んできた新聞屋も、山に関心を持っていたのを思い出した。
山に関心がある人全員を呼んで、山を巡るツアーを開催してはどうだろうかと思い付き、提案した。
馬車を借りられるだけ借りて、新聞屋、クリフ様の商会の従業員や街の商店の人、イザベラ財団の職員に加え、希望する街の人達から抽選で来てもらうとか。
前世の世界では、日帰りの観光ツアーがあった。その時は、お弁当に、手土産などが準備されていたっけ。
お弁当はリリーの実家が食堂を営んでいると言っていたけれど、作ってくれるかな。前世乙女ゲームファンとしては、ヒロインの実家の食堂の料理を食べてみたい。
手土産には、山のハーブティー、山の木の実を使った焼き菓子、刺繍の入ったハンカチを付けるとかいいんじゃないだろうか。
メルヴィンやサラも、日帰りツアーは考えたことも聞いたこともないみたいで、私の話にワクワクとした表情で同意してくれたので、決行することにした。
馬車の借り上げと、ツアー参加者のお弁当と手土産代の費用は、まあまあの額になりそうだが、十年近く、国内有数の資金力を持つ財団の名誉理事長の報酬を貯め込んだ私なら、割と余裕で出せそうだった。そんなわけで、費用は全部、私の個人資産で賄うと宣言した。
メルヴィンやサラは「そんなつもりでは……」と言われたし、本当は金策まで皆で考えた方がいい。けれど、私は王都に戻ったら使う予定もないし、こういうのはタイミングが大事だからね!
金策を考えるのは、今後の課題ということで、今回は私の意見に従ってもらうことにした。
街で山に行ってみたい人を、メルヴィンやサラらに募ってもらうと、無料ということもあって思った以上に、希望する人が多かった。折角なら、ツアーに参加してもらえない人も楽しんでもらえるよう、街で山をテーマにした祭りを開くことを提案した。
メルヴィンもサラも、またも明るい表情で同意してくれたが、祭りの設営に掛かる費用、会場設営などを手伝ってくれる人の人件費を試算すると山ツアーの費用より高額になった。
ツアー以上にお金がかかる祭りの試算を見て、サラは顔を青くしたし、メルヴィンには「これは流石に、無理じゃないか……」と言われたけれど、ギリギリ、私の持ち金でいける……? 駄目だったら、ソフィア様に名誉理事長の報酬を前借りできないか聞いてみようかな……。
そもそも、財団に相談すれば、この案件なら融資してくれたよね。いや、でも、融資を待っていると、私はそろそろ王都に戻る予定なので、多分、祭りを見られない。私の個人資産を使うのが一番早いし、それならぎりぎり見て帰れそう。
うん、見たい人がお金を払うのは、おかしくない!
いざとなれば名誉理事長の報酬を前借りするとして、とにかく、祭りを開く許可を得ようと、辺境伯のところに行くと、急な話だったが、辺境伯は前のめりで、許可をくれた。更に、祭りについても、協力できることは何でも協力してくれるという。
領土のことに前向きでいいなあと思ったが、少しして、辺境伯は、私に国王陛下や王太子殿下への橋渡しを期待していることもあっての迅速な対応であることに気付いた。ここでもプレッシャーが……。頑張ります……。
まあ、辺境伯が協力してくれるというので、資材や人件費の面で、一部の費用が浮き、私の持ち金の範囲に収まることになった。
ぱーっと使うことにして、物品の注文と人の募集を開始した。