表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

塵積魔法少女、千里の道も一歩より

作者: くろっしー

『世のため、人のためになれる魔法使いであれ』


魔法使い。

時は流れ、想像の世界だと思われた魔法は現世に存在する時代となった。

誰が開祖だなんて記もされていないが、魔法はとあるプロトコルを通じて世界中に普及していった。


ここ、アレグリア公城塞都市は世界でも有数の大都市だ。

モンスターの侵略に備え傭兵や警備隊が常備配置されており、魔法はごくごく自然に学問や自衛として教えられている。

街の雰囲気は橙色そのもので、人気の絶えない繁華街。今日もあちこちで人々の声で賑わっていた。


『世のため、人のためになれる魔法使いであれ』……この言葉はディヤモン公と呼ばれる大魔法使いが残したとされている。それは、彼女の末裔にも代々伝え続けられてきた。

祖が残した遺産は計り知れないといわれる。しかしながら、未だ解明されていない謎も多いのも事実である……



「ふあぁー……疲れた!」



……そんな大魔法使いであるおばあさまの孫である私、石川英乃は魔力も何も持たない一人っ娘!

私のご先祖様、おばあさまはこの街でも権力を持った家系らしくて、小さい頃から何不自由なく過ごしてきたけど……当の私は勉強も運動もへたくそで全然ついていけなくてついついフツーの高校を卒業したの。

おばあさまは偉大な存在だと知って憧れてるけど、今の私じゃ全然届かないってわかってる。

それでもおばあさまみたいな大魔法使いになることを諦めきれなくて、今は鉱山に潜って鉱石を集めているの。

どうして鉱石を集めてるのかって?それはキラキラしたものが大好きだから!それに……お金になると思わない?

だから高等学校を卒業して19歳になる今日この頃、私はある決断をしたの!



「私、トレジャーハンターになる!」



「トレジャーハンター?」



女手一つで育ててくれたママが私に聞いた。

確かに職業としてはチーフ(盗人)やローグ(暗殺者)に近いから悪い印象しかないかもしれないけど。



「宝石とかキラキラしたものを集めてお金にするの!あとは錬金術とか学んで……」



「ふぅん……」



「そうすればさ、魔女会も認めてくれるんじゃないかしら!」



魔女会は私が入ってる週1回の魔法使いの集まり。実績はおろか魔法も使えない私が入ってるのは、“おばあさまの末裔だから”って理由。それじゃ皆にバカにされるだけだから、少しでも宝石を集めて錬金術かなんかでお金にすればある意味魔法使いに近づけるんじゃないかって思ったの。



「うーん……認めてくれるとはお母さん思わないかな」



「なんでよ!」



「だって英乃は魔法使えないし」



「ママひどーい!なんで魔法学校に入れてくれなかったの!」



「もっとまじめに勉強すればよかったんだけどな~……」



「うるさいうるさい!」



「なんでも突発的に言うんじゃなくて、計画立てて言ってね」



「もーしらない!」



駄々をこねる私を横目に事実をつらつらと並べ始めたママ。

……そりゃ、錬金術なんかも使えないから勉強するしかないんだけど!今更魔法学校に入りなおすなんて考えられない!私はいち早く大魔法使いになりたいんだから!



……そんなわけで、今は鉱山に潜って鉱石を取っては背中の大きなポーチにしまっている(絶賛終わって休憩中)。おばあさまから譲り受けた(らしい)ダウジングロッドは今日も何の反応もしなかった。まあ、お守り代わりだし仕方ないけど!

私だって正直やりたくてやってるわけじゃないけど、魔法使いに出世できそうってチャンスなら逃さない手はないと思ってポストマン(ネット)から情報を受け取ったまで。

ポーチには数個の石の欠片っぽいのが入っている。

昔からこの街じゃ炭鉱開発が盛んだったらしくて、そこから手に入れた鉱石でいろいろな武器や防具を作ったっていつかの授業で言ってた気がする。

ま、そんなの関係なくて今は金目のものさえ手に入れればいいってわけだけど、ね。

……ほしいのはお金と名誉だけ!



「さて、と!」


家に帰ってきたら部屋に持ち帰ってお楽しみの鑑定時間。この時間が一番好き。

……とはいっても透視なんてできないから丁寧に磨いて情報ネットワークを通じて見るだけなんだけど。

占い師のお姉さんなんかは水晶玉をじっと見つめてその人の運勢なんか的確に判断する。それで稼げてるんだからすごいなって思うけど……



「……これはー……鉄かしら……?……うーん」


一概にトレジャーハンターと謳っても実績もクソもないこんなガキにさらわれる天然石など目もくれるわけもなく、鉄なんかはインゴットにしかならない産廃物ね。ハズレ。



「だいたいあんな山に宝石なんてあるのかしら……」


ポーチに入れたものはすべて普通の鉄鉱石か安価なクジャク石(だいたい200円)くらい。これじゃ売っても明日の夕飯の足しくらいにしかならなさそう。

半日くらい探し回ってこれだけしかないのだから、別の地方に旅に出るか、諦めて正式な魔法をイチから覚えるしか出世のチャンスはなさそうだと悟……



「……いや、まだチャンスはある!」


負け犬の遠吠えなんかはしたくないし、一度やるって決めたことは諦めたくない。私は絶対に一流の魔法使いになってみせるんだから!



「と、いうわけなんだけどさ!何かいい方法はないかしら?」



「……んで、なんで今更?」



瑠璃と名乗る少女は英乃の幼馴染で腐れ縁。

魔法学校で中等魔法を修得し、魔法が使えない英乃にいたずらを仕掛ける。それでも数少ない理解者であることに変わりはないし、嫌いではなかった。

どうせコイツも暇だったし、といい加減な持論を展開して公園へ呼び出した。



「魔法使いになりたくて。おばあさまに成長した姿を見せたいの!」



「おばあさまって……アンタのばあちゃん確か死んでたでしょ」



「もう!そんなこと言わないで!ちゃんと見てるんだから!」



「……えい」


細目で英乃の目をじっと見つめると、目の前に小さな火球を指先から生み出した。



「きゃっ!?ちょっと、びっくりするじゃない!燃えるかと思った!」



「ははっ、ばあちゃんにこんな姿見せられる?」



「ぅ……」


眉を歪めて嫌味のように突き放す。瑠璃は英乃にバッサリと告げた。



「魔法学校に入るしか道はないんじゃない?独学でーなんて聞いたことないし」



「……独学で修得した人知らない?」



「それこそ都市伝説でしか聞いたことないんだけど……

 それに、アンタまだ魔力すら帯びてないだろうし」



「だって魔力を帯びる方法とかわかんないし!」



「やっぱりまだおこちゃまね」



「誰がよ!」



「そういうところね」



「うるさい!」


悔しいけど、瑠璃は魔法を使えることに変わりはない。どうしても子ども相手でも負けてしまうという事実に肩をすくめるしかなかった。



「絶対使えるようになってみせるんだから!」



「ま、せいぜい頑張りなさい」


瑠璃は再度目の前に火球を繰り出した。



「あつっ!バカ!!」



魔法の初等教育は今に始まったことではない。

現代では幼稚園と呼ばれる施設で魔法を学ぶ前から魔法が使える子どもは存在する。

初等教育は水を出すだとか風を起こすだとか安全で初歩的なものが多い。



「なんだ、結構簡単そうじゃない」



初等魔法の教科用図書を魔法図書館で借りて自室でごろごろしながら眺める。

ただ、瑠璃の言っていた“魔力を帯びている”状態ではないと魔法は使えないのかもしれない。そこには“自分に合った武器を持つこと”、と記述してあった。

人によって武器や発生方法はまちまちらしいが、学校には杖や人に合った道具が置いてある(らしい)。

瑠璃は紅玉を模した指輪らしきもの薬指に嵌めている。属性などは本人の希望に添えられるのだろうか。



「ってことは私はー……」



部屋の隅々を見渡す。さっき鉱山から手に入れた鉄とクジャク石にインテリアの箒とダウジングロッド。



「……これじゃ何もできないじゃない!」



本を放り投げると、そのままベッドに突っ伏する。

魔力を帯びる方法なんてわからないし、そもそも自分に合った武器すらもわからない。

急がば回れ、という言葉は自分のために存在しているのかもしれない。



「絶対魔法修得してやるんだから!」



と、いうことで……



「ってなわけだけど、何か方法は知らない?」



定時の魔女会にて経緯を説明すると、辺りは感心したように声をあげる。

まるであの小娘が、と言わんばかりの視線と表情に英乃は感情をあらわにした。



「何なのよ!私は本気で目指してるの!遅かれ早かれいいじゃない!」



ムキになってわめいていると、一人の女性が提言する。


女性の魔法使い

「まあまあ。本気でなりたいんだったら、申請してみればいいんじゃない?私が話通してあげるわ」



「え、いいの?」


女性の魔法使い

「英乃ちゃんが本気で目指してるなら、私たち魔女会は後援するわ。

 __そうよね?瑠璃ちゃん」



「……ふん」


一気に顔色が明るくなる。

遠目から見ていた瑠璃はそっぽを向いて反応しなかった。



「ありがと!じゃあ早速行ってくるわね!」



魔法使いの一人の情報だが、どうやら魔力を授けられるという役所のような場所があるらしい。提示された場所を参考に立ち寄ってみると、恐ろしいほど人気のない場所に着いた。

