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旅の13~15日目


本来なら王都に戻っているはずだった王太子妃イザベラ・ハムレットでっす。


辺境伯領での滞在を延長し、旅に出て、十五日目になった。王都に帰れる気配がない。これも全て、悪徳業者が思った以上に悪かったせいだ。


そろそろエリックは隣の帝国に外遊に行く予定だったはず。見送りもできなかったじゃないの……。

出迎えくらいはできるんだろうか。いや、辺境伯領から王都へは急ぎで二泊三日かかるし、多分、無理だろうな。ごめん……。






王都の騎士団の副団長は、腕を振るい、故郷に巣食う悪徳業者の悪事を暴いてくれた。


その結果、誘拐や違法な利息の取り立てに加え、悪徳業者のアジトから、隣の公国に人を売り払うという、人身売買の契約書まで見つけた。この国で、女性を望まない場所で働かすことを強要できるのかと思っていたら、国の外へ連れ出すつもりだったらしい。

クレアさんが、あまり付き合いのない隣の公国に連れ出されていたら、この国に戻すことは難しかっただろう。間に合って、本当に良かった。




財団の一角で調査を取りまとめていると、私と同様、辺境伯領での滞在を延長しているクリフ様が、新聞屋を連れてきた。ソフィア様や副団長から、悪徳業者が隣の公国に人を売り払う計画を立てていたことを聞いたらしい。新聞屋が取材をしたいというので、被害者の詳細には触れないという条件で、騎士団や財団の人達に対応してもらった。


そして、翌日、新聞屋は悪徳業者の悪事をまとめた記事を新聞の一面で報じた。記事により、この土地に、公国に人を売り払おうとした悪徳業者がいたことを知った辺境伯領の人達に衝撃が走った。


更に翌日、街中が、このことで話が持ちきりの中、クリフ様は、自ら新聞の一面に載り、クリフ様一家のトレメイン商会が王都を本拠とし、長い歴史があり、安全安心な商会であること、辺境伯領での業務を拡大すること、新規の契約を募集していることを伝えた。これが狙いだったのね……。


クリフ様の狙い通りだったが、結果として、これまで街の人達は、山の麓の村に住む皆は税金の支払いを拒否しているとよく思っていなかったらしいが、山の皆は悪徳業者の被害者であり、税金も支払えないほど困窮させられていたということも広く知られるようになった。


反響の大きな記事を書けたと、新聞屋が財団の一角に挨拶に来た。新聞屋は、今回の事件の舞台にもなった、山の麓の村にも関心を持ったようで、取材したいと言っていた。街から村までは馬車で二時間ほどなので日帰りでも行けるし、山の景色は綺麗だし、住んでいるのは良い人達ばかりだし、良いところがもっと知られるようになるといいなと思う。




王都の騎士団の副団長やダニエルが、調査結果の定期報告のため、財団の一角にある本部に来てくれた。そして、メルヴィンに気付き、驚いたように声を掛けた。聞けば、彼は辺境伯の息子で、副団長の甥らしい。学問の優秀さを複数の学者に認められ、王立学院に飛び級の話まであったとのこと。リリーが優秀だと言っていたのは伊達じゃなかった。

もっとも、飛び級なんて王立学院始まって以来の名誉な話を勝手に辞退して、父親である辺境伯から激怒され、謹慎中らしい。副団長の結婚式にいなかったのは、そういうわけなのか。


しかし、そんな良家の息子で秀才を、小間使いとして使ってしまってもいいのか。更に、辺境伯は王都に行ってしまったからと抜け出しているようだが、メルヴィンは謹慎中とのことなのに、こんなところで働かせていいのか。

でも、手放すには惜しい、と頭を抱えていたら、メルヴィンが「聞かなかったことにすれば?」なんて言ったので、有難く聞かなかったことにした。メルヴィンは我々が分からない辺境伯領のことも街のことも何でも教えてくれるし、いなくなったら困るので良かった。


なお、副団長も、見て見ぬ振りをしてくれるらしい。でも、純粋な好意という訳ではなく、「いつかイザベラ様が王太子妃だなんて知ったら、どんな顔をするでしょうね」なんて含み笑いで言っていたから、数年後の甥の反応を楽しみにしているらしい……。確かに辺境伯嫡男と王太子妃だと、何処かで顔を合わせることもあるだろう。

数年後を想像すると私も気まずいが、お互い様だから……。メルヴィン……、強く生きよう……。




更に、財団の一角に設置した本部に、サラ達、山の麓の村の人達がやってきて、「私たちにも手伝いをさせてほしい」と志願してきた。怖い目に遭っていたのに本当にいいのかと確認したところ、サラは真っ直ぐにこちらを見て、「だからこそ、ベラさん達に任せるだけでなく、私達も何かできることがあればしたい」とのこと。頼もしい。

メルヴィン以外にも雑事を頼める人は欲しかったし、山のことをパッと聞けるようになるのも有難い。お願いしたところ、山の麓の村の皆は、読み書きも上手で、計算も得意で、いれてくれるお茶は美味しくて、すごく助けてくれた。


お礼を言うと、「全部、お母さんが教えてくれた」と、儚げ系美少女のサラが少し得意げに言った。その姿は可愛かった。




財団の人達は調査事項毎にチームに分かれて報告をまとめ、エマや侯爵家の皆が全体の取りまとめをし、私に上げる情報を精査してくれるようになった。メルヴィンは、資料の片付けや財団での書類の受け渡し等、サラ達にすることを分かりやすく教えくれた。




