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14歳(アームストロング侯爵家当主(イザベラ父))


我がアームストロング侯爵家は、代々、この国の王家から『王家の影』の役割を任されている。


隣国と接する領地を持つことを活かした隣国への諜報、王家に反する者の暗殺等、王家が輝くための暗い部分が、我が家が、代々、任じられていることだった。






イザベラの母は、隣国の王家に連なる家柄であるイザベラの祖母と、この国の商人であるイザベラの祖父の元に生まれた。

イザベラの祖母は、駆け落ちして隣国から出て、この国の人間と結婚したので、イザベラの母も市井で隠遁して育っていたが、王族の血を引くだけあって、誇り高い女性であった。


最初、彼女に近付いたのは、彼女の血筋を知って、利用価値の調査を行うという任務だった。




でも、彼女の、市井にあっても下手な貴族より誇り高く、美しい姿に惹かれ、周囲に心を許せず苦しむ姿に私と似たものを感じ、任務以上に気になる存在となった。


ありていに言えば、恋に落ちた。




やがて、彼女も私に想いを返してくれたのだが、ある日、突然、別れを告げられた。




『王家の影』の役割を果たすため、目立つことはするな、というのが、先代領主である父からの命だった。


こんな家に生まれたので、好いた女性から、突然、別れを告げられても、複雑な生い立ちを持つ彼女と添い遂げることはできないだろう、と諦めた。


彼女との別れからしばらく経ち、病のため、父が死去した。




侯爵家は私が継いだ。


そこで妻を娶り、子を成し、次代の『王家の影』を育てるのが、使命だと分かっている。王家や家令にも何度もせっつかれた。

しかし、子を成すための結婚をし、血の繋がった次代の『王家の影』を育て、それで私に何が残るというのだろう?


幸い、家令を務めてくれている男は男爵位を持ち、優秀な娘もいる。養子にでもなんでもして、状況を知っている家令か家令の娘が跡を継いでくれれば、どうにかなるだろう、と最低限の見通しはあった。


惰性で『王家の影』としての役割は果たしたが、幼い頃、母を亡くしたのに続き、父も鬼籍に入り、愛する人に去られ、私は自分の未来を描くことができなくなり、投げやりな気持ちになっていた。






数年経ち、彼女と私の間に、イザベラという八歳の娘がいることが知らされた。


同時に、彼女は私に別れを告げた時、私との子を妊娠していたということ、そして、彼女は死んでしまったということを知った。


もし、彼女に子ができたことを知っていれば、何をおいても彼女を保護したが、誰かの保護下に入るのを、彼女の誇りが許さなかったのだろう。彼女の死後、生前の彼女の困窮した状況を知って、何度、溜め息を吐いたか分からない。




私は、すぐさま、イザベラをアームストロング家で引き取ることにした。


誇り高い彼女が育てたのだから、貧しい生活をしていても、さぞかし気位の高い娘なのだろうと思っていたが、イザベラは想像していたものと全く異なっていた。


姿勢や立ち振る舞いこそ、彼女の母を思い出させる美しさで、異国風の黒髪に黒目の容姿も目を引くものだったが、その性根に貴族の誇りや自負というものが全くなかった。


代わりにあったのは、『生』にこだわる泥臭さと図々しさだった。






アームストロング家は注目されないよう、代々、領地には最低限のことしかしてこなかった。

目立たぬように、しかし、王家に一番の忠誠を誓っていると自負している。




それを我が家の誇りとしていたのに、イザベラは、アームストロング家の財産を使って、救護院・孤児院を改善していった。更には、それだけでは求めるものに足りなかったのか、イザベラの母の形見を私に売ってまで、立ち上げた財団に、救護院・孤児院を安定して運営するのに十分過ぎるほど様々な事業を起こさせた。

そして、イザベラは、我が物顔で領内を闊歩し、領民と触れ合い、やがて侯爵領で知らない人間はいない存在となった。


当たり前のように、目立つ行動をするイザベラは、目障りな存在であるし、この家の存在理由も知らず、アームストロング家の名を、平然と名乗る姿は生意気だと感じた。




しかし、同時に、しがらみを気にせず、ただ目の前の相手を守り、笑顔にしていくイザベラの姿は、痛快でもあった。


また、握り潰されたとしても、泥臭く生きることを厭わないあの子は、本当は、アームストロング家の後ろ盾などなくとも、どのようにだって生きていけるのだろうと思わせる強さがある。




結局、勝手に何処かで好き勝手されるよりは、何かあっても私の目が届く手元で暴れさせる方がましだと考え、放置することにした。


――のびのびと生きる娘を近くで見ていたいだけだ、と家令には指摘されたが、決してそんなことはない。






先般、隣国からの侵攻をきっかけに、隣国の様子の異変に気付き、私は自領の騎士団と今後の方針を策定した。通常であれば、現在の状況で、これ以上の対応は行わない。


しかし、イザベラは、領地の兵士達から不足がないかを聞き、国境の守りを改善し、領民への警戒を呼び掛け、万が一の場合の対処を訴えた。


状況からすると、気が早いような行動だったが、領地中の有名人であるイザベラが、その訴えをしたことで、領土中に危機が伝わった。

副次的な作用として、遠い存在だと認識されていた騎士、兵士が、命懸けで国境を守っていることが領民に認識されるようになった。そして、領民からの期待や敬意が、騎士、兵士の意欲を上げることとなった。


騎士、兵士の気持ちはよく分かる。実のところ、私も、領民から期待に満ちた目や敬意を向けられ、年甲斐もなく、気持ちが昂った。






図らずも、今度は、隣国から王都の外れへの侵攻があったという。

ここでも、イザベラらが巻き込まれたということには、因縁めいたものを感じざるを得ないが……。何か見えざる力でも働いているようだ。


外れへとはいえ、王都への侵攻があったということで、王都は大騒ぎになっていて、隣国の脅威を放置できないというのが王宮での総意となりつつある。


今のままだと、ほんの少しのきっかけで、戦争が起きることになるだろう。




今回の侵攻では、少数のアームストロング侯爵家の人間が、多数の隣国の兵士を制圧した。


それは、侯爵家の人間が手練れだったこともあるが、『暗黒の森』の行軍で隣国の兵士が疲弊していたことが、最も大きな原因だ。




『暗黒の森』は侵攻経路にはなりえないことは、隣国も嫌というほど分かったはずだから、争いが起これば、前線は、『暗黒の森』以外で、唯一、隣国と国境を接する我が領地となるだろう。目立たぬようになど、悠長なことは言っていられない。


誰が血を流してこの国を守っているのか、アームストロング侯爵家の騎士、兵士、領民の力で、この国中に知らしめてやる。


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