どちらかというと神殿みたいにしっかりとした造りだ。



「お邪魔しまーす」



返事はなく、デバイスのようなものが中央に備え付けられているだけだ。



「……誰もいないじゃん」



デバイスに近寄ると画面が青白く点灯し、生体認証を求められる。

人差し指を触れさせると、ビリっと身体に電流が走った気がした。



「……特に何も変わってない気がするけど……本当にこれだけでいいの?」



振り返るが、どうやらこれで完了……らしい。このデバイスが必要だったのだろうかと考えるが、それは考えないことにした。



「ま、いいわ。これで立派な魔法使いになって見せるわ!」



軽い足取りでその場を後にするのだった。



「よーやくこれが使えるときね」



3日間部屋の端っこに放置されていた教科用図書を再度開く。



「ええと、何々?“まずは身近なものを浮かせてみよう”……?」



魔法使いと言えば、と聞かれると思い浮かぶのは月夜を背に箒に跨って夜空を横断するとんがり帽子。自身の憧れているものとはまた違った形である。

この魔法は風を利用して浮かせているように見せている……らしい。

片手に本を持ち__本物の魔法使いみたいで興奮する。



「……フロッ、タ!」



指先に力を入れ、杖を振るとわずかに鉄鉱石が浮いた。



「……えい!」



ふわりと浮かせると力を抜きそのままベッドへポトリと落とす。

彼女は満足したようにふわりと笑った。



「なーんだ!簡単じゃない!」



それはそうだろうとツッコみたくなるが、これは初等の幼稚園児でさえできるような魔法なのだから当たり前だ。



(いずれおばあさまみたいに自作の魔法を作れるのかな……?)



メモは残っているが、読めない言語で書かれているため解読不能である。

使わせたくないのか、読ませる気がないのか。真相はだれにもわからない。



「これはー……簡単だからもうやる必要はなさそうね」



しかし、魔力を帯びたので使えない魔法なんてそうそうないはず。魔法のプログラム、出し方さえわかればもう敵なしだ……と感じた。



「こんちゃ!」


「いらっしゃい~」



休日はいつもこつこつためてきた鉱石を買い取ってもらえる出店に出向いている。

この白衣を着た女性はふわふわした雰囲気を醸し出し話しやすかった。英乃の夢を馬鹿にすることなく、話を聞いてくれるよき理解者だ。



「今日はこれだけためてきたわよ!」


「あら、ありがとう~」



今日はたくさんの鉄鉱石とすこしだけ珍しいクジャク石を数十個集めてきた。

おかげでがま口がちょっとだけ膨らんだ。1週間分の頑張りだ。



「あ、あと、私魔力を帯びたの!どうやったら属性とか決められるの?」



うーん、と白衣を着た女性は首を傾げながら頷く。


「う~ん、そうね~……私は魔法使いじゃないからわからないけど……

 石の種類で属性は決められるらしいの、単純よね~」



「あ、やっぱそうなんだ」



改めて並べられた石をじっと見つめる。どの石がどんな役割を持つかは知る由もないが、きれいな加工された石だということはわかる。それでも値段を見れば……自分が買える範囲ではない。


「……どうしたの~?」



「いやー、なんで売買してるのかなって」



ふと疑問に思ったことを口に出す。正直、宝石店なら数はあるがあえて買取をしてくれるここを英乃は選んでいる。


「錬金術に必要なのよね、これはその副産物なの~」



「錬金術!」


「?興味ある?」



「ある!」



目をキラキラさせて訴えるが、相手は微笑みを崩さない。


「ふふ、貴方も学んでみたいの?」



「独学って方法はない!?」


「うう~ん……聞いたことはないわね~」



「……そうなの」


「学ぶなら魔法学校かしら~」



やはりそうなるのか、と英乃は思った。

ただこの女性はどこか説得力のある気がして、口答えできない。正直お金ももらってるし。



「……ん、ありがと」


「その情熱だけは忘れないでいてね~」



「……うん」



魔法学校。考えるほか道はないという考えは嫌いだ。

礼を言い、今日はその場を後にした。



後日。魔女会は後援してくれる、とは聞いたがどんな援助をしてくれるのか。まともな掘削道具がないのが苛まれるところだ。ダウジングロッドはお守りにしかならないし、ライトもヘルメットにつけるちんけなものしかない。



「はー、毎回同じ景色は飽き飽きするわ……」



市街地に行けば魔法を使用するための鉱石はいくらでも売っている。それでも高いことに変わりはないしすべての魔法が使えるとも限らないので、自分で掘り当てることにした。

ただどちらにせよめんどくさいことに変わりはない。そこらへんにたくさん落ちてたらいいのに、なんて考えはなおさら。



「ほんっと、ここらには鉄鉱石しかないわけ?」



若干苛立ちながらもしっかりと収集してく。

炭鉱とは言えどこまでも変わらないような風景が続くのは飽きる。もっとも、帰り道がわからなくなるのが辛いが。



「……こんなところあったっけ」



砕けた線路沿いの道を進むと、少し大きな空洞に出た。

奥へ進むと、青白く光った鉱石とトロッコの残骸が散りばめられている。



「きれー……」



足元に転がったテノヒラサイズのものは色白でわずかに透き通ったクリスタル状の石だった。

ここで作業していた人が残していったものなのか、自然とここに生えていたものかはわからないが、ポーチに入れることにした。



やっぱりその他は大したものは見つけられなかった。

ただ、今回手に入れた“コレ”だけは特別のように感じた。



「……水晶?」



詳しく調べないと確証は得られないが、たぶん水晶かもしれない。

透明な水晶が魔法に使われる原動力だなんて聞いたことがないが。



「とってもきれい……」



磨くと鏡のように反射する可能性がありありなので、宝物にでもしようと思うくらいのきれいなものだ。市販されているものよりも純粋にぴかぴかしているし、これが自然掘りの魅力と言ったところか。

