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19歳 1


王立学院から、豪華絢爛な王宮にしょっ引かれ、私はエリックから通告を受けた。


「貴女を放置しても悪化する未来しか見えないので、すぐにでも、私と結婚してもらう。私の父である国王と、イザベラの父上であるアームストロング侯爵も了承済みです」


可愛い弟から、いつの間にか王太子の顔に変わっていたエリックに、異論をはさむ余地はなかった。


放置すると、断罪覚悟で主人公を虐めたり、スパイになったりしそうだから、王家で囲い込むことにしたということなのだろうか。しかし、まだ何もしていないのに、流石に断罪が早過ぎないだろうか。

そう思い、無言で、エリックの顔をじっと見ると、エリックは、一瞬、気まずそうにした後、毅然と言った。


「私だって、無理やり王宮に連れてくるような、こんな強引な手段を取りたくはなかった。でも、その身分を捨てようとしたり、隣国との仲を必要以上に深めたり、行動が目に余る。何があっても、私は、貴女を逃すつもりはない」


エリックの発言から、私を脅威に思っているのは理解した。それでも、まだ何もしていないうちから、何故、エリックは私が悪役令嬢だと分かったのだろう、と疑問が口をついた。


「私、そんなにこの国を裏切りそうな雰囲気があった?」

「本当に、何を言っているのか……。イザベラほど、この国思いの人はいないよ」

「え、どういうこと?」


エリックは呆れたような顔をして、大きな溜め息を一つ吐いた後、続きを話してくれなかった……。




その後、間を空けず、エリックと私の婚約が発表された。


戦後の混乱期であり警護が必要という理由で、私は王太子宮で暮らすこととなった。戦後の混乱期なんて言っても、アームストロング侯爵領で抑え込んだので、王都に大きな影響はなかったはずだ。何より、アームストロング侯爵家のタウンハウスは地味だけど、エマを始め、『王家の影』の人間が常駐しているから、実は王宮並に安全である。このことは、王太子であるエリックなら知っているはずだから、私が王太子宮に移るっていうのは、自ら監視っていうことなんだろうな……。




私は妃教育を受けることになったので、学校へは最低限しか通わなくなった。また、常時、護衛という名の監視をされている。


エリックの警戒が厳しすぎて、主人公を邪魔することも、隣国のスパイになるのも、物理的に難しいので、悪役令嬢のお役目も果たせそうにない。


もともと主人公を虐めるつもりも、隣国のスパイになるつもりもなかったし、まあいいか……?






一度、エマが王太子宮に忍び込み、私に会いに来てくれた。エマは、憤っていた。


「イザベラ様の警護のためなんて御為ごかしで忌々しい。蟻一匹逃がさない監視を敷いて、こんなの座敷牢ではないですか!」


それを聞いて、やはりこれは断罪なのだと納得した。


ソフィア様と企て、こんな王太子宮から抜け出せるようにするとエマは言ってくれたけれど、丁重に辞退しておいた。また、私はこの状況に不満はないので、王家の意思に反して、王宮に忍び込まないように説得した。


私は、命を脅かされることも衣食住の不足もないこの辺りの断罪で済みそうなのに、下手に動いてエマやソフィア様を巻き込むのは全く本意ではない。






エリックが結婚を急いだため、最短のスケジュールで予定が組まれ、私もエリックも学園の在学中に、まずは結婚の手続きだけすることになった。


妃教育を詰め込まれ、婚約の儀式を行い、関係者へ挨拶し、慌ただしく過ごしていると、あっという間に結婚まであと少しとなった。






ある日の夜遅く、王太子宮のバルコニーで夜風に当たっていると、エリックが公務から戻ってくるのを見つけた。「エリックー!」と呼びかけ、ひらひらと手を振った。


エリックは、私を見つけると、困ったように笑いながら、手を振り返してくれた。私との結婚を最短のスケジュールでするため、私以上に無理やり公務を詰め込んでいて、忙しいらしい。大変な思いをしているのに、昔と同じように、笑って接してくれるエリックが嬉しくて、でも、申し訳なかった。




遠くで数名の近衛兵が警備に当たっているだけの、静かな夜だった。王太子宮に連れてこられてからは、いつも誰かが傍にいるか、エリックが公務で不在だったので、エリックとゆっくり二人で話せそうなのは、今が初めてだった。


