13歳(エリック 12歳)
出会った時の裏表ない姿が衝撃的で、その後も明るい姿ばかりを見てきたので、義姉のことはずっと天真爛漫で一点も曇りがないもののように思っていた。
でも、徐々にそれだけではないと分かってきた。
出会った頃は、義姉のことをとても強いと思っていたけれど、身体能力はエマに全く敵わないし、純粋な力でも、もうすぐ、男の僕が勝ってしまうかもしれない。
自分に厳しいと思っていたけれど、義父の与える重い課題に悲鳴を上げて、ズルができないか、さぼれないかと、よく裏道を探っている。そして、往々にして本当に実行する。
休憩も大事だと平然と言いながら、うっかり休み過ぎて、一人では取り返しがつかなくなって、僕やエマに泣きついたりもする。
一番大事と考える目標がぶれないし、打たれ強いから、実務家としては優秀だけど、勉強はそんなに得意じゃない。一見、何に使えるか分からないものに取り組む意欲が低いのだろう、と思っている。
複雑な社会の構成要素の原理を知ることは、何をするにしたって役に立つし、そもそも新たなことを知ること自体で、知的好奇心が満たされるのに。
義姉の弱いところを見つけたら、いつか僕は助けられる存在になろうと背筋が伸びて、やる気がみなぎった。
強く立派なところだけじゃなくて、彼女の弱いところも、もっと見てみたい。いつか彼女の全部を知りたい。
でも、義姉が亡くなった母と共に暮らしたという街にある救護院に視察に行ったある日、夜になって、義姉がバルコニーで一人、母を呼びながら、声を殺して泣いているのを見つけて、息が止まるかと思った。
弱いところも見たいと望んだのは僕だけど、いつも笑顔の彼女のそんな姿を見るのは想像以上に苦しかった。
僕が辛かった時、義姉が傍にいてくれたように、僕も義姉の傍にいたいと思い、ドアに手を掛けようとしてハッと気付いた。
僕が声を掛けたら、義姉は、姉の仮面を被って、きっと泣くことすらやめてしまう。
一人で泣かせたくないのに、僕では泣かせてあげることすらできない。自分の無力さを、これほど恨んだことはなかった。
国境沿いでの戦いに遭遇した後、義姉は国境の警備や国境沿いの村々の避難方法の検討に没頭している。人が傷付くことを我が事のように感じる義姉なら、当然の行動だし、領主の娘として、大事なことだとは分かっている。
分かっていてもなお、義姉が前のように僕に時間を割いてくれないのに、面白くない気持ちだった。
財団まで作って、ソフィア様が領地の福祉事業を請け負ってくれたから、義姉とまた一緒に過ごせるようになると思っていたのに、義姉は、すぐ次にすることを見つけてくる。
どうしても何かせずにいられないなら、せめて、僕にできることは、僕を頼ってほしい。なのに、義姉はこのことについては、僕にちっとも手を出させてくれなかった。
義姉は、これまでの孤児院、救護院、イザベラ財団の面々に加え、更に、騎士団、兵団、村長らにまで、囲まれるようになった。これで、ますます義姉の魅力を知る人間が増えるのかと思うと、焦燥感に駆られる思いだった。
だから、久し振りに、僕は禁じ手を使うため、義姉の部屋のドアをノックした。
「義姉さま、物語を聞かせてください」
幼い子供みたいに読み聞かせを強請るなんて、義姉からますます子供扱いされそうで、普段はこんなことはしたくない。
でも、この時だけは、いつも人に囲まれている義姉を独占できるから、その誘惑に負けてしまった。
僕が甘えた口調で言うと、義姉は笑顔で応え、僕の部屋に来てくれた。
義姉には僕が可愛い弟に見えているのだろうけど、僕ももう十二歳になった。身長も姉と同じくらい高くなってきたから上目遣いも難しいし、幼い子供みたいな甘えた口調も恥ずかしい。何より、十歳を超えて姉弟といえども、男女で部屋を行き来するなんてありえない。
いくら鈍い義姉でもそろそろこのことに気付いて、もうすぐこの手段も使えなくなるだろうから、義姉を独占するためには、別の作戦を考えないといけない。
義姉が僕のベッドの隣のスツールに腰掛けた。義姉が近くにいるのを感じ、嬉しくて笑みが零れた。
「月も綺麗だし、竹から生まれたお姫様の話をしましょうか」
「はい」
義姉はそう言って、おとぎ話を話し始めた。義姉が話してくれるおとぎ話は、この国で馴染みのないものばかりだ。
義姉の口から、竹から生まれた女の子の物語が紡がれる。おじいさんとおばあさんの元で育った女の子は、大人の女性になると、地上のたくさんの人に求められているのに、生まれ故郷の月に、姫として帰るという。
次第に眠くなり、いつの間にか、おとぎ話は終わりに近付いてしまっていた。
「そうして、地上の人々を置いて、お姫様は月に帰っていきました」
もう少し起きていたいけれど、義姉の気配が心地よくて、目を閉じてしまう。でも、寝てしまうと義姉がここからいなくなってしまいそうで、必死で目を開けた。
すると、月夜に照らされた義姉の顔が見えた。青い光に照らされた、豊かに波打つ黒い髪も、黒曜石の瞳も、月の女神みたいで、美し過ぎてゾッとした。
僕は、義姉が月から来たと言ったら、絶対にそれを信じる。
でも、そんなこと言い出さないで、といつも願っている。
こんな温かい光に包まれることを知ってしまって、この光を失ったら、きっと僕は死んでしまう。
絶対にどこにも行かないで――
そんな気持ちで、手を強く握って、眠りに落ちた。