……しかし、これ以外に目立った成果がない。これは失敗と言うべきか。



「やっぱアイツと一緒に掘った方がいいのかな」



机の上の段にそっと水晶を置きながら杖をバットのようにくるくるさせる。

宝石と呼ばれる鉱石を掘り当てるには三人寄れば文殊の知恵と言われるように多人数の方がいいのだろうか。



「……嫌ね」



何としてでも自分の手で掘り当てたいことに変わりはない。

大魔法使いになるのは自分一人の手で十分。人の力を借りる必要はないのだ。


白衣を着た女性

「水晶?」



「これ、何なのかわからなくって」



翌日、顔見知りの錬金術師に聞くことにした。

すると彼女は明らかに揚々とした反応を見せる。


白衣を着た女性

「あらあら、これは~……」



「知ってるの!?」


白衣を着た女性

「まあ、少しだけね~」



あえてなにかは教えてくれなかったが、どうやら魔法は使用できるみたいだ。


白衣を着た女性

「この石で魔法は使えるけど一般的には流通してないものだから……わからないわよ~」



「へえ……」



ならばなおさら好奇心が湧いてくるというものだ。まあ、自分で調べられたらそれが一番最善策なのだが。



「ありがと、じゃあ私これで頑張ってみる!」


白衣を着た女性

「ふふ、頑張ってね~」



祖母の家は庭が広く、小さな頃はよくここでかけっこなどをして遊んでいた。

敷地面積でいうとサッカーグラウンド程度の大きさで魔法の練習場としては最適すぎる環境だ。

早速杖と残った鉱石をリュックに入れ訪ねる。



「よーし、やるわよ」



木偶を3メートル先に設置し、まずはクジャク石を嵌めて試してみる。



「ヴォント!」



呪文を詠唱し、杖先に力をこめる。

そよ風が手前に発生し、わずかながら標的が震えた。



「……これだけ?」



当然といえば当然。先生役がいないと魔力の蓄積は難しく、経験も積めない。承知の上での独学だったが、あまりのしょぼさにげんなりする。



「いやー、思ったよりしょぼいわね……」



試すように鉄鉱石を嵌める。こちらは地属性の初等魔法が使用できると聞いている。



「……サーベレ」



小さな砂状の結晶が出現し、標的にこつこつと当たっていく。

……これも地味でしょうがない。もっと派手な魔法が欲しい。

最後の切り札的にとっておいた正体不明の水晶を杖に嵌める。……なんとか、小ささに合ったようだ。



「これはどうすればいいのかしら?」



試しに杖を振るってみる。特に……何も起こることはない。



「これ……不良品?」



確かに魔法は出るだの聞いたような気もするが、どうなのだろうか。

標的はびくともせずに佇んでいるだけ。



「あれ……何とか言いなさいよ!」



投げやりに杖を振るっても何も出ることはない。

じきに何も起こさないコイツに腹が立ってきて標的に近付いた。



「どうなってんのよ~!」



木偶に杖で殴ろうとした瞬間、首からボキっと折れてしまった。



「ぎゃー!?」



あまりの唐突さとホラーさにその場にへたれこんでしまった……。

とはいえ、これはどういうことなのだろうか。実際に殴ったわけでもないのに木偶が首から折れてしまっている。



「ど、どーなってんのよこれ……」



残った下半身を少し離れた場所から打つ。まるで銃弾のような細かい粒が目的物に付着した。近寄ってみるとガラス片のようなものが散らばっている。



「……ガラス?」



触れた感触は砂粒に近かったが、どこか硬い何かが含まれているような気がする。



「……変なの」



その夜帰って調べてみても、有益な情報は見つからなかった。

明日瑠璃を呼び出して早速自慢しに行こうと、そう誓った。



「アンタ、そんな杖持ってたっけ」



「これはずーっとお部屋に飾ってたものなの!」



ふふん、とぎゅっと杖を抱くと呆れたように腕を左右へ広げた。



「アンタが魔法使いだなんてね。想像もつかないわ」



「むっ、じゃあそこで見ててよね!」



むっとした表情で目先の木偶に向けて杖をふるった。



「ヴァーレバールっ!」


数秒経ってから目標に複数の穴が開いた。あれから魔導書を読み(文字はわからなかったが図で学んだ)、イメージトレーニングをして(ただ寝てるだけ)、ここまでの完成度(大したことない)に至った。



「……どう?」



「……ま、最初にしては上出来なんじゃないかしら」



「!」



素直に褒めてくれた_と思っていたのだが。



「でもね、これくらいできなきゃ魔法使いとは言えない……のよっ!」



指先の紅玉が一瞬光ると、木偶は音を立てて爆散した。木っ端みじんとはまさにこのことだ。

呆然とする私を前に鼻を鳴らす瑠璃。初めて本場の魔法を見た。



「あ、あつっ」



「いい?この世界では強い魔法が使えるのが権力を持てるの。

この程度で驚いてちゃだめね」



あくまでもこれは彼女にとってはまだ序の口らしい。



「そ、それなら私だって!」



新たに生み出された木偶の側に駆け寄り、大きく杖をふるった。



「えーいっ!」



バットスイングをするように一閃する。相手は真っ二つに割れた。



「……は?」



「ふふ、どう?」



口を開けて立ち尽くす瑠璃。追い打ちをかけるように杖を振り下ろしばらばらに砕け散らせる。



「これが私の実力!……かな!」



少し自信ありげに歯を見せるが、瑠璃の反応は称賛ではなかった。



「ふふ……あはははっ!何それ!それが魔法?ただ殴ってただけじゃないの?」



「うっさい!殴ってなんかないんだから!」



ムキになって反抗するが、彼女はびくともしない。



「ならアタシと戦って実力を測ってみる?」



「……っ!」



冷や汗が背中を伝う。相手は火属性、こっちは……無属性__?いや、聞いたこともない。

恐らく正面からぶつかっても勝ち目はない。



「この程度で魔法使いだなんて名乗らないで。まだまだ勉強不足ね、近々音を上げて諦めるんじゃないの?」



一蹴すると反対方向へ飛んで行ってしまった。

お互いに木偶は壊したが__明らかに結果が違った。そうだそうだ、相手は中等魔法を修得している。でも、そんな理由で負けを認めては子どもだと思われる。



「っ!もう!何なのよアイツ!」



遠距離はおろか、近距離なんて聞いたこともない。もっと強くなって見返してやらないと。そう思いながら夜の魔女会へと向かったのだった。


「物理魔法?」



提示されたのは“物理魔法”。そも、物理と魔法は相反するものだ、との定義が一般に言われており、現実的には不可能だと言われている。



「それって、この杖が原因ってこと?」


「うーん、それじゃあなくて、その水晶が原因じゃないのかしら」



「これ?」



杖の先に付いたきらきらと光る水晶のようなもの。これに問題があるとすれば、大した発見になるのではないだろうか……



「でも、接近戦でしか使えない魔法なんて不必要じゃない?」



不満そうに軽く愚痴を叩くと、年老いた魔法使いが口を開いた。


「魔法は遠距離だけが全てではないさ。近い間合いで戦える魔法も魔法使いにとってはとっても大事。近距離魔法を覚えておいても悪いことはないと確信してるさ。それがどんな魔法でもさね」



ゆっくりとした口調だが、言葉には経験が語っているような重みを感じる。遠距離も学べばいいんだ、といって物理魔法が存在するものなのか、英乃は混乱した。



「物理魔法なんて聞いたことないわよ。こんなので魔法使いになれるなんて信じられない!」



自分の思っていたものと違った_魔法学校に入って退学理由の1位。座学から始まり、実際に触れるのは入って約半年後のこと。まるでボール拾いだけの部員みたいだ。



「私はもっと派手な魔法が使いたいの!」



勝手が違うが、もっと派手な魔法が使いたいと英乃は思った。ただ物理で殴るだけの魔法なんて傭兵や騎士で十分。魔法使いである必要は無くなってしまうのだ。

魔法を修得する、と意気込んだ以上は派手で威力の高い、なおかつ実用性のあるもの、とだいぶわがままな要望を彼女は押し付けている。


「英乃ちゃん英乃ちゃん……塵も積もれば山となる、って言葉を知ってるかしら?」



「“チリツモ”なら知ってるわよ。それがどうしたの?」


「魔法は小さいことの積み重ねよ。それがやがて大きな花を咲かせることになるの」



「……」


「はじめはみんなダメだったし、何度もやめようと思った瞬間もあるはず。それでも諦めずに続けたからこうして立派な魔法使いになれてるのよ」



「……うるさい!私は今すぐ使えるようになりたいの!

