旅の7~9日目
皆様、御機嫌よう。元・悪役令嬢のイザベラ・ハムレットでっす。
速報です。私が悪役令嬢として出演する乙女ゲームの続編の世界っぽいですが、今回、私は悪役令嬢としての出演ではないかもしれません……!
旅に出て七日目の朝、リリーが我々の滞在先の前で佇んでいた。侯爵家から来てくれた護衛がすぐに気付いて、私に知らせてくれたので、屋敷の前に出て行った。
私の姿を見つけると、リリーは驚いたようだが、すぐに姿勢を正し、突然の来訪を私に詫びた。
聞くと、この国を案内してほしいと、隣の公国から来たという旅人に頼まれたので、王立学院の時の友人や知り合いを頼りながら、この国中を旅することになったらしい。なので、これからしばらく辺境伯領を離れるという。その前に、手紙を持って、挨拶に来てくれたとのこと。折角、私がいるのだから、何か役に立てることがあればしたかったとも言ってくれた。
直接、私と会うつもりはなく、手紙を誰かに預けるつもりだけだったようで、「貴重なお時間をいただき申し訳ありません」と、リリーは恐縮して、身をものすごく小さくしていた。
私にとって、リリーはこの世界のヒロインだし、目の前にいる彼女は、笑顔が可愛くて気遣いもできる素敵な女の子だった。
けれど、リリーから見ると、私はやたら高貴な身分な相手だし、手紙を持ってくるだけでも勇気がいっただろうな。でも、私が滞在していることを知ったのに、挨拶もせず辺境伯領を出て行くのも非礼になるだろうか、ときっと葛藤してくれたのだろうな、と思った。
リリーに、挨拶に来てくれたことへのお礼を伝えた。あとは、少しでも嬉しかったという気持ちを伝えたくて、何かないかと考えると、昨日、女の子から買った刺繍の入ったストールとリボンを思い出した。ストールは、旅中は防寒用、埃よけ、怪我をした時の包帯代わりになるし、リボンは髪を括るのにも、旅の荷物を束ねるのにも使えるので、何かの役に立つかもしれない。ストールとリボンをリリーに贈ると、リリーは、真っ赤な顔で目を潤ませ、お礼を言った。可愛過ぎて、おかしな気分になりそうだった。
辺境伯領出身のリリーなら、同じような刺繍が入ったものを持っているかなと思ったけれど、見たこともない刺繍で、とっても綺麗だと喜んでくれた。女の子は山の麓から来たといっていたし、街とは少し文化が違うのかな。喜んでもらえてよかった!
そして、お互い、旅の無事を祈って別れた。
リリーを見送りながら思いついたのだが、これは乙女ゲームの世界でも、続編ではなく、ゲームエンディング後の世界を回るボーナスステージ的なものでは? そして、私は王都を追い出された悪役令嬢として、匂わせ程度の出演で、もしや、これでお役御免では……? 続編なら、こんなに早くヒロインと悪役令嬢が別れるなんておかしいものね!
一気に気分が明るくなった。
でも、そうだとすると、リリーについていけば、私も知るゲームのキャラクター達に会えるのだろうか……。いいなあ。会ってみたい……!
