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旅の1~3日目


出発前、エリックにきちんと帰ってくるよう念押されながら、ソフィア様の結婚式のため、王都を離れ、辺境伯領へ出発した。


王都から辺境伯領へは、馬車で行く。王家権限を使って、馬が疲れて速度が落ちる前に、関所や城塞で馬を交換できるよう取り計らってもらったが、それでも宿での二泊を挟んで、三日かかる。

まあまあ遠いけれど、生まれ育ったアームストロング侯爵領と現在住んでいる王都以外に行くのは初めてで、ワクワクしてしまう。




幼少期を過ごし、父が領主を務めるアームストロング侯爵領は、数年前に、この国と戦争があった帝国と隣り合っている。その帝国と我々の国は、過去に何度か戦争もあったものの、交流も盛んで、アームストロング侯爵領には、私のように帝国の血を引く証である黒髪と黒目の人間も普通に生活しているくらいだ。


一方、ソフィア様のご主人の出身地である辺境伯領は、アームストロング侯爵領と王都を挟んで反対側に位置していて、山を隔ててとある公国と隣り合っている。その公国は、宗教を国家の中心に据えていて、神殿の厳しい戒律に従って生活していて、閉鎖的らしく、この数十年、この国との交流も少ない代わりに、争いもないとのこと。

その為もあって、辺境伯領は長閑な土地柄と聞いているけれど、どんなところなんだろう。




辺境伯領に到着後は、お忍びで街を散策することになっている。この国では珍しい私の黒髪と黒目が、少しでも目立たないよう、馬車の中で頭にフードのついたマントを被ることにした。

次期女侯爵であるエマ自ら、馬車の中で、私のうねる黒の髪の毛を結い上げ、目深にフードを被らせて、私の身支度をしてくれる。いつも冷静なエマが、嬉しそうに私の身の回りの世話をしてくれて、それで私もつい頬を緩めてしまう。こういう風に二人で過ごすのは久し振りだった。




フードを被った状態で、辺境伯領一番の街の中心にある広場に到達すると、お付きと思われる何人もの人を引き連れ、肩まで伸ばした長い金髪を後ろで一つに括り、青い瞳をした目立つ男性が待っていた。

エリックとよく似た色彩のその男性には見覚えがあった。国王陛下の姉君の子で、エリックの従兄弟にあたるレイモンド公爵家のアルフレッド様だった。


アルフレッド様は私を見つけると、手を上げて、貴族らしい優美な笑みで迎えてくれた。

アルフレッド様とは、義理の親戚ということで、結婚式などで顔を合わせていたが、あまり交流があるわけではなかった。何故、ここにいるのか話を聞くと、この国の外交官として、ここ数年、公国と王都を行き来しているとか。国境沿いの辺境伯領にも屋敷を構え、辺境伯とも親交が深いらしい。

そして、辺境伯一家が結婚式準備のため忙しそうだったので、アルフレッド様が我々の案内をできればと、広場の中心で待ってくれていたという。


私より三歳年上の落ち着いた雰囲気で、少し垂れ目が柔和さ、泣きぼくろが色気を感じさせた。そして、エリック同様、キラキラの貴公子オーラが出ていた。




お言葉に甘えて、アルフレッド様に案内してもらった辺境伯領の街は、色彩豊かな建物に山の鮮やかな緑が美しく、歩いているだけで楽しかった。ついつい、景色に夢中になってしまっていると、前方の何かにドンとぶつかり、フードがばさりと外れた。

そういえば、王立学院でも、乙女ゲームの主人公であるヒロインにぶつかられたことがあったなあ。多分、ゲームの強制力のせいだと思うけど。

そんなことを思って、フードを戻しながら、謝罪をしようと顔を上げると、その時と同じ、ピンクブロンドに空色の目の可愛い少女が、大きな目を見開いてこちらを見ていた。前世から知っているその顔に驚いた。


「え?! あなた……」


ぶつかったのは、王立学園に同時期に在学していた、ゲームのヒロインだった。彼女も私に気付いたようで、驚きに口をパクパクと動かした。

彼女の隣には、本をたくさん詰め込んだ書類鞄を持った少年がいた。少年は、私とぶつかった後、声を発さなくなった彼女を見て、心配そうに声を掛けた。


「リリー先生?」


リリーはハッと我に返った後、興奮したように私に向かって言った。


「王立学院で同級だったリリー・ミラーです! 覚えていてくださったのですか? 光栄です……!」


私にはにかみながら話す姿は、花がほころぶようで、変わらずすごく可憐だった。アルフレッド様がリリーに近付き、目を覗き込みながら聞いた。


「へえ。二人はご学友? リリーさんって言うんだ。可愛いね」

「め……、滅相もございません。王立学園で、私が一方的に憧れていただけでございます。突然、失礼いたしました」


会話をしていて、リリーが私の名前も身分も口にしないようにしてくれていることに気付いた。お忍びだと察して、気を遣ってくれているらしい。とっさのさり気ない優しさが嬉しくなって、微笑みながら言った。


「いえ、こちらこそ覚えていてくれて、ありがとう。学院時代、私こそ、ミラーさんと仲良くできればいいのに、と思っていたわ。あまり話はできなかったけど、色々と事情があって……。そう、色々と……」


私が悪目立ちしていたとか、断罪への恐怖とか、エリックとの結婚であまり学院に通えなかったとか、本当に色々あったけど、そういうことさえなければ、この世界のヒロインであるリリーと仲良くしたかった。何せ前世からずっと見ていたからね!