 こんなことやってても立派な魔法使いにはなれないわよ!」



意見がぶつかる中、近道などないというのに一瞬にして出世を目指そうとする自分。



「もっと派手で強い魔法を使えるようになる方法はないの!?」


「うーん、困ったわね……」



大人ですら彼女のわがままっぷりに手を焼いてしまう。遠目から何も話さずに眺めていた瑠璃がとうとう口を開いた。



「魔法に近道なんて存在しないわよ。そんな半端な気持ちだったらやめちゃえばいいんじゃない?」



「なによアンタ!」


「瑠璃ちゃん、あんまり言い過ぎちゃ」



「コイツには言ってやらないと効かないと思います。態度もいい加減だし」



「アンタは黙ってなさいよ!」


「うーん……」



幼馴染特有の喧嘩と言えば喧嘩っぽいが、魔法が使えるようになると訳が違ってくる。この街では魔法を犯罪に使おうなどご法度だ。即座に魔力を制限されてしまう(らしい)。喧嘩だけならば可愛いものだが、命の危険が脅かされてしまう場合にもなりかねない。



「とにかくアンタが一流になるまではまだ早いわ。独学で修得しようとする姿勢はいいと思うけど、少しは立場をわきまえなさい!」



「わかったわよ、このバカ!」



扉を勢いよく壊れるぐらいの力で閉めた。残った面々は気まずそうな雰囲気に包まれる。



「……はぁ」


「瑠璃ちゃん、少し言い方がきつかったんじゃないかしら」



女性の魔法使いはあくまでも大人の立場として柔らかな口調を崩さない。

瑠璃は反省しているのかわからないが口をすぼめた。



「……アイツは魔法をなめてると思います」


「っていうと?」



「そんなに簡単に魔法が修得できるなんて、思わないんです。そんなことが可能なら、アタシが下になっちゃう気がして」


「……瑠璃ちゃんの気持ちはわかるけど、英乃ちゃんも英乃ちゃんなりに努力してるから、どっちが下、なんて比べるのは控えましょうか」



「…………はい」



瑠璃はかなり焦っていた。

魔法を使うことを楽観視している英乃と、絶対主義的に魔法は学校で習うべきと唱える自分。しばらく黙っていた年老いた魔法使いが不気味な笑い声をあげた。


「クククッ……あの子は“何か”持っているね」



「……?何を持っているのですか?」


「そりゃ、アタシにもわからないさ。ただね、ディヤモン公の血を継ぐ者として何か特別なものを持ってんじゃないかと思ってねぇ。これはただの憶測だよ」



「……」



認めない。

そう、口にしようとしたが良心が許さなかった。

“魔法使いは正規の魔法を修得していなければならない”

そんな記述はどこにも存在していないのだ。



「はーむかつくむかつく!」



杖を頭上でくるくると回しながらさっき起こった出来事を振り返る。

物理魔法と称されたものをバカにされ、お前にはまだ早いと言われ、近道などないと言われた。大人も幼馴染もどれだけ冷たいのだろうか。



「時間をかけずに修得する方法……あ」



思えば、自分の修得したい魔法を考えていなかった。柘榴に言われた“属性”を決めていなかった。伝えによればおばあさまの“地属性”というものは大地の力を得て自然の力を主とするものだったらしい。……正直これはぱっとしないし地味だ。


「属性、属性か」



瑠璃は火属性。ガラスなぞ属性もクソもない。派手で威力の高い魔法と言えば火属性や水属性、風属性などだろうか。すべて試そうと言ったが、すべて試していては時間が足りない。



「……私も瑠璃と同じで火属性でいってみようかな」



あまり気は乗らないし、地味な“無”属性はもうたくさんだ。まだなにか手っ取り早い手段がないか考えていた、その時。

郊外で悲鳴と何かの鳴き声が聞こえた。



「っ!?な、何!?」



無意識的に杖を持って街へ出ると、そこには黒い異獣がぱらぱらと点在している。



「あれって……」



コヨーテ。狼型のモンスターだが、噛みつかれるとひとたまりもない。逃げまとう人々で街は混乱し、英乃は何もできずにただ茫然と立ち尽くすだけ。実際モンスターを見たのは初めてで恐怖心で動けなくなってしまっている。



「っ……!」



こちらに向かってくるのが一匹。よだれをたらしながら猛スピードで突進してくる。



「……やってみるしか!」



迎え撃つ覚悟はないが杖を正面に構える。

いざ10メートル、5メートルと近づいてくると急に怖気づいてきた。



「……や、やややっぱり来ないで!!」



目をつぶり思い切って避けながら杖ごとぶん、と身体を振った瞬間。

目の前の異形は殴られたように吹き飛んでいき、一目散に逃げようと背を向ける。



「あ、あれ……?」



まさかこの杖が?

いや、確かに木偶はぶっ壊すことができたけれども、信じられない。

でも、気づけば足は前に進みだしていた。

_いける!



「やあぁぁっ!」



怖いなんて気持ちはもうなくなっていた。街へと向かうと、数匹がこちらの気配を感じ取って向かってくる。

数では不利だが、力ではこちらが圧倒している。

_いけるっ!



3匹を葬ったあと、最後の異形に手をかけようとした瞬間_。


「もらった!」



「きゃっ!?」



突如自分と異形の間にすさまじい爆風が発生した。



「けほ、っ……なになに、何なの!?」



強打した腰をさすりながら目線を上にあげると、見慣れたスカート姿がひらひらと風になびいていた。



「……瑠璃」



仁王立ちするアイツは堂々と私を見下し、指先の紅玉が太陽の光と混じってギラギラと狂気的に輝いているようにも見える。



「アンタ、ウザいのよ」



すっと飛び降りると、一気に距離を詰める。



「アンタみたいなトーシロに魔法使いが務まるなんて信じられない。そんなのアタシは認めない!」



「あの、えっと……」



「アンタが魔法使いだなんて百年早いわよ。いいかっこして認めてもらおうだなんてもってのほかね」



「そんな、そんなつもりなかったんだけど」



「うっさい。魔女会で報告してぐちゃぐちゃ言わないでよね」



「……はぁ!?」



これにはさすがに腹が立った。

せっかく初めてのモンスター討伐、半ば事故だったがこれが報告されずにすべて瑠璃の手柄になってしまうのは許せない。



「私は正式な契約もしたし魔法を使ってモンスターも倒した!それがチャラになるっておかしくない!?」



「アンタは確かに正式な“契約”はしたけれど正式な“魔法使い”を名乗るにはまだ早いわ。魔女会のおばさまたちは後援してくれてるらしいけど、アタシを倒せなかったら名乗らないで」



「な、アンタなんて倒せるわけ……」



すると瑠璃は目を細めてにやりと口角をあげた。



「はっ、闘う気もないならもう名乗らないでくれる?アタシとしてもココのテリトリーを奪われるのは嫌なの」



「テリトリー?」



「はあ。アンタそんなことも知らなかったのね」



あまりの無知さにため息をつかれた。

どうやらこの地域では瑠璃がモンスターを狩っているらしい。



「そこにアンタが加わったら成果も単純に二分の一になっちゃうじゃない。大魔法使いの称号が遠ざかっていくのは嫌」



「でも、倒したのは私じゃ……」



「だから全部アタシってことにするから」



「だからダメって言ってるでしょ!」



「おっと」



殴りかかろうとしたが、瞬時に後退し指輪を煌めかせる。



「アタシと勝負しようっての?

 面白いけど、これで負けたら手柄は全部アタシのものだかんね」



「……やってやろうじゃない」



「今からでも契約破棄すれば痛い目を見なくて済むんだけどね」



怪しげに笑う彼女からはとてつもない自信を感じる。

素人相手に話にもならないと意気込んでいるのだろうか。

だったらこちちは今出せる力を全力で発揮するまで。



「買ってやるわよ、その喧嘩」



「はんっ、後悔して立ち止まらないことね!」



指をぱちん、と鳴らすと辺りに透明な空間を作り出した。

人目に付く場所での戦闘もあるため、こうして異空間にて戦闘を行うことも多々ある。

この空間に来たのも初めてで戸惑っていると、前から火球が飛んできた。



「うわっ!あ、ああ危ないじゃない!」



「アンタが喧嘩買ったんでしょ!本気で来なさい!」



「くっ……ふぅっ!」



距離を詰めて杖を振るうが紙きれのように躱されてしまう。

ハエのように躱し距離を取られると先ほどの戦いも相まって体力も直ぐに尽きてくる。



「はあっ、ふー……」



膝をついて持久力を回復していると、なめかかったように歩いて自分の前に立った。



「ま、所詮トーシロはこんなもんね。一発喰らわせれば終わるかしら」



「んなっ……!?」



「終わりね」



足を発光させ、地面をけり上げる。

次の瞬間、地面から火柱が上がり英乃は全身が包まれる前に身体が吹き飛んだ。

背中から地べたにたたきつけられる衝撃。負けた、と実感した。



「……情けない顔」



顔を覗きこまれると反射的に顔を逸らす。

悔しい。負けた。手も出せなかった。



「今回はアタシの手柄ね。アンタ、魔法使い向いてないわよ。近距離がどうのとかおばさまが言ってたけど、あんなの聞くだけ無駄よ」



(……ひどい)



