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10歳


皆様、御機嫌よう。スラム育ちの侯爵令嬢で、悪役令嬢予定のイザベラ・アームストロングでっす。


弱音を吐いてから一年、結論から言うと、私は引き取られた侯爵家の領地をあちこち回れるまでに回復しました。


引き取られた直後から一年を思い返すと、心身の疲労で、おかしくなっていたな……と思う。八歳の幼女に無理をさせたクソ親父、許すまじ。

まあ、そもそも、本当に父親なのかも分からないんだけどね? 髪の色も目の色も、私の黒色と全然違うし。






さて、ベッドの上から起き上がれず、塞ぎこみ、話すこともできなくなった私だったが、それを見兼ねて、手を差し伸べてくれた少女がいた。

一年前に屋敷に連れられてきた時、身なりを整えてくれた少女で、名前はエマ・ウィズダム。銀髪をピシッと結った、赤目の映える見た目の侍女で、この家の家令の娘だった。


彼女は、ずっと勝手も分からない屋敷の中に閉じこもっていても気持ちが落ち込むだろうから、屋敷を一度出て、馬車に乗って、街まで行ってみてはどうかと提案してくれた。


気乗りはしなかったものの、身支度はエマがしてくれるし、馬車に乗るだけだったので、エマに連れられるまま、街まで馬車で行ってみた。


目にする街の景色には何の心も動かされなかったが、道中、意外な人物を見かけた。




それは、いつもスラムの子供たちを連れて、私をからかってきたガキ大将である、ローガンだった。スラムを我が物顔で歩いていた彼が、周りを気にするように街の薄汚れた建物から出てきたのだった。


ローガンの意外な表情に目を引かれ、馬車の窓を開けてみると、彼の出てきた建物は外からでも饐えた匂いがして、壁にまでカビが生えていた。その建物には『救護院』という看板が掛けられていた。


嫌な予感がして、馬車を出て、ローガンを呼び止めた。ローガンは、突然、姿を現した私を見て驚いたが、気にせず、何故こんなところにいるのかを強引に聞き出したところ、彼の母親が、救護院にいるという。

止めるローガンを押しやり、その建物の中に入ると、青い顔や赤い顔をした病人が、汚れて黄色いシーツに包まっていた。建物の中は、人の汗と垢の匂いが充満していた。救護院は、一歩、中に入るだけで分かるほど、不衛生だった。そして、建物の奥に、ローガンの母がいた。


ローガンの母は、スラムにいた時、母や私にも、明るい笑顔を向けてくれていた。でも、久し振りに会ったローガンの母は、かつて見た姿からは大きく変わり果て、痩せこけ、ぐったりと横たわっていた。


ローガンに詰め寄ると、ある日、ローガンの母は病に倒れたと教えてくれた。彼の家で入院費用を出せる病院はここしかなかったということだったが、明らかに救護院の状況は良くない。

そのことを指摘すると、「分かってるよ! だからって、一体、俺に何ができるんだ!」とローガンは泣き出しそうな声で言った。それに、「まずは掃除しましょう」とつい冷静に返してしまったことは許してほしい。


その後、御者だけを屋敷に戻し、布、肌着、毛布をありったけ持ってくるように伝えた。私が言い出したことに、御者が戸惑っていると、一緒にいたエマが、可能な限り手を尽くすよう、口添えをしてくれた。

家令の娘、かつ、屋敷の侍女であるエマは、屋敷中から信頼されているらしく、エマの言葉を聞いた御者は、急いで屋敷に引き返して行った。


同時に、ローガンの家から布を可能な限り持ってきてもらい、ガキ大将権限で、スラムの子供たちを集めて、まずはローガンの母のベッドを清潔にした。彼女のベッドを清潔にしていると、周囲の人々が羨ましそうに見ているのに気付いたので、同意を得てから、周りも掃除をした。


そうこうしているうちに、御者が馬車に山積みの布、肌着、毛布を持って戻ってきてくれた。夕方、屋敷に帰らなくてはいけなくなるまで、ずっと掃除をして、帰る前に、救護院に入院している人々を真新しい肌着に着替えられるよう手伝い、清潔な毛布を被せた。

最後の方は、私もスラムの子供達も疲れてしまってふらふらになったけれど、エマは最後まできびきびと働いていた。凄過ぎる。






翌朝、私は、エマと共に、再び救護院へ向かった。


侯爵家令嬢を名乗っても納得されるよう、一番豪華なドレスをエマに着せてもらい、貴族用と明らかに分かる侯爵家で一番立派な馬車に乗り、救護院にやってきた。そして、侯爵家の娘だと自己紹介して、救護院の院長に挨拶した。