「お仕事、遅くまでお疲れ様」

「いや。私が望んでしていることだし、問題ないよ」


今を逃せば、二人でゆっくり話せる機会は、結婚までないかもしれない、と思い、話を切り出すことにした。


「ちょっとだけ話をしてもいいかな? 私たちの結婚のことなんだけど……」


私がそう言うと、エリックは眉を顰めた。




エリックは不承不承といった体でバルコニーにもたれかかると、しばらく無言で俯いた後、不貞腐れたような顔をこちらに向けて、言った。


「で、話って何。勝手に話を進められて怒っているの? 好きな男でもいた? 話は聞いてもいいけど、結論は変わらないよ。嫌でも、イザベラは私と結婚する」


エリックは機嫌の悪さを隠しもせず、投げやりだった。普段は表立っては言わないものの、やっぱり憎んでいる相手と結婚なんて、納得できていないんだろうな……。




悪役令嬢のお目付け役をすることになったエリックに、結婚前に謝っておきたいと思ったのだが、エリックの態度に心が痛くなった。下を向いてしまったが、声を絞り出す。


「嫌なのは、エリックでしょう。その、ごめんね。私と結婚することになっちゃって」




私がそう言うと、もともと静かだったバルコニーに、重い沈黙が落ちた。


こんな謝罪も自己満足に過ぎないのかもしれないと申し訳なく思いながら、そっとエリックを見ると、いわゆる鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


何でそんな顔をするのか分からず、戸惑いながら聞いた。


「私と結婚するのは、本意じゃなくて、お目付け役なんでしょう?」

「は?」


それにしても、信頼できる人に任せれば、わざわざ王太子自ら、お目付け役を引き受けなくてもよかったのに。しかも、結婚なんていう手段まで取って……。

そこは、かつて姉だったし、責任を感じて、人には任せられなかったということなのかな。いや、私は隣国王家の血を引くというから、王家以外の貴族家には任せられなかったとか、そういうこともあるのかな……。




そんなことを考えていると、恐る恐るといった体で、エリックが私に尋ねた。


「……イザベラも、王太子宮から自由に外出できず、人と会うことも制限されて、常時監視されていることは分かっているよね」

「ええ」

「それは何故だと思っているの?」

「私が悪事を起こさないようにするためでしょう?」




そう私が言うと、エリックは目を手で覆い、上を向いて、小さな声で何やら独り言を言った。


「確かに学院から王宮に連れ出すときは、それどころではなくて……。イザベラには何も言ってなかったか……? でも、嘘だろう……。こんなに何も気付いていないとは……。こんなに束縛して、結婚を急いでいるんだから、ちょっとくらい他の可能性に思い当たっても……。いや、イザベラがそんなことできるわけないか……。もしかして、予見できる情報が曖昧で、それで物事をうまく推測できないのか……?」




エリックが何かブツブツ言っているが、よく分からなかったので、ぼんやりとエリックを眺めていた。


バルコニーにもたれかからせている手足は長く、王族の豪華な服を着ていても、しなやかな筋肉がついているのが分かった。目を手で覆うなんて演技かかった動作をしても、美しく成長したエリックなら絵になった。エリックが顔から手を外すと、金色のまつげが月明りで浮かび上がり、宝石のような、澄んだ青い瞳が見えた。


子供の頃からの綺麗なところは変わらず、しっかりとした男の人になっていた。美しく逞しく成長した姿が嬉しくて、いつまでも見ていられると思った。




少し経った後、エリックは何かを決意したようにこちらを向くと、おもむろに跪き、私の手を取った。


「エリック?」


突然の行動に戸惑っていると、真剣な顔をしたエリックがまっすぐに私を見ていた。青い瞳で射貫かれるのではないかと思うくらい、強い視線だった。


「イザベラは、どこから来て、何を知っているの?」

「え? どこから来たって、下町から侯爵家に……」

「うん、それは知っている。でも、それだけじゃなくて、この世界ではない『何か』も知っているのでは?」


エリックの発言に、目を見開く。私が転生してきた可能性を指しているのだろうか、と冷や汗が伝った。


「戦争を予見していたような動きが、最初に違和感を持つきっかけだった。振り返ってみると、幼い頃、イザベラが話していた内容に、辻褄が合わない点があった。そこから、私達が知らない『何か』を知っている可能性に思い当たった」


それだけで、私が『何か』を知っていると察するのかと驚きに絶句していると、エリックは尚も続けた。


「私は、イザベラは神の啓示を受けたか、別の常識を持った世界を知っているのではないかと思っている」




遠からずの指摘に、咄嗟に頭が回らず、私は口をつぐんでしまった。話を否定しない私に、エリックが握った手を強めて、不安げに瞳を揺らせて聞いた。


「イザベラは、今も、私の知らない『何か』と繋がっているの?」


アームストロング侯爵家を出てからのエリックは、王太子として堂々とした態度ばかりだった。そんなエリックが、幼い頃、侯爵家に来たばかりの頃を思わせる、寄る辺なく不安げにする姿に、すぐさま首を横に振った。


私は前世の記憶があるだけで、過去の世界とは完全に隔てられているから、答えたことに嘘はない。ただ、この回答は、私に特別な『何か』があることを暗に肯定してしまう。それがどんな影響を持つかは分からない。