自分から見れば圧倒的な強さを持つコイツは今の自分では全く通用しない。

無力感に苛まれると自然と涙が出てきた。



「っ……う、うぅ……」



「ふっ、あっははは!アタシに負けて泣くなんて……どんだけ弱いのよ!」



物理魔法は馬鹿にされたし、ただコイツに勝ちたいという気持ちだけが湧いてくる。



「私は……絶対にすっごい魔法使いになってやるんだから……!」



「あれ、まだその気持ち消えてなかったの?根性だけは認めてあげるわね」



空間を元に戻すと、こちらに背を向けてすたすたと立ち去っていく。

しばらく立ち上がれずに泣いた。たくさん泣いた。

属性や距離適性がどうとか、今はそんな事どうでもいい。絶対に強くなって見せると、そう誓う。


「……絶対に!」


生まれてこの方戦いをしたことがなかった自分にとって目がぐるぐる回るような一日だった。

幼馴染に負けた。

中等魔法を修得しているから当然。そんなもの言い訳に過ぎない。

属性のことや魔法使いへの出世など考えていたが、今はそんな事どうでもいい。ただただ強い魔法を使えるようになりたい。物理魔法をバカにされたくない。

目指す道は決まった。“物理魔法で大魔法使いの称号を得ること”だ。

たまたま修得してしまったものが自分の肌に合うかはわからないが、バカにされたのならば鍛えて報復を受けさせる自分の信念だ。



「……とは言っても」



目立ったけがはなかったが今でもアスファルトにたたきつけられた痛みが残っている。

散々な結果に終わったが、これからどう強くなっていけばいいかわからない。単に独学でもセオリー通りにはいかないということは薄々感じ取られる。



「……学校かぁ」



魔法学校。

高等学校を卒業した途端、トレジャーハンターを目指したがどうにも未練が残ったまま終わりそうだ。しかしながら錬金術に宝石は必須級。おばあさまの残した遺産を読み解くには魔女語も必須級……

魔法学校なら、すべて学べるかもしれない。



(そもそも自分が魔法使いに憧れたのって……)



おばあさまへの憧れ。偉大な力と権力。

それを手にするためには一から学び始めることが有効なのか。


『魔法は小さいことの積み重ねよ。それがやがて大きな花を咲かせることになるの』



(……チリツモ)



“塵も積もれば山となる“……



「……ばかばかしいけど、やるしかないかな」



物理魔法がばかばかしいなら、自分が変えてやるだけ。

それらすべてが自分の糧になるならば。



「ママ、私魔法学校に入りたい」



瑠璃に負け、物理魔法を取得したい旨を伝えた。母はしぶしぶ“お金が稼げるならば”、とOKしてくれた。



「これで準備は整ったかな」



魔法学校は10月に始業式が始まる。桜の季節とは程遠い。

大魔法使いの末裔だということはおそらく知られてはいない。何の才能もなく入学していたとしても年齢以外は問題ないだろう。

見る面々は自分よりひとつふたつ下の子がちらほら。英乃も見た目的にはまだ女子高生と間違われてもおかしくはない。

教室にて待機していると、アロマなにおいが教室中に充満する。いつの間にか教壇には一人の女性が立っていた。



「みなさんはじめまして!私が担任兼実習担当の翡翠だよ。風属性をメインに扱うけど、希望に添えられればほかの属性も教えられるよ。よろしくね!」



ショーのような魔法で実習を仕切る、と評されているこの短髪の女性教師は甘いマスクで女性人気もありそうなくらいの美しさだ。緑色の輝く瞳は見る者を魅了する……英乃も思わずはっと息を呑んでしまった。



「石川英乃さんは……へえ、物理魔法希望、ねぇ……私が教えられる範囲じゃないから希望に添えないかもしれないけど、大丈夫かい?」



「そ、それでいいです」



物理魔法なんて聞いたことない、そんなことを言いたげだと感じた。

自分が知っているのならばそれでいいのだ。周りの目なんか気にしない、気にしない……



15歳から入れる魔法学校は所謂高等学校の専門的な知識を学ぶ場所であり、アレグリア都市にて独自に建設されたものだ。施設はすべて国が管理しており、校庭なんかも先祖の庭よりも広い。ひとつの街のようになっている。実は魔力を帯びる施設は魔法学校の範囲だったことは入学してから知った。



「……」



木陰のベンチに座り、辺りを見回しても自分くらいの年齢である生徒は見えない(見た目で判断しちゃだめだけどさ)。

そのため、この魔法学校には早期卒業が存在する。通常は3年間制であり、瑠璃も3年で卒業し、卒業証書に印を押され正式に魔法使いを名乗っている。年に2、3人いるかいないか程度のようだが、それでも偏っての選出は稀らしい。



「……暇」



今までだらだらと過ごしてきた日々が続くのかと思えば暇でしょうがなかった。座学も実習も満足いくものなのかもわからないし、ここでぬるま湯につかりきっては自分がさらにダメになってしまうだろう。

そのために行動を起こそうとは考えているものの、3年という月日が束縛して全くやる気を引き起こしてくれない。そのため、早期卒業を目指すことを決めた。



「よいしょっと……」



重い腰を上げると人気の少ない図書館へ向かう。

物理魔法にどれだけの書物があるかどうかを調べるためだ。



薄暗く、今にも肖像画が動き出しそうな雰囲気を醸し出すこの図書館はいかにも映画に出てきそうなくらいの本棚が4メートルほど連なっている。人もまばらで寝たり勉強するにはうってつけの場所かもしれない。



「物理……物理……」



どこかしこも物理学の書物ばかりだ。教科用図書のようなものが多く、見つからない。すこしでもふわりと浮けたら表紙が見やすいのに。

足元の物理本を試しに一つ手に取ってみる。専門的なことが図と共に魔法のメカニズムがずらずらと書かれている。わけがわからない。戻す。

図書館はこんなものばかりなのかと英乃は感じた。こんなものを頭に叩き込んでいる化学者はきっと勉強中毒になっているに違いない。



「なんでこんなわかりにくいのよ……」



半ばあきらめつつも時間は余っているので歴史の棚に目を向ける。

たくさんの聞いたこともないお偉いさんや魔法使いの名前がたくさん並んでいる。その中に見覚えのある名前が横切った。



「……D=ピエール……」



手に取り表紙を見てみると、見覚えのある顔がとびこんできた。



「おばあさまだわ!」



ついつい大声を出してしまった。気まずさを演出しながら宙でふわふわと本を浮かし、喜んだ様子で家路を歩いた。



家に帰った英乃は早速本を読むことにした。さすがは伝記といったところだろうか、子どもでも読みやすいようになっている。



(“ピエール=ディヤモン公は大魔法使いとして知られており、地属性魔法の開拓者である”……)



これは既知の事実。ただし自分はこれしか知らない。どんな功績をあげたか、どんな人物像であったか。今、真実を知ろうとしている。次のページをめくる。



(“大地の力を授かったとされる彼女は如何なる生物にも良心があるとし、だれ一人傷つけることはなかった”……)



魔法を何のために修得したのだろう。

この文だけ見ても理解できない。次のページをめくった。



(“その傍らディヤモン公はアレグリア都市を統治しつつ、新たなマテリアル生成に励み続けた”)




「魔法を錬金術に使用してたってことかしら」



魔女文字は解読できないが、確かそんなことがあった気はする。

錬金術で宝石をマテリアルに。そのマテリアルを街のために。

……私の目的と似ている?まさか。お金儲けのためではなかろう。



(“今なおアレグリア都市に根付く信仰文化はディヤモン公譲りのもの……”)

「……うーん」



……難しい。本を閉じる。

宗教がどうとかはわからないがおばあさまが街の発展のために取り組んできたことはわかった。ただ、これが自分の魔法使いであるべき姿勢なのかはわからなかった。



「宝石、魔法、錬金術……」



机上のダウジングロッドを浮かせて直に触れる。鉄製のお守りだ。

おばあさまが残したとされるものだが、これが何をなしているのか正直秘密が隠されているとは思うがわからない。



(……魔法を学ぶことに意味ってあるのかしら)



あくまでもこれはおばあさまの記録で、私が作り出すものではないと英乃は思った。

宝石集めは自分が勝手に始めたものであって、魔法を学ぶのも自分が勝手に決めたこと。瑠璃に勝って物理魔法の良さを伝えることは自分の本当にしたいことではない。

“おばあさまみたいになる”。……では、どうするのだろうか。基準は?資産の多さ?

