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旅の12日目 エリックside


イザベラから帰りを遅らせるという手紙が届いた。本来なら、イザベラが王宮に戻ってくる予定だった日だった。


曰く、アームストロング侯爵家から旅に付き添ってくれた侍女が誘拐されたので、事態を明らかにしてから帰りたいということだった。

アームストロング侯爵家から来てくれたのは、建前は侍女であっても、実際は精鋭の護衛だ。簡単に誘拐されるとは思わない。

そして、手紙に添えられていた報告書には、誘拐には、不法な金貸しと人身売買に近い行為を行っていた悪徳業者が関わっている可能性が高いことが記されていた。


彼女らしい事態といえばそうだが、どこまでが彼女の意思なのか。藪をつついて蛇を出したのか、それとも、ただ巻き込まれただけなのか。


どちらの彼女の姿も想像でき、よく分からなかった。






辺境伯領から戻ってきた後、しばらくイザベラの公務は入っていないので、仕事上の問題はない。

でも、なるべく、外せない感じの予定を入れておけば良かった、と思う。


そうすれば、責任感からきっと帰って来た。




無意識のうちに、こんなことを考えてしまい、空しい気持ちになった。


困っている人間を見つけたら、当たり前みたいに自分のことのように感じて動けるのは、彼女の良いところだと思う。そうは言っても、恋しがっているのは自分ばかりのようで、ささくれ立った気持ちになってしまう。




そして、この感覚には覚えがあったのに気付いた。嫌な懐かしさだった。


見えない相手に嫉妬して、近くにいないのに不安になる。この二年、イザベラが隣にいたから忘れられていたけれど、イザベラを好きになってから、ずっと感じていたことだった。






イザベラの戻りに合わせて休みを入れていたので、私も今日の公務はない。


予定が空いた一日の休日を前に、時間を持て余すことになった。




仕方ないので、自室で積んだままになっている文献に手を伸ばす。


目に入るのは、諸外国の状況報告書、公共事業の陳情書、騎士団や官僚組織の人事編成、税制の改善法案、最新の貴族家の動向と事業状況――


だが、休日にすることがこれか、と思い、読む気が失せた。


他にすることといえば、鍛錬をすることくらいだろうか。騎士に対して直接指示をすることもあるから、ある程度、自分自身も鍛えていないと示しがつかない。


だが、気持ちが入っていない今の自分が剣を持って、何かが身につくとは思えなかった。




溜まっていた文献に手を出す気にも、鍛錬を行う気にもなれない。椅子の背もたれに体を預けながら考えてみたが、他にすることを思い付かない。


時間ができても、仕事に関することばかりしていて、本当に面白みのない生活をしていたのだな、と今更気付いた。




それでも、イザベラと結婚してから、この二年間、ずっと楽しかった。


王太子宮に戻ってこれさえすれば、ずっと欲しかったイザベラが、私だけに明るい笑顔を向けてくれる。抱きしめると、すっぽりと腕の中に納まって、抱き返してくれる。


それが飽きず、いつもゾクゾクするくらい嬉しかった。


仕事をこなしていけば、自らの足場が固められる。自分の立場を確立して、この場所を守れる。そのためなら、何をするのも苦ではなかった。






窓から外を眺めると、小高い丘が見えた。王家の墓があるのはあちらの方向だった。ふと、思い立って、母の墓に参ることにした。




護衛と共に母の墓に着いた。無聊を慰めるように参ってしまったのに、母に詫びつつ、墓に花を供えた。そして、幼い頃を思い出した。


私が幼い頃、父は今以上に忙しく、私が会うことも、家族で一緒に過ごすことも、ほとんどなかった。

それでも、母は、父と私を愛してくれていたのだろう。記憶にある母は、いつも柔らかく、微笑んでいた。


母にイザベラを紹介したかったな。イザベラのことは好きになるだろうけれど、無茶をすることには、私と一緒に心配しそうだ。




そこまで思って、イザベラが王都に戻ってきていないのは、辺境伯領で誘拐事件に巻き込まれたからだということを再び思い出し、溜め息を吐いた。


大体、辺境伯領での滞在を延長するにしても、何で誘拐事件なんて物騒な理由なんだ。




迎えに行こうか。


――いや、私自身が行くには、大事になるし、外遊を控えていて、時間的に余裕もない。


追加で誰か人を送ろうか。


――いや、偶然、辺境伯領に滞在していた、王都の騎士団の副団長と、王都の騎士団の人間が調査に当たっているという。今の状態で、これ以上、こちらから人を送ると、辺境伯家、ひいては、辺境伯自身が属す公爵家派の反発が出てくるかもしれない。




もどかしく感じるが、まあ、心配しているのは私ばかりなんだろう。エマ達、侯爵家の人間に加え、王都の騎士団と共に動いているようだし、ソフィア様ら財団の人達も援助しているようだし。


この数年、王宮で大人しくしていただけで、思えば、昔はずっとイザベラはこんな感じだった。




もし、私がイザベラを傍に置こうとしなければ、今、辺境伯領でそうしているように、侯爵領やあちこちを駆け回っていたのだろうか。


それとも、侯爵家からすら出て、市井で暮らしていたなんてこともあるのだろうか。

街で、日々、労働をして、仕事終わりにお酒を飲んで愚痴を言って、でも明日にはすっかり忘れて、笑って、表情豊かに毎日を暮らす。


イザベラのその姿を想像すると、しっくりくるものを感じ、胸に靄がかかった気がした。






日が傾いてきた。浮かない気分を切り替えるように、立ち上がった。


気分が落ち込んだ状況で、埒のないことを考えていても、碌な考えは浮かばない。もしもなんて考えても仕方ないことだ。止めよう。






踵を返し、墓に背を向け、王宮へ向かう道に向かう。


それでも、待つ人のいない王宮に戻るのは、酷く億劫だった。



明日から毎日20時更新です。

鬱々したところで止めてすみません!


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