熱い視線でリリーの後ろ姿を見ていると、エマに「旅が羨ましいなら、その前に、まずは一度、アームストロング侯爵領にも戻ってきてください」と言われた。
確かに。もう侯爵領を出てから、三年、戻っていないの……? 時が経つのは早い……。
今日は辺境伯領の街を見学して、明日には辺境伯領から王都に発つ予定になっている。
次にいつ来ることができるか分からない美しい街並みを目に焼き付けるよう、街をぶらぶらしていると、「旅のお方……!」と声を掛けられた。
振り返ると、昨日、刺繍を売っていた菫色の髪の儚げな美少女とその父親がいた。美少女はサラと名乗った。
二人は昨日、私がたくさん刺繍を買ったことへのお礼を言った。それから、申し訳なさそうにしながら、国境沿いの山の麓にある彼らの村に、刺繍の他にも山の名物があるので買ってもらえないか見てほしいと言われた。
国境沿いの山の麓の村も、山の名物も気になったので、エマや侯爵家の皆を見ると、エマはいつもの落ち着いた顔で「いいですよ」と言ってくれた。
街からは離れてしまうけれど、護衛には、エマと侯爵家の皆が一緒に来てくれるので、きっと大丈夫だろう。どこに行くのでも、このメンバーならなんとかしてくれるだろうという安心感がすごい。
サラとその父親は一匹の馬に乗ってきていたので、侯爵家の馬車で二人の後をついて行った。辺境伯領の中心の街から二時間ほど行くと、国境の山脈の麓に着いた。鮮やかな緑の山を臨み、空には青空が広がり、足元には草原と岩が広がる。豊かな自然の色彩が、本当に綺麗な場所だった。
山裾には、山に向かう道があり、山裾から少し先に集落が見えた。更にその先の山をいくつも越えると、隣の公国に辿り着くらしい。
山裾で馬車を降り、山道を登りながら、山の美しさに目を奪われ、自然の良さを思い出した。趣は大分違うけれど、アームストロング侯爵家の屋敷の裏の森にも帰りたくなってしまった。
また、この辺りまで来ると、街の人間の往来はほとんどなかった。立場を忘れて歩けるのも、魅力的だった。
少しして、数十軒の家が集まっている集落に辿り着いた。集落の中でも見晴らしの良い、小高いところに教会があって、そこに案内された。教会は、集会所のようにも使っているとのことだった。
案内された教会の中は、掃除が行き届いていて、新鮮な花が飾られていた。空気もよく通っていた。幼少期にこういう場所をたくさん見てきたから、皆に大事にされているいい場所だと、すぐに分かった。
教会には村の人達がたくさんの人が来ていた。大人は少し緊張した面持ちで、子供は興味深そうに我々を見ていた。
サラのお父さんは、この村の若頭だと自己紹介した。教会の隅に、サラと同じ菫色の髪と紫の目の綺麗な女性がいた。リリーのような周りを明るくするような可愛らしさとも、エマのような、整然とした美しさとも異なる、華奢で儚げな女性だった。少し怯えたような表情をする女性の傍にサラが行き、女性のことをクレアという名で、サラの母親だと紹介してくれた。
村の人達からお茶と小菓子を出してもらい、一服着いた後、集落で作ったという刺繍やハーブティー、山で獲った動物で作った毛皮や干し肉を見せてもらった。
侯爵家の皆と共にワイワイ言いながら見せてもらっていると、若頭のお母さんで、村の長老を名乗る年配の女性が、教会の聖杯を持ってきて、これを買ってくれないかと言ってきた。
年代物で細かい細工が施された聖杯は、すぐに価値があることが分かったが、旅の人間においそれ売り渡していいものではないだろう。
何故こんなものまで売ろうとしているのか話を聞くと、若頭が、村の多くの家で、街の金貸しから借金を負っていて、取り立てが激しくなってきたので、何とか返済する必要があると話した。
特にサラのお母さんであるクレアさんには、近いうちに借金のカタに街で働くように言っているらしい。確かにこんなに美しい女性であれば、働いて欲しいと思う場所は多いだろうけれど、借金のカタになんて、一体、何の仕事をさせるつもりなのか。
昨日、若頭が街に出ていたのは、事態を憲兵に訴えるためだったが、憲兵には民事の取引には介入しないと断られたらしい。そして、サラが刺繍を私に売って得たお金は、早速、全部が利子の支払いで消え、手元にはお金がなくなったので、次回はかなり強引な手段を取られそうだということ。
金貸しが女性を無理やり連れ去って、望まない場所で働かせるようとするなんて、誘拐に人身売買じゃないの? その両方が、この国では禁じられているはずだ。
「エマ、皆……」
私が見回すと、エマを含む侯爵家の皆は無言で頷いてくれた。皆は、私が言いたいことをすぐに察してくれたようだ。
本来なら、一歩一歩していきたいところだけれど、私も王都に戻らないといけないし、皆も侯爵家での仕事がある。
多少、手荒になるかもしれないけれど、サクッと最短で問題を解決する方法を探るため、侯爵家の皆と怪訝な顔をする村の人達と、今後について話し合った。