もう一度本を読みなおし始める。何かのヒントが得られないか。どこかに解答はある。そう信じて続きから。



(“その後、彼女は教会にて魔法の有用性とモンスターとの調和を説いていた”)



どんな魔法を使っていたのか写真などが残っていないのがどうもはがゆい。

攻撃性のあるものだったのか、はたまた便利さがあったようなものなのか。

ただわかっているのは地属性だったということだけ。



(“そうしてディヤモン公はこう説き続けた”)



『世のため、人のためになれる魔法使いであれ』、と。



「世のため人のためって……具体的には?」



(聖母のように寛大な心を持つ……間違ってないけど自分の筋合いとは違いそうね)



攻撃は最大の防御ともいう。しかし攻撃魔法を修得していたとは解釈しづらい。本当に本当に善人であっただけなのだろうか。そう考えると自分の“おばあさまみたいになる”という意味合いが違ってくる。

答えが見つからない。本と目を閉じる。



(私は……“おばあさまみたいになる“意味合いがわかっていない)



この広大な土地と魔法が存在する学校で、自らの進路を見つけ出さなければならない。

自分ではあまりやりたくない方だったが、これではっきりとした気がする。



「よいしょ……っと」



腰を上げると杖を持ち学校へと歩き出す。もうじき夕暮れが迫っているのだが、そんなのお構いなしだ。



(私は……おばあさまを超える存在になって見せる)



復讐心と野望。優っているのはどちらだろうか。どっちもなんて欲張りなことはしてはいけないなんて書いていない。どちらも自分がやりたいようにするだけだ。

……それがたとえ、おばあさまの考えにとらわれていたとしても。



友達を作るなんてのんきなことはやってられない。自分のやりたいことをやろうと英乃は思った。



(苦手だけど、本を読むことは学費を吸い込むにはちょうどいいのかも)



図書館は毎日の引きこもる場所に最適だった。

物理魔法に関する書籍はとても少ないが、自分の知識の幅を広げるにはちょうどよい。

ただ難しいことが書いてあるのも事実で、専門知識がないので投げ捨てたものがあるのも確か。その他にも宝石のことや魔法の根源、哲学的なものも自分なりに吸収した。あっという間に1週間、1か月と時間が過ぎていく感覚。インプットだけでなくアウトプットもしていきたいのだが……



「やぁぁっ!」


(シーン……)



「……も、もう一度やってみようか」



「な、なんでなんで!なんで出ないの!」



実習がダメダメな成績なのだ。

なぜかはわからないが皆と同じように念じてやっても魔法は出てこない。自分よりもふたつみっつくらい離れているというのに。



「もっと指先に力を込めて。こうやって」



翡翠は木偶に小さなステッキを向けると、小さな水球を繰り出した。

泡の粒は木偶の頭を濡らしていく。



「できるかい?」



「むむむむ……えい!……えい!」


(シーン……)



「……出ない」



「あはは……これはあまり向いていないのかな」



実習がだめでも、座学の授業ではほとんどが新鮮だった。

化学を初めて習った時のわくわく感がよみがえった感覚。まず魔力を帯びるということから、根本的な世界のことわりを教わった。……ただ、これもそれといった知識も得ることなく、本の虫からすると退屈な授業だろうなと感じる。

それでも学ぶことは多く、家に帰っても十分に復習が楽しめた。魔法を学ぶことに楽しさを見出していく。



魔法学校での生活にも慣れてきたとき、自分の魔力は何か特別なモノなのではないかと感じ始めた。唐突な話だが遠距離魔法が全然でないし、訳の分からない物理魔法が使えるという、自分の才能に違和感を覚え始めた。



「英乃さん、すこし時間はあるかい?」



「はい、なんでしょうか……?」



「ちょっと貴方のことを聞きたくてね」



英乃の担任である翡翠は物理魔法の修得を目指す積極性を評価すると同時に実習の英乃の魔法の不発さに頭を抱えていた。あくまでもここは魔法を養成するための学校なのだから、あちら側としても面子が保てなくなってしまう。

小部屋に移された英乃は選択希望の紙をすっと差し出された。



「私の魔法、ですか?」



「物理魔法希望って書いてたね。あれは本意かい?」



「……はい」



英乃は魔法学校に入るまでの経緯と生い立ちを簡単に説明した。正規の魔法を修得してバカにされないような存在になりたいこと。自らの野望、おばあさまのような存在になりたいということ。どちらもわがままな要望であったが、目前の教師は深く頷きながら真剣に聞いてくれた。



「…‥事情は分かった。でも……物理魔法が本当に存在するものだなんて幻だと思ってたよ。バカにしてるわけじゃなくて、本当に修得したい心がけがあるかどうか聞きたかっただけなんだ」



「私もあれが物理魔法だなんてわかりません」



でも確かに、あれには手ごたえを感じている。魔物をぶん殴って吹き飛ばす感触。あれは直接触れたわけじゃあないのに、感じたんだ。



「自分の武器はある?」



「あ。あります」



かばんの中から細長い棒状の杖を取り出す。杖先に水晶を嵌めたものだ。一般的に使われているものよりは少しだけ小さいし学校においてあったステッキ状のものとはまた訳が違った。



「ちょっと触らせてもらうね」



そのまま杖を渡すと、翡翠は水晶をじっと見つめて指を触れた。



「へえ……きれい。これ、魔力を感じる」



力をこめると水晶がほんのり青色に光った。



「この水晶はどこで買ったの?」



「あ、えーっと実は……私宝石集めもしてて、そこでたまたま拾った石なんです」



「原石……?」



そのままこくりと浅く頷いた。しかし反対に翡翠は首を傾げている。



「原石って魔力を与えることはできないはずなんだけど……この水晶って何なのか知ってる?」



「えっ、あー……調べてなかったです」



あの時、ただきれいだからといって何も調べていなかった。まさか、大きな効能があったなんてことだったら大騒ぎだ。



「ちょっと見てみたいから今度それを使って魔法を繰り出してみてほしいな」



「……わかりました」



しぶしぶ了承したが、マンツーマンで行うようだ。それを聞いた英乃はほっとした。皆に見られて笑われ者になることを恐れていたことは免れたようだ。



実習を行っていた練習場は昼夜魔法の練習に勤しむ生徒がたくさん存在する。そのため貸し借りを上層部にサインを願うのだが、これが巧妙な手で突破されることが多い。ひねくれものも多いようで、他が貸し切りだったため高等魔法の練習場を借りることにした。

設置された木偶は特殊な力で再生されるようになっている。さすがの設備というか、感心するほかなかった。自分のところは壊したら頼んでもう一度錬成しなければならないのだから。



「ここの経済力どうなってるんですか……」


あまりの広大さに苦笑してしまう。自分ごときが使ってもいいのかと思い込んでしまった。

いかにも楽しそうな表情を見せるのは隣にいる翡翠だ。



「上層部にね、ものすごい人がいるんだよ。錬金術のエリートさんがね」



(……錬金術の……)



ここは魔法だけではなくその他の学問もあるのか、初耳だ。



「その人から錬金術を教えてもらうことって可能ですか?」



しばらく考え込んだのち、苦笑しながら首を傾げた。



「うーん、どうだろうね。でもその意欲は嫌いじゃないと思うよ」



そろそろ、と自前のステッキを取り出す。



「キミの魔法を見せてもらおうかな」



「わかりました」



遠くに見える木偶へと走りだす。

実際のところは魔法でどかん、といってほしいところだろうが、自分の魔法が魔法のためこうして走って目標物に近づくしかない。



「ふうぅっ!」



ハードルを飛ぶようにジャンプし、木偶に対して縦に杖を振り下ろす。

2メートルほど後ろからの衝撃波は人工芝を抉り、目標物を一瞬で真っ二つに割った。



(……へえ、あれが物理魔法か)