万感の思いを込めて、そんなことを言うと、感動したように目を潤ませながら、眩し過ぎる笑顔を返してくれた。

リリーの周りの空気はキラキラ輝いているようだし、花が舞っている幻覚さえ見える……。流石、何人もの攻略対象を魅了するだけあって、ヒロインの魅力が強力過ぎる……。


「私、出身がこの街なんです。それで、ええと、本日はどうされたのですか……?」

「私は用事があって、辺境伯領に来たのだけど、来るのは初めてだったから、案内いただいていたの。卒業時に、ミラーさんは、ご実家に戻られて、家業を継がれると聞いたけれど……」

「まあ、そんなことまで知っていただいていたなんて、光栄です。でも、家庭の事情で、家業から離れることになりまして……」


意外なリリーの近況に驚いて、続きを聞きたくなったが、話している間中、リリーの隣にいる少年が、私達に訝しんだのか、吊り上がった目で睨むような視線を向けてきた。夜の空を思わせる落ち着いた紺色の髪と目に、整った顔立ちで、不躾にこちらを見ていた。少年の視線の強さが、気になってまずは少年について聞いた。


「その子は?」

「メルヴィン君と言って、今、私はアルバイトでこの子の家庭教師をしているんです。とっても優秀なんですよ。ご挨拶は?」


リリーが朗らかに言ったのに、少年はジロリとこちらを睨んだ後、不快そうにふいと顔を背けた。綺麗な顔だが、随分と生意気な……。個性が強いなあ……。

メルヴィンと名乗る少年の無礼に慌てるリリーに、「気にしないで」と言おうとしたところ、遠くからでも響く、低く大きな声が聞こえた。


「おーい、リリー!」


振り返ると、今度は、短い茶色の髪に鋭い緑の瞳、日によく焼けた肌に、よく鍛えられたがっしりと大きな体躯に、騎士服をまとっている、見覚えのある青年が目に入った。私に気付いて、驚いた顔をした彼は――


「あ、貴方は……き……騎士団長の息子……」

「……ええ、ダニエル・マーフィーでございます」

「ぐ、偶然ね……」

「今、王国騎士団の、この度、ここでソフィア・トレメイン様と結婚される騎士団副団長の下で働いており、結婚式にも呼んでいただき――」


私の知る乙女ゲームの攻略対象で、私を悪役令嬢として厳しく破滅に導く一人だった。実際にも、私のことを毛嫌いしていて、幼少期にはとある事情から私から彼に平手で打ってしまい、恨みも持たれているはずだ。

確かに、乙女ゲームの最後に、騎士団長の息子は騎士団で働くとは聞いていた。けれど、こんなところで会うとは……。顔を引きつらせながら、リリーに聞いた。


「……ミラーさんは、マーフィーさんと仲が良かったの?」

「ええ、仲良くしていただいています」


ちらりとダニエルを見ると、鋭い視線をこちらに向けていた。す……すごく、私を睨んでる……。お前が王太子妃なんて許さんってことなの……? 幼少期に平手で打ってしまったことを、未だに恨んでいるの?

執念深すぎじゃないだろうか……と途方に暮れる気持ちでいると、後ろから飄々とした声が聞こえた。


「あ、こちらにいらっしゃいましたか。探しましたよ。ご無沙汰しております。ソフィアの弟のクリフ・トレメインです」


振り返ると、薄い栗色の毛と輝くような緑の瞳をした、ソフィア様の弟のクリフ様がいた。クリフ様は、私やアルフレッド様に慇懃ともいえるわざとらしい礼を取りながら挨拶した後、初対面のリリーに、トレメイン商会に勤める商人だと自己紹介をした。

事実だけど、実際は、国で三指に入る商家の跡取り息子で、戦争していた隣の帝国にまで乗り込んで行き、皇帝とも友人になったという、ものすごく強気な商売人なのに、かなり穏やかな表現にしたわね……。






それにしても、目の前を見ると、華やかな面々がどんどん揃っている。しかも、皆、見目麗しい。本来なら、再会を喜ぶべきところだ。しかし、何だか嫌な予感を感じた。


こんなこと、偶然であるだろうか。なんだか、見えざる力が働いているような……。


ドクドクと心臓の鼓動を早くしながら、一歩後ろに下がった。


すると、リリーを中心に、右側に公爵家令息であるアルフレッド様、国内で三指に入る商家の跡取り息子のクリフ様、そして左側に、リリーにピタリと寄り添う、生意気だが優秀らしいリリーの生徒というメルヴィン君、騎士団長の息子であり、王都の騎士団で働くダニエルが並んでいた。リリーは可愛くて、周囲を囲む男性陣はそれぞれ違う格好良さがあった。一枚絵のようだった。


そして、私、イザベラはというと、ヒロインのリリーに相対するように、フードを被った怪しげな姿で佇んでいる。






――これ、ゲームの続編なんじゃないの……?






自分の閃きに青褪め、倒れ込みそうになったところ、後ろにいたエマがさっと受け止めてくれた。私の奇行に、いつも対応させてしまって、すみません……。


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