20歳(エリック 19歳)
次の日の朝、王宮の庭にイザベラを誘った。
美しく咲く季節の花を二人で見たまま、公務の開始時間になっても、王宮の執務棟に行く気配がない私に、イザベラが聞いた。
「公務には行かなくていいの?」
「うん。今日はいいかな、と思って」
「サボり? いけないんだ」
イザベラがニヤニヤと笑うのに、苦笑交じりに答える。
「そうだね。サボるなんて、人生で初めてだ。叱られた時は、助けてくれる?」
「任せて。謝るのは得意よ!」
「……いや、謝るんじゃなくて、公務を手伝ってもらうつもりだったのだけど」
私の発言に、しまったという表情を浮かべてから、笑ったイザベラは、それでも、私の不良行為に付き合ってくれると決めたようで、私の公務から庭園に完全に意識を移し、うっとりと花を見た。
その嬉しそうに花を見る様に、私は彼女を王宮に連れてくるだけで、どこにも連れ出していないことに気が付いた。
ずっと、彼女は、私に色々な景色を見せてくれていたのに。
「こんな手近ではなく、女性が、いや、イザベラが好みそうなところに連れて行ってあげたいのだけど、知らないんだ。ごめん」
折角、手に入れた彼女に逃げられないよう、王宮に連れてきてからは、囲ってしまうのに、精一杯だったから――
そこまで言おうかどうか迷っていると、彼女が、先に口を開いた。
「謝らなくていいよ。行きたいところがあれば、ちゃんと言うし」
そして、はにかみながら、続けた。
「でも、素敵な場所を見つけたら、教えて。デート、してみたいな」
「……うん、そうだね」
本心からだと伝わる彼女の言葉に、今日も救われてしまった。
彼女との思い出を振り返ると、いつからか、いつも不安ばかりだった。
彼女が、どこかに行ってしまうのではないか。
彼女が、あっさり命を落としてしまうのではないか。
彼女が、『何か』に連れ去られてしまうのではないか。
好きなのに、いや、好きだから、ずっと怖かった。
庭園を見て回りながら、イザベラと、これまでのことを、たくさん話した。
出会う前の幼少期、侯爵家での思い出、離れてからの出来事――
イザベラは、いつもの豊かな表情で、自分の話をしたり、私の話を聞いたりしていた。
話しているうちに、彼女がどんどん近くなる気がした。
一通り、お互いの話を話して、イザベラは、再び、静かに庭園に目を向けた。
イザベラは、私の隣で、楽しそうに微笑んでいる。
陽光の中のイザベラを見て、言ってみたくなった。
少し緊張しながら、イザベラの手を握った。ゆっくりとこちらを向いたイザベラに、言った。
「イザベラが好きだよ」
私の言葉を聞いたイザベラは、恥ずかしそうにうっすら目元を赤らめた。
そして、幼い頃から大好きだった太陽のような笑顔を、まっすぐにこちらに向けて、言った。
「私もエリックが好き」
その時、イザベラがようやく自分の元に来てくれた気がして、嬉しくて、笑って、泣いた。