英乃は横に並べられた木偶に間髪入れず近づき、薙ぎを繰り出した後振り上げる形でフィニッシュ。その頃にはすでに息が切れ、その場にあおむけに倒れこんだ。



「はあ、はあ……どうでしょう、か」



「うん、素晴らしい出来だね……ちゃんと見ていたよ」



ゆっくりと近づきながら壊れた木偶の欠片を拾う。

どれもハンマーでたたき割られたような粗さが残っていた。



「これ、触れたわけでもないのに……すごいね、キミはもうすでに立派な実力を持っていると思うよ」



「……あ、ありがとうございます」



しばらくの間、練習場には無言の時間が続いた。



「……ディヤモン公は、キミにどうなってほしいって言ってたんだい?」



屑と化した木偶を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。



「……“世のため人のためになれる魔法使いであれ”って、言ってたそうです」



「……」



杖を見つめながら、細目で問う。



「“キミ自身”は……どうなりたいんだい?」



(……私自身、ね……)



「世のため人のため……それもいい目標かもしれない。でも、キミが本当にやりたいことはそれなのかい?」



(私は……)



「今回見せてもらった魔法は途轍もなく強力な魔法に仕上げられ、立派な魔法使いになれる素質は十分にあると私は思ってる」



(……!)



金銀財宝を掘り当てて財力を持ち、新たなマテリアルを生成する。それがやりたくて魔法使いを目指した。瑠璃に復讐するなんてのは目先の目標であって、大きな目標ではない。

ただ、この魔法を修得したからと言って“世のため人のため”になるのだろうか__?



(……)



「まあ、言い出せないこともあるだろうし、それはキミの心に留めておいて。私も協力できることは何でもしてたいから、その時はいつでも呼んでね」



「……えっと」



「?」



背中を見せる彼女の袖をそっと掴む。

これがどう転ぶかはわからないけど、今はとても“誰かに認められたい”。



「……もっと、私の魔法を見てほしいです」



「キミが望むなら、とことん付き合うよ」



物理魔法を極める__。その目標は “大魔法使い”になるために必要な過程かと問われればわからないが、これも自分のためだと思って。

“チリツモ”。自分の信念は必ず貫く、輝く日を信じて。日が暮れ、クタクタになるまで英乃のショーは続いた。


「……んがっ!?」



次の日の朝。

筋肉の痛みで目が覚めた。急いで準備をするが、今日が休みだったのが幸いした。

ゆっくりと痛む身体を横にする。



(……あの時の先生の目、すっごくキラキラしてたな)



『素晴らしい出来だね』



(先生は認めてくれた、私の物理魔法)



少しだけ、筋肉痛の痛みが気持ちよく思えた。



“塵も積もれば山となる”。

魔法は繰り返し学び、実践することで成長することができる。

本当か、と思っていたその言葉は次第に手ごたえを感じていけるようになっていく。



「……よいしょ……わ、わわっ!?」



杖を振るうと、跨っていた箒は勝手に暴れながらも宙で安定する。

軽々とこれを扱えるのだから、一流はすごいとつくづく感じる。



「うん、だいぶよくなったね」



ぱちん、と指を鳴らすと英乃を高所からふわりと着地させた。



「酔いそうです……」



「でも、かたちはいい感じだよ。これから高く飛べるようになろうか」



「……はい」



「じゃあみんな、次へいこうか」


魔法学校の生徒

「はい!」



「……」



ここはあくまでも魔法の基礎基本を教える機関。

それはわかっていたことなのだが、先日見た翡翠の顔はここにはない。まるで、別人のように模範的な先生を演じている。

実習が終わり生徒もいなくなった頃、翡翠に相談することにした。彼女も彼女で私のことを待っていたかのようにその場でメモを取っていた。



「……先生」



「英乃さんか。どうしたんだい?」



「……また、前みたいに見てくれませんか」



翡翠はくすっと笑うと、ステッキを取り出した。



「いいよ。今日は時間があまりないから、また週末で大丈夫かい?」



「……お願いします」



「またレベルアップした姿を見せてね」



「はい」



コンセンサスは取れた。後は自分の魔法をどうレベルアップさせていくか。そこが課題となってくる。

実際、この魔法学校に物理魔法を教えてくれる教師は存在しないと思った。あのおばあさまでさえ物理魔法は使っていなかったとすれば、まさに伝説のものである。



(どうしよう……)



また同じような魔法を見せると翡翠はがっかりすることだろう。

それでも今の実力以上のことを見せようと思っても難しい。約束はもう明後日というのに。



「あーっどうしよう!」



魔女会では、自分の物理魔法の噂はとっくに知れ渡っていた。どういうネットワークか知らないが、実力が伴っていることは周りも周知していた。


女性の魔法使い

「英乃ちゃん、物理魔法を修得できそうなんだって?すごいわねえ」


年老いた魔法使い

「アタシが生きてる間に見れるなんて嬉しいさねぇ」



「そんな、たまたまです」



「……ふん」



周りにちやほやされ、英乃を睨みつける瑠璃。

手のひらを返すとはこのことだろうか、物理魔法は英乃を象徴するかのように魔女会に知れ渡っている。正直、功績を上げなくとも一人前の魔法使いを誇れる地位に立てるのでは……だが、やはり彼女だけは認めてはいなかった。



「……英乃」



「ん?なあに?」



上機嫌にくるっと声の主に振り返る。イライラが募っているようなヤツの視線に、英乃は一瞬にして怪訝な表情へ変わった。



「アンタがやたら持ち上げられてるのはわかるけど、自分の能力を過信し過ぎないことね。まだ戦ったこともないんだから」



「私だって前に……っ!」



「……おい」



脅すようにきっと睨みをつける。その表情には殺意のようなものも感じられた。仕方なしに英乃は口を閉じた。



「……ふん」



やっぱりコイツは憎いヤツだ、と英乃は思った。

手柄は取られるし脅すしで幼馴染としては申し分ないくらいの厄介っぷりだ。もしもコイツがいなかったら自分がこの街の英雄になれていたかもしれないのに。


「英乃ちゃん?どうしたの?」



「……あはは、何でもないわよ」



(……あんなヤツ、早く挫折しちゃえばいいのに……)



瑠璃はまだ英乃の存在が怖かった。

突如救世主のように現れ、ますます力をつけていっているようにも見える。もちろん学校でのことも耳に入っていた。



「……ま、途中で投げ出したりしないことね」



「そんなの当たり前じゃない」



むっと睨み合う両者。仲はまだ修繕される気配すら感じられなかった。



「ムカつく~……」



部屋に戻った英乃は苛立ちと焦りを隠せないでいた。

いわゆる槌のようなもので、ただ殴るだけでも十分に力になっている。それならば剣術を習えばいいだけの話だ。魔法である必要はない。



(困った、困った……)



物理魔法以外はさっぱりだし、剣術なんて今更学びたくはない。この“杖”で別のことができないかと考えこむ。



(……そうだ)



さらなる力を得るわけではなく、防御面もカバーできるならばよい、と結論付ける。

こんな曖昧で少し考えこんだだけの結論を学校へ持ち運んでいく。



「へえ、回復や防御ねえ……面白そうだけど、その杖だけで完結するのかはわからないね」



「……そうですか」



じっと杖先の水晶を見やる。

自分の武器の形は正直どうでもいいが、できれば愛用しているこの杖を使いたい。使用感は悪くはないが使いやすくもない。



「キミが見つめているその水晶……一体何なんだろうね?」



「……何なんでしょう」



「たまたま拾った、って言っていたね。もしかすると“運命”かもね」



「運命?」



「うん。魔法使いには特異な属性が存在するよね。実はこれ遺伝的なものが関係しているんじゃないかって言われててね」



「はぁ」



「キミの両親は魔法使いではないが、祖母は大魔法使いだったね。系譜は地属性みたいだけど、キミはどの属性にも当てはまらない。随分と稀な事象かも」



どうやら水晶は自らの感性で選ばれたり、そういったものは遺伝的な問題が生じているかもしれないそうだ。しかしながら自分には何の属性にも該当しない。



「それって、まずいことなんじゃ……?」



「うーん、私も数年しか教えてないけれど、両親が魔法使いでない子はたくさんいたからね。だからできるだけ希望に沿ってあげたんだけど、ほとんど私が教え込んで風属性になっちゃったかな」



