18歳(エリック17歳)
イザベラが王都に来て、王立学院に入ってからも、案の定というべきか、イザベラをめぐるライバルは多かった。
王都や学院で余計な虫がつかないようにと、王宮での戦勝会で彼女が私にとって特別な存在であることを主張したところ、対抗するように、隣国の皇帝が名乗りを上げた。
イザベラのファンだというピンクブロンドの少女が、彼女の周りをうろうろするようになった。それだけなら問題ないが、彼女には不思議な力があるようで、彼女がイザベラに近付くと、何故か他の人間が近付けなくなる。イザベラと同じ、『何か』を持つ存在なのかもしれなかった。
騎士団長の息子は、身を挺して王都を守り、前線でも身を粉にして働いたイザベラに、忠誠を誓いたいようで、声を掛ける機会を窺っている。一度、イザベラが王都に行ったとき、暴言を吐いたと王宮の人間から報告を受けている。よくもそんな恥知らずなことができるなと思うが、その経緯から、イザベラに避けられているのはいい気味だ。
終戦条約を締結して一か月ほど経ったある日、隣国の皇帝が、友好条約を詰めるため、この国を再訪した。そして、彼がイザベラと結婚したいと言い出したことを家臣から伝えられ、私はまっすぐ彼の元に向かった。
「話は私が伺います」
「これはこれは、王太子殿下自らとは、恐れ入る。貴方の臣下にお伝えしたのだが、国同士の繋がりを深めるためには、手っ取り早い手段といえば、婚姻だろう。ちょうど、私に妻はいない。縁あったイザベラ嬢を貰い受けたい。勿論、こちらの国からも貴国に嫁がせる」
「そういうことであれば、前王の血を引く公爵家にちょうど良い年齢の令嬢がいる。彼女の方が、こちらの王家とも血が近くていいでしょう。彼女に打診してみましょう」
私がそう言うと、照れたようにしながら、彼はあっさり本音を明かした。
「……すまない。言い方が悪かった。私が、彼女を欲しくなった。条件があるなら、それを飲む。婚姻の後押しをしてほしい」
望むものは、当然、得られると信じて疑わない態度から、彼が、幼少期から次期皇帝として甘やかされ、欲しいものを欲しいだけ手に入れてきた人間だということが分かった。
とはいえ、今でこそ、隣国は乱れているが、国の人口、土地の広さ、資源のいずれの面からも、もともとの国力は拮抗していて、時代によっては隣国の方が優勢だった。こんな拙いやり方であっても、時勢さえ違えば、彼女を譲らないといけなかった可能性があったかと思うと、本当に忌々しい。
こちらの手の内を明かすのは嫌だったが、完全にこちらの手を隠して、外交上の信頼を失うのも痛い。イザベラは、私の結婚相手の最有力候補であることを伝えた。
この条件下では、どうあっても双方が納得する結論に達せられるはずがないのに、傲慢な奴はちっとも引く様子がなかった。自分の立場を分かっていない奴の態度と埒の明かなさに苛々して、足を組んで、どちらが上か分からせるように言った。
「何か勘違いしているのではないか。今、貴方は支援を求める側で、私は支援を与える側だ。イザベラには貴方の国の王家の血が入っている。これ以上、しつこく食い下がるなら、今から君の国に攻め入って、これから作る私とイザベラの子に治めさせたって良い」
私の言葉を聞き、彼の顔が引きつったのを見て、鼻で笑って退席した。
そして、その足で、父である国王の元に向かい、イザベラと私の結婚を王命で出すように頼んだ。
「隣国皇帝から先ほど内々にイザベラ嬢に結婚の申し入れがありました。大恩あるアームストロング侯爵家のご令嬢を、政略の駒に使うなんて、受け入れられるものではないため、独断で申し訳ありませんが、私の結婚相手の候補であると伝えました。
しかし、隣国皇帝は、彼女のことを諦められない様子。彼女をアームストロング侯爵家に置いておき、再び、彼が表立って結婚を申し入れ、侯爵家が受諾すれば、彼女が知る『王家の影』の秘密を隣国に知られる可能性がある。一方、断ると、隣国との関係が悪化するリスクを負うことになる。
更に言えば、隣国皇帝から結婚の申し込みがあった彼女に、他の人間が結婚を申し込むのは難しくなり、次代の『王家の影』を産み育てるのは無理でしょう。
侯爵家の後継ぎになれないのであれば、隣国皇帝より正式な結婚の申し入れをされる前に、私が婚約し、彼女の囲い込みを行いたい。彼女に流れる隣国王家の血も、この国に益をもたらすでしょう。
私とイザベラ嬢の結婚について、王命を出していただけないでしょうか」
私の話に、考え込むように父は言った。
「ふーむ……。政略の駒といっても、隣国皇帝の正妃だろう。貴族令嬢としては、出世に当たるし、悪い話ではないと思うが。この国にとっても、今は一時的に力が落ちているものの、本来、力の強い隣国と強い繋がりを持てるという利がある。