突如、現れた侯爵家令嬢に慌てふためく院長に、「知人がここに入院している」とか「物資は足りているか」とか、色々話した。言葉は繕ったけれど、要は「物が足りないなら渡すからちゃんとしろ」とか「ローガンの母親を冷遇したらどうなるか分かっているんだろうな」とか、そういうチンピラみたいな威嚇が主な目的だった。


そういえば、その時は権力ではなくお金だったけれど、背後に力をちらつかせながらの挨拶という名の威圧は、前世も仕事でしていたな……と既視感を感じ、一人、こっそりと遠い目になった。


そして、まもなく、侯爵家の名で発注した大量の食糧や物資が届いた。発注は、スパイ教育で受けた、文書の偽造方法講座を活かした。スパイ教育なんて、何の役に立たないと思っていたけれど、前言撤回します。役に立ちました!


食糧や物資は、救護院にどこかに横流しされないよう、不足がないかの在庫確認と不足があったときの侯爵家への連絡という名目で、ローガンの父を監視に巻き込んだ。

ローガンはさておき、ローガンの母もローガンの父も、下町にいた時、何も持っていなかった私の母や私にも親切にしてくれていた、いい人達だった。ローガンの父に任せておけば、後は、きっといいように計らってくれるだろう。




一通りやり遂げた後、侯爵家の屋敷に帰って、私の父を名乗る侯爵に、文書の偽造を自白した。文書の偽造がばれて、救護院やローガンの家族が疑われては、堪らないもんね。


父は冷たい目を私に向け、怒り、私は、謹慎と称して、自室に閉じ込められた。罰を受ける間、大人しくはしているけど、内心は全然反省していない。


このことを咎められて、屋敷を追い出され、路頭に迷うかもしれないけれど、追い出されなくたって、心身共にすり減らして、待っているのは破滅だけだ。

一年過ごして、父は無駄遣いもしないし、侯爵家は十分に貯めこんでいて、お金に余裕があるのはよく分かった。この財を、この土地の必要なところに回せたのであれば本望。


この国に、食べ物を買うお金があるのに、飢える人間がいるなんて、おかしいに決まっている。






こんな感じで覚悟はしていたが、意外にも、数日の謹慎の後、私が屋敷から追い出されることはなかった。






しばらくしたある日、全く知らない修道院の院長が、私に面会させてほしいと、侯爵家の屋敷にやってきた。家令や門番が追い返そうとするも、面会が叶わないならば死を辞さない覚悟ということで、実際に首に小刀をつけているという。


父は王都に行って不在だったが、侯爵家の屋敷の前で、修道院の院長が死んでは、流石に外聞が悪いと家令が判断し、屋敷に入ってもらった。

話を聞くと、修道院に併設されている孤児院についての陳情だった。侯爵家令嬢が、街の救護院の状況を改善したという噂を聞きつけ、やって来たということだった。




修道院の院長の熱意に押され、その孤児院に行くだけ行ってみたら、状況は、ローガンの母がいた救護院に負けず劣らず酷かった。掃除だけは行き届いているが、雨漏りに壁の隙間風など、設備の不備がどうしようもない。また、冬物の衣類や毛布も皆無だった。

ひとまずその日は、エマが、修道院裏の森から木を倒し、木材を作り、屋根に上り、雨漏りの修理をしてくれた。格好良過ぎて、惚れる。


まずは様子見だけで、屋敷に帰ったものの、もうすぐ来る冬の前に、孤児院を改善しないと、誇張なしで死者が出る。侯爵家に戻り、家令に孤児院の窮状を訴え、改善を願い出た。

断られたら、母の形見の首飾りを売って、お金を作るつもりだったので、駄目で元々の精神だったけれど、意外にも、私が責任もって対処することを条件に、家令からは、侯爵家の費用負担で、孤児院改善の許可が出た。






そうこうしているうちに、噂が噂を呼び、領地中の孤児院、救護院から、次から次へと私に相談が舞い込んできた。それは、不衛生、食糧不足、物資不足が解消すれば、解決する問題がほとんどだった。そして、侯爵家には、それに対応する財力があった。




次々にあれこれ相談を受けるのに対応したり、問題が発生したのに乗り込みに行ったり、とにかく目まぐるしく毎日が過ぎるようになり、塞ぎこむ暇もなくなった。


そして、令嬢教育、改め、スパイ教育にも、戻ることができるようになった。




……あれ。これは、もしや、父の思う壺?


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