それでも、エリックの不安に揺らぐ姿を見て、少しでも、その不安を打ち消してあげたかった。




「……良かった」


エリックは、震える声でそう言い、跪いた姿勢のまま、握った私の手の甲を、自分の額に押し当てた。私がここにいることを、必死に確認しているようだった。




その体勢をしばらく続けた後、エリックは再び口を開いた。


「イザベラがどういう背景を持っているのかは分からない。でも、出会った頃も今も、少なくとも私には、普通の女の子に見えた。人智を超えた能力を持っているようには思えなかった。だから、傷つくのを恐れたって、保身に走ったって、何にもおかしくない。

なのに、ずっと身を挺して、当たり前のように、来るもの全てを守ろうとしていた。そんな姿がいつも眩しかった」


エリックからの思わぬ告白に、驚きで息を呑む。




跪いたまま、エリックは、とっておきの宝物を見るようなきらきらした目で私を見た。


「イザベラは、いつも眩しくて、私の憧れで、心安らぐ家族で、世界で一番大切な女の子だった。

でも、イザベラは、いつも一生懸命、出来ることに手を伸ばしていて、そんな貴女だから、周りにもたくさん人がいた。

私のことは守るべき弟として可愛がってくれたけど、頼りにされないのも、特別な存在になれないのも悔しかった」


小さくても男だったから、苦しむ姿は絶対に見せてくれなかったのには、プライドが傷ついたよ、と打ち明けられた。気恥ずかしさと気まずさから言い訳するように反論した。


「その、違うのよ。エリックが頼りにならないわけじゃなくて、そんなに辛いこともなかったし……」


拗ねるような口調で、エリックが言った。


「一人で泣いていた夜もあるくせに」


幼い頃の知られていないと思っていた過去を持ち出される形で、反論を封じられ、ぎくりと体を強張らせる。






幼い頃の記憶が、脳裏を過った。


前世の記憶があるなんて言っても、どうしても気持ちを抑えられなくて、泣いてしまう日もあった。


母が私を置いて逝ってしまった喪失感は今でも苦しいし、苦しんでいる人を見るのは辛かったし、戦争で人が傷つくのは怖かったし、将来、悪事をしてしまうかもしれないのは不安だった。


その時を、知っている人がいたのかと思うと、喉の奥がツンとした。






それでも、とエリックの憂いを取り払えるように、笑顔で言う。


「たまには泣いちゃうこともあったかもしれないけど、大丈夫だよ。ほら、現に今、私はここで笑っているでしょう」

「大丈夫なのではなくて、平気なふりをしてでも、目の前のことに一生懸命になっていただけでしょう」

「本当に大丈夫なの。だって、全部、自分で決めたことだったし、エリックもエマも皆もいたし。望んでいないことをしないといけないとか、誰にも心を許せなくて、孤独で耐えきれないとか、そんなことはなかったよ」

「……イザベラはそういう人だったね」


エリックは、諦めたように苦笑した。






「例え、そうだとしても、好きな子には頼られたいのが男というものだよ」


言われた言葉に耳を疑い、疑っている間に、次の話を始められてしまった。


「イザベラは、自分が色々なものを惹きつけるって気付いている?」


言われたことに心当たりがなくてポカンとしていると、「イザベラだけが気付いていないけれど、イザベラは、私も含めてすごく色々なものを惹きつけているんだよ」と笑われた。


「イザベラに出会う前、王家なんて大嫌いだった。権力なんて、魑魅魍魎を引き寄せるばかりで、小さかった私は、それに対処する術も分かっていなくて、振り回されるばかりだった。

でも、イザベラを好きになってから、この国で、一番身分が高くなれるのが私で良かったと何度思ったか。

イザベラが、そういう高い身分とかを求めていないのは知っているけれど、貴女が惹きつける有象無象から、貴女を守る力にできる」


エリックがキラキラと嬉しそうな顔でそんなことを言うので、鼓動が早くなった。意外にも、私を特別な存在に思っていてくれたというのは分かったけれど、愛おしくてたまらないというように私を見るエリックに、勘違いをしてしまいそうだ。


ドクドクと心臓の音が響いて、頭が回らない。エリックの言ったことの意味を考えようとするけれど、エリックの顔を見てしまうと、心臓がますます忙しなくなって、考えることができなくなる。




冷静になろうと夜空を見上げた私の手に、唇を押し当てられた感触がして、更に大きく心臓が跳ねた。


そっとエリックを見ると、エリックは、唇を私の手の甲に当てていた。少しして、熱を孕んだ目でこちらを見上げ、私としっかり目が合っていることを確認すると、エリックは口を開いた。


「貴女のことを愛しています。結婚してください。イザベラを隣で守れるよう、強くなったよ」






真正面からされた告白に、顔を真っ赤にして、私は声を出すことも動くこともできなくなってしまった。そんな私を見て、エリックは満足そうにした。


そして、立ち上がって、私の耳元に近付き、言った。


「……なんて。まあ、イザベラの返事がどうあれ、私のものにすることは決めているし、結婚するんだけどね」


くすりと笑ったエリックの横顔は、私の知らない悪い男の人のものだった。


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