というか、アームストロング家から彼女を貰い受けるなんて侯爵が怒りそうな話を持ち出すのは億劫だなあ……。結婚や出産はしなくとも、養子を取れば、次代の『王家の影』を育てることはできるだろうし。
お前と結婚という以外の結論も選択できるのではないか?」
そんなことを言う父は、にやついた表情をしていて、私の気持ちを知って、揶揄っているのが分かった。人のことは言えないが、性格が悪い。
「何のために私が面倒事ばかりの王家に戻って来たと思っているのですか。ここで希望が叶わないようなら、王太子なんて投げ出しますよ」
「ははっ、悪い」
「ここに王命を準備してきました。後は、貴方が玉璽を押すだけです」
「用意のいいことだ。まあ、イザベラ嬢は善い人間なのだろうが、人を惹きつけ過ぎる。出自の複雑さや『王家の影』の存在を知っていることからも、後々の禍としないために、王家で囲い込むのが無難だろうな。それに、お前の言うとおり、お前とイザベラ嬢の結婚で、この国にも利益がある。よくここまで頑張ったな」
そう言うと、持ってきた命令書に玉璽を押してくれた。そういえば、幼い頃、ずっと欲しいと思っていた父からの認められる言葉を掛けられたと気付いたが、今更、どうでもよかった。
その後、王都に滞在しているアームストロング侯爵を呼び出し、イザベラと結婚すると告げた。
彼女に隣国皇帝から結婚の申し込みがあり、侯爵家に置いた状態で結婚を断り続けるのが難しいこと、既に名前が出過ぎている彼女を『王家の影』の後継ぎに使うのは難しいこと、私と隣国王家の血を引く彼女が子を成せば、隣国への抑制力となることを説いた。王命も提示した。
しかし、侯爵は頑として頷こうとしなかった。焦れた私は苛々して言った。
「一体、何が不満ですか。合意が取れないなら、結婚相手としてではなく、まずは客人として王宮に囲い込んでもいい。身柄さえ確保してしまえば、後はどうにでもなる。私の執着を見くびらない方が良い」
「戦功ある我が家の意向を無視して、イザベラを王宮に引き込むと? 王太子殿下こそ、こちらを甘く見られては困る。王家の横暴に、領土一丸で戦う気概と国力くらいある」
侯爵の発言から、自分の失敗を悟った。
彼は、王家の意を汲み動く『王家の影』としてではなく、アームストロング侯爵家当主であり、イザベラの父という立場で、建前を振りかざし、彼女を強引に奪おうとする私に腹を立てているのだ。
逸る心のまま、高圧的な物言いをしてしまったが、誠実に、言葉を尽くして相対すべき相手だった。
心を切り替え、態度を改める。
「……無礼な言い方をしてしまってすまなかった。イザベラは、絶対に大切にする。私に任せてほしい」
「イザベラは物ではありません」
「その通りだ。ただ、彼女にある人を惹きつける力を、彼女が自分自身で制御できているとは言い難い。現に、隣国皇帝から結婚の申し出まであったが、あれは、彼女が望んでのことではないだろう」
反論は返ってこなかった。
「貴方や侯爵家の面々が彼女を大切に思っているのは知っている。『王家の影』のこの国や王家への献身に感謝しているし、優秀さは何も疑っていない。彼女の持つ能力を最も発揮できる場所が『王家の影』のような裏の役割だとは思えないが、侯爵家の人間がいれば、役割を果たし、イザベラを守っていくことはできるだろう」
考えを悟られないよう訓練された侯爵の表情は変わらなかったが、まっすぐにこちらを見る侯爵から、私の話を聞く気はあると判断し、言葉を続ける。
「ただ、彼女を守っていくことであれば、私にその役割を任せてはくれないだろうか。私のエゴイズムだと言われればそれまでだが、貴方なら好いた女性を自らの手で守りたい気持ちを分かってもらえるのではないかと思う。女性が危うい立場に立たされる可能性があるなら尚更だ。貴方も、イザベラの母に対して、そういう思いを持っていたのではないか?」
「殿下……」
「イザベラが、私と同じ気持ちとは言わない。だが、絶対に、私は彼女の良き伴侶となる」
無言でしばらく考え込んでいた侯爵だったが、やがて口を開き、低い声で言った。
「殿下にそこまで言っていただけるのであれば……。イザベラのこと、よろしくお願いいたします」
無様だったが、熱意により、侯爵の同意を取り付けることができた。
最後に、王太子宮にイザベラを迎えるため、臣下と警備と部屋の打ち合わせをして、これでようやく形が整ったと思い、学院にいるイザベラの元に向かった。
そこで見つけたイザベラは、男を口説いている最中だった。
相手は、私より昔からイザベラのことを知っていて、本当は身分に拘らないイザベラが自由に暮らせるであろう、市井の男だった。
よりによってその男なのかと堪忍袋の緒が切れ、有無を言わさず、イザベラを王太子宮へと連れ帰った。




