17歳
戦争の前線は、昔、エリックやエマと一緒に行った湖畔の城の近くとなった。
父を総司令として、王国騎士団、アームストロング侯爵家の騎士団、アームストロング侯爵家の兵団で隣国の侵攻に対する防衛に臨む。エマの父が連絡役として王都に行き、私は看護と後方支援を手伝うことが決まった。エマは、その時々で、防衛戦への参加、王都への連絡役、看護と後方支援まで役割を果たしている。私の侍女が有能過ぎる。
私は、数年前の隣国との小競り合いの時、傷病者の手当の場にいた。でも、その経験があっても、うまくいったことばかりではない。
前回に比べ、戦線が圧倒的に大きかったので、参加した兵も、ひいては傷病者の数も激増した。収容場所は、有事に備えて、父が準備していたが、実際に人が動くと、いくつもの混乱があった。王国騎士団と侯爵家騎士団の看護部隊、救護院からの応援者、イザベラ財団からの派遣者で対応したが、適切な人員配置すら手探りだった。
毎朝、王国騎士団、侯爵家の騎士団、侯爵家の兵団が、湖畔の城に一堂に会し、戦況報告会が開かれ、私も参加した。戦闘に参加する武人は、戦況によっては参加できない日があるので、毎回、参加している私に、あれこれと聞かれることもあった。
必要物資の湖畔の城への輸送や、負傷により、戦線離脱する兵士の街への移動について、イザベラ財団との橋渡しをすることもあった。
捕虜となった隣国の兵士の生活を円滑にするため、スパイ教育で学んだ隣国での慣習を反映させるよう、ちょっとした工夫を行うこともあった。
することは沢山あったが、当然、どれも容易にできたわけではなかった。日々、自分の能力を超えて、必死に踏ん張って、自分の仕事をこなしていた。
ただ、私だけが特別だったわけではない。
前線にいる皆が、国の人々が脅かされないよう、仲間を死なせないよう、皆が生きて帰れるよう、必死で毎日を過ごしていた。
そんな懸命な毎日を過ごしていたある日、ソフィア様とエマが、ぼろぼろになった年の若い男性二人を連れて、城に駆け込んできた。
ソフィア様が、珍しく、声を張り上げた。
「イザベラ様、申し上げます。隣国の皇帝陛下が、助力を求めてきました!」
続けて、歳の若い男性の一人であり、ソフィア様そっくりの薄い栗色の毛と輝くような緑の瞳の男性が言った。
「イザベラ様、ソフィア・トレメインの弟で、クリフ・トレメインと申します。商いの修行として、隣国に行っておりましたところ、隣国の皇帝陛下と知り合うことができました。話を伺うに、現在の状況は、隣国の将軍の暴走で、この状況を皇帝陛下は望まれていないということ。勝手ながら、助力できないかと思い、お連れいたしました」
突然の事態に、目を丸くした。
ソフィア様とソフィア様の弟から紹介された男は、黒髪に黒目で、高い背をまっすぐに伸ばし、こちらを見下ろしてくる。ぼろぼろの身なりだというのに、思わずひれ伏したくなってしまうような雰囲気を持っていた。
思わず飲まれそうになったが、堪えて言った。
「証拠は……」
エマが言った。
「イザベラ様、私、数年前に父と共に隣国に行ったことがありますが、当時の皇太子殿下の特徴を捉えられています」
また、隣国皇帝を名乗る男も言った。
「将校以上の捕虜がいるなら、私のことは知っているはずだ。あとは、祖父から譲られた王家の秘宝を持ってきた」
そして、男が示したのは、大きなルビーがダイヤモンドで囲まれた豪華な耳飾りだった。亡くなった母が、私に最期に残した首飾りと類似した意匠だった。ソフィア様もそれに気付いていたらしい。
「私、商家の出として、様々な宝飾品を見てきましたが、これほど立派なものを見たのは、後にも先にも、イザベラ様が財団立ち上げのため、売ってくださった首飾りだけです。少なくとも、隣国の有力貴族であることは、間違いないと思われます」
その後、すごい勢いで、私の父とエマにより、男の身元と発言の検証が行われると共に、王宮と王都にいるエマの父らに、事態が伝達された。
私は、その一連の動きを、呆然と見つめていた。
これが事実であれば、戦争を終わらせる一大チャンスであり、嬉しくは思っている。思っているものの――
「今まで何もなかったのに、ずっと自国にいたというのに、ゲーム通り、隣国と繋がりができてしまった……。しかも皇帝と……」
これを機に、私はこの国に対しスパイ行為を行い、隣国に寝返ってしまうのでは……。いや、スパイ行為を実際に行わなくても、罪をでっち上げられるのでは……。
ゲームの強制力に改めて恐怖し、震えが止まらなかった。