プロローグ
春麗らかなある日のこと、王太子宮の応接室にて、エリック、エマ、私という面々で、とある結婚式への招待状を見ていた。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私だが、三年前にゲームのシーズンを終えた。現在は、幼少期を義理の姉弟の関係で過ごし、本当は王太子だったエリックと結婚して、平穏そのもので暮らしている。
私の隣に座るエリックが、優雅に足を組んで、招待状を手に取りながら言った。
「ソフィア様が結婚?」
ソフィア様は商家出身の優秀な事業家で、私とは、私の出身地であるアームストロング侯爵領で、一緒に領内の福祉に取り組んだ仲である。
旧知のソフィア様の慶事ということで、私は満面の笑みで答えた。
「そうなの。おめでたいよね! 三年前の戦争の後、アームストロング侯爵家領に復興のためにいらした王都の騎士団の副団長の方と、仕事を通じて、仲を深められたんだって」
エリックは、招待状をしげしげと眺めた。
「……それはめでたいけど、結婚式の場所が……」
「ええ。ソフィア様の結婚相手が辺境伯の弟なので、結婚式は辺境伯領で行うって。その後、お二人とも知り合いが各地にいるから、王都でもお披露目パーティーをするみたい」
「じゃあ、王都のパーティーだけ出ればいいのでは?」
ニコニコと、でも圧を感じさせる笑顔で、エリックが言った。
その様子から、一応とはいえ王太子妃である私が行くと大ごとになるかな……と怯みそうになったとき、幼少期から私とずっと一緒に過ごしてくれたエマの凛とした声が、前から響いた。
「駄目です。イザベラ様の結婚式への参加は必須ですよ」
銀色の艶やかな髪を結い上げ、美しく赤い瞳のエマが、いつもに増してキリッとした顔で言った。
「旧知の仲であるイザベラ財団の理事長であるソフィア様の結婚式に、名誉理事長であるイザベラ様が招待された。お相手は、西の名門・辺境伯家の出身であり、更に王都の騎士団の副団長を務め、イザベラ様の実家であるアームストロング侯爵家領の復興にも尽力いただいた。どう考えても、アームストロング侯爵家出身で王太子妃を務められているイザベラ様が欠席される方が、礼を欠きますよ」
「エマはわざわざそんなことを言いに、王宮まで来たの?」
ニコニコした顔は変わらず、でも、少し棘のある言い方で、エリックが言葉を返した。
そんなエリックにも、エマはエリックの目を見ながらごく淡々と言った。
「ええ、そうですよ。イザベラ様は良くも悪くも甘過ぎますから。イザベラ様が参加すると警備が大変になるとか、本当は王都から出したくないだけなのに、そんな王太子らしからぬ心の狭いことを言われて辞退させられることがないよう、私がお口添えに参りました」
「……口数の少なかった君が、王太子相手に、随分言うようになったね」
「お褒めにあずかり光栄です。
なお、私も結婚式にお招きいただいているので、警備は我々、アームストロング侯爵家で務めます。そんなわけで、王宮の人繰りの心配は不要です」
今は私に代わってアームストロング侯爵家を継ぐため、侯爵家の養子に入っているエマが淀みなく言うのに反論を諦めたのか、エリックは大きくため息をついた。
「分かったよ……。なら、私も参加することにしようかな……」
後ろにいたエリックの侍従が、気まずそうに声を掛けてきた。
「畏れながら、王太子殿下は、外遊を控えられているので、それまでに片付けていただかないといけない仕事が山積しており、辺境伯領での結婚式に参加されるのは日程的に厳しいかと思われます」
「……あったね、そんなこと」
エリックは額に手を当てると、つまらなさそうにブツブツと言った。
「外遊って、先般の戦争の際、皇帝がアームストロング侯爵家に助力を求めて来た隣の帝国でしょう。あの国にイザベラを連れて行くとか冗談じゃないと思っていたけれど、こんなことなら、イザベラも一緒に外遊に連れて行くことにした方がましだったかな。それなら、私と離れずに済んだのに」
エリックは仕事に私情を挟み過ぎじゃないだろうか……。
私と同じように思ったのか、侍従は引いたような目でこちらを見ていたし、エマは冷ややかな声を出した。
「本当に心が狭いですね……」
しかし、そんな視線にも発言にもエリックは何も感じていないようだった。昔、ちょっとしたことではにかんだ顔を見せてくれたエリックは、何処に行ってしまったんだろうか……。
でも、そんなわけで、久し振りに王都を出ることになった。アームストロング侯爵領から王都に来て以来だから、三年ぶりかな。
初めての地である辺境伯領へ出発です!