調査開始から三日経ち、皆、流れが掴め、私はまとめてもらった報告を聞くだけでよくなった。まだ詳細の調査は必要だが、事件の概要も掴めてきた。


皆、本当に優秀だった。






余裕ができたので、今、私にできることをしようと、趣味と実益を兼ねて、散財することにした。


ハンカチとリボンの刺繍を千セット、代金は色を付けて、山の麓の村に注文した。サラのお母さんであるクレアさんが教えて、山の麓の村の女性は、皆、刺繍が上手だということなので。ちょっとでも、山の麓の皆の生活の立て直しの費用の足しになるといいな。

刺繍してもらったリボンとハンカチは、全国のイザベラ財団の職員に贈るつもりだ。名前ばかりだけど、それでも一応、名誉理事長なので、これまでのお礼ということで。


財団の皆への初めての贈り物だし、良いものを贈る!と決めて、辺境伯領で一番高級品を扱うという生地屋に入り、刺繍を刺してもらうための、ハンカチとリボンに刺繍を刺すための最高級の布地を買うことにした。


世間知らずで恥ずかしいのだが、私は、侯爵家領にいた時に、福祉施設で必要な物品を発注するとか、街歩きをした時の買い食いとかくらいしか買い物をしたことがなかった。

だから、布の値段を聞いて、目玉が飛び出るかと思った。財団から、名誉理事長として貰っていた報酬が十年分近く貯まっていたから余裕で払えたけれど、上質の布は、とっても高かった……。


リボンとハンカチだけでこの値段ということは、普段、私が着ているドレスの値段は……。ましてや、最高級と思われる布をふんだんに使っていると思われるエリックが準備してくれたドレスの値段は……。


……王都に戻ったら、きちんと仕事をしよう。あ、これを思うの、辺境伯領に来て三回目……。




この面積の布に、こんなにたくさんお金を使ったのは生まれて初めてだ……とガクガクブルブル震えながら店を出ると、お金を持った上客が来たことを察した、街の商店の人達の客引きに合った。


目ざとい。でも、前世、商社で働いていて、今でも商人気質が残っているのを自認しているから、そういうノリは好き!


次にいつ街で買い物ができるか分からないし、何だか楽しくなってきて、思いっきり買うことにした。


普段、お世話になっている人への贈り物と考えると、まずは、国王陛下とエリックでしょう。目がすごく肥えているだろうから、良いものを選ばないとね!

それから、王宮で私の世話をしてくれる侍女達、エリックと仲良しの宰相補佐、お世話になっているエリックの侍従……。いや、快く私を送り出してくれたし、出来る限り、王宮の皆に送ろう。


幼馴染のローガンはそろそろ医者になっただろうか。ローガンの両親も含めて、何か贈ってみようかな。そうなると、アームストロング侯爵領の孤児院、救護院にも送りたい。これまで、生活必需品しか買ったことがなかったから、楽しめるものを贈ってみたいな!


自分用にも、辺境伯領の街を歩き回りやすい、商人風の服を買った。町娘風のドレスも試したが、侯爵家の皆に爆笑されるくらい、似合わなくて断念した。母と下町で暮らしていたこともあるし、正真正銘、ルーツは町娘なのに……。


財団の一角で一緒に調査している、財団や山の麓の村の人達、メルヴィンへは差し入れにお菓子を買って帰った。


なお、父であるアームストロング侯爵には、山の麓の村で特別に調合してもらい、体に良くて、苦くてえぐみがあるブレンドのハーブティーを贈ることにした。飲んでね。






何度か商店と財団を往復し、豪遊して、一日が終わった。日も暮れたので、屋敷に戻ろうとすると、お付きを連れた、レイモンド公爵家の嫡男であるアルフレッド様と出会った。


夜会では、アルフレッド様の辺境伯領に構えている御屋敷にお誘いいただいていたが、山の麓の村に行って以降、辺境伯領での滞在を延長しているというのに、行くことを検討もしていなかった。非礼だったと思い、詫びた。


私の後ろで、アームストロング侯爵家の人間は、私が買った沢山の物を持ってくれていた。それを見たアルフレッド様は、私に対して、嘲るように言った。


「いいですよ。王太子殿下を篭絡したというのに、王都ではちっとも自由にできていないようですから。せいぜい羽を伸ばしてください」


そして、「伝手なら色々あります。もっと自由が欲しければ、お力になれると思いますので、いつでも言ってくださいね」なんて言いながら、去って行った。


アルフレッド様の一連の発言は、私の非礼に対する当て擦りと、公爵家派への寝返りに興味があるか試しに反応を見られたのかと思ったが、エマは静かにだが、本気で怒っていた。


話を聞くと、エマに言わせれば「情報収集能力がクズ」で「権力と金のことしか考えていない」レイモンド公爵家の派閥の貴族には、私は、アームストロング侯爵家に滞在していたエリックを誘惑して結婚したと、本当に思われているらしく、アルフレッド様の発言も本気だろうとのこと。更に、私が公務をサボりがちなせいで、エリックと私が不仲だと思い、公爵家派から側妃を送り込もうという話まであるらしい。




エマから教えられたことに驚いて、言葉に詰まった。


エリックとの王宮での生活は、穏やかそのもので、どこかで、今の生活が当たり前のように続くような気がしていたけれど、そんな風に脅かされることもあるのか。


狼狽する私に、エマは「公務はこれからなされればいいだけですし、側妃の話は殿下は全力で拒否されますよ」とフォローしてくれた。そして、少し空けて、こちらを上目遣いで見て、恥ずかし気に言った。


「でも、万が一、側妃の話を受けられた場合は、殿下などお忘れになって、イザベラ様は侯爵家に戻ってきて、また我々と暮らしましょう。寂しい思いはさせません」




はにかむ表情のエマだったが、私を励まそうと軽口を言ったのか、本心なのかは読めなかった。


エマとは長い付き合いになるけれど、未だに冗談と本気の区別がつかない……。


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