あはは、と苦笑する翡翠。



「それでも、キミみたいな子は存在しなかったね。普通に皆魔法が使えるようになったからね。キミは正直成長が遅すぎるから不思議だ」



「……ごめんなさい」



反射的に謝罪するが、翡翠は両手を前に突き出し横に振った。



「ああ、謝らなくていいんだよ、いいことだからね。キミが成長する過程は前から見せてもらっているからね」



「……ん」



「っと、話が長くなってしまったね……それじゃあ、今日のレッスンと行こうか」



「はい」



「回復魔法は専門外だけど、防御というか回避系なら私から少しだけなら教えられるかな」



ぱちん、と指を鳴らすと鉄製の人形が等間隔に並べられた。



「あれ……今日のは少し違う」



人型の鉄偶が、しばらくの間異音を立てている。

__次の瞬間。



「わっ!?!?」



水球が目の前に出現し、モロに顔面に喰らってしまう。



「瞬発力とスタミナの向上も図りながら防御魔法の練習をするよ、いいかい?」



「先生……出すなら言ってほしいです」



にこにこする翡翠は“水球なら大丈夫”といった感じだろうか。



「ま……先生、ちょっと、防御魔法なんて習ったこともないのにどうやって__わっぷ!」



「ほらほら、じっとしてると水被っちゃうよ。私が手取り足取り教えてあげるから、ついておいで」



「もう、速いのよ!」



軽い足取りで宙を舞う翡翠に翻弄されながらも、何とかついていく英乃。



「防御魔法は相手の球をはじくように前面に決壊を張るように出すんだ」



「は、はい……」



中央に出るとすでに体力は半分近くまで削られている。



「おいおい、まだ舞台に立っただけだよ?ちゃんと武器は構えておいてね」



思えば、すぐ目の前に敵を模した機械がこちらを睨んでいるように見える。



「……私を見ててね~……いいよ、攻撃して」



ステップを踏むようにステッキを回し、敵の攻撃を察知している。

次の瞬間、口から水球が繰り出された。



「こうやって……ね!」



ステッキを横に構え、はじくように一回転させると一歩手前で水球は破裂し、一滴も翡翠にかからなかった。



「先生……こう、じゃわかんないです」



「あっはは、大丈夫だよ!今みたいに、念じれば簡単さ。傘をイメージしてごらん」



そう言うと、翡翠は背後に回り腕を伸ばし、魔力を送った。



(……なに、これ。触れただけで何か感じる……)



「……できる気がする」



「そうだね、やってみようか」



改めて向き合うと、いつ発射されるかわからない機械を相手にどう立ち振る舞えばいいかわからない。



「敵はいつ攻撃してくるかわからないからね。ま、今はさっき私がやったようにすれば大丈夫だよ」



(……早く来なさいよ)



内心イライラしていると、突発的に発射してきた。しかもさっきのようなものではなく水鉄砲のようなもので。



「わわ、ちょっ、やっぱ無理無理っ__!」



避けながら杖をぶん殴る勢いで前面へ突き出すと、屈折するように水流は放出される。

弾いた鉄砲水は真上へ飛んでいき……天井に当たって水滴が落ちてきた。



「……あれ」



「こ、これはー……」



「ストップストップ、いったん攻撃を止めてくれ」



制すると機械は動作を停止した。あわや当たる、とすかさずとった行動がまさかの結果になった……。



「これは……反射してるね」



「うわー……」



さすがの英乃もぽかんとしている。対照的に翡翠は嬉しそうに困った表情をしていた。



「今は私が多少の魔力を送っていたけど、次はどうだろう。その杖だけでも完結していないか見せてもらいたいね」



「わかりました」



少々勢いを落とした水球を発射させるが、英乃はテニスラケットを振るような感覚で水球を弾き返していく。翡翠はさすがに面白いといった表情をしていた。



「ねえ英乃さん。その物質を調べてみる気はないのかい?上層の方に行けば調べて見れるかもしれないよ」



「……まあ確かに、気になるところではあるけど……」



「そこはキミに任せるけど、私は興味あるかな」



「私の魔法が……?」



「うん。義務である実習はあんまりだけど、こうして独自の魔法を持っているからね」



「独自の……」



「うん。もうキミは立派だと思うよ……武器は、ね」



「んがっ」



「あとはスタミナや実践を重ねていけば一人前になれると思うよ。私みたいにね♪」



ステッキをくと回すと氷の結晶を発生させた。まるでマジックみたいできれい。



「やっぱり基礎体力は必要なんですね」



「まあそうだね、そればっかりは魔法じゃ……どうにもできないかな」



あはは、と苦笑する翡翠。本人もそれなりに努力してきたのだろう。



「……それはそうです、よね」



半ば分かっていたが、半端な途中結果ではどうにも一人前になれないことはわかっている。三日坊主で終わるかもしれなかった鉱石集めも、魔法の練習もこれまでの自分が一番わかっている。



「……私、諦めません。強くなりたいです」



「うん。決めたからには頑張らないとね」



「……はい!」



杖先の水晶が僅かに煌めいた気がした。


「ふーっ……よし」



授業の始まる少し前。

英乃は早朝のトレーニングを行うために朝日が昇る前に軽めのシューズを履いて学校へ走り出した。

朝日が昇りきっていない冬の季節、スタミナをつけるにはもってこいだと思った。正門を抜けるとロッカーに荷物を収納して広大なグラウンドを自分のペースで走っていく。



(……こうして走るのはおばあさまのお庭以来かな)



魔法を使って英乃を驚かせてくれた存在。

そんな存在に近づきたいからこそ、アイツになんて負けてられない。

いや、先生にも、誰にも負けたくない。そして自分がこの世界で一番の魔法使いになってやると、そう誓ったのだ。



「……よしっ」



息を切らす瞬間にふと大時計を見た。6時を回ったところでもう一周することにした。



「……へぇ」



遠くで誰かの気配がした気がした。



「はあぁー……ほっ」



「よし、合格」



箒にまたがり、50センチほど浮く。始めは制御もできなかったものが今では軽く移動するくらいはできるようになった。

実習でも徐々に結果が出るようになってきたと感じた。学力はイマイチだが、実習では自分のポテンシャルを十分に発揮できている。……まして、自分だけ(と思われる)の魔法も修得している。

日々の鍛錬が目に見えて結果に出ている。手ごたえは十分に感じていた。

朝は走り込み、昼は学校、夕暮れは自主練、夜も軽く走り込み。無計画でわがままな自分がここまでできることも不思議だ。



「今日はどうしようか」



夕方、トレーニングメニューを組む英乃は“今日はある事をしたい”と提示したところ、驚くことなく翡翠は了承してくれた。



「私は構わないよ」



「……ありがとうございます」



「それじゃ、早速行こうか」



「はい」



それから冬が終わり、卒業の時期を迎える春の終わり頃。英乃は見違えるほどに成長したのは確かだが……まさかの魔法実習の秀でた能力によって早期卒業が決定したのだ。まさか、とは思ったが。



「……私なんかがいいんでしょうか」



英乃が一番の驚いた様相をしている。実感がわかないからだ。



「英乃さんが頑張ったからだよ。……素直に喜べないかい?」



その時、英乃は自分でもどんな顔をしていいかわからなかった。嬉しさは感じられず、どこか曇った表情をしていると思う。



(……それでも、素直に喜ぶべきかな)



「……いえ、ありがとうございます」


「おめでとう。ここからが本当のスタートだ」



「……はい」



英乃は一瞬だけ笑顔を作ると、一礼をして手を握った。

学園長からも新たなる魔法使いの誕生だと祝福され、実力も太鼓判を押された。



その日の夜、英乃は浮かない気持ちでいた。

1年間と半年がほぼあっという間に終わってしまった魔法学校。なんでも、卒業生だから授業以外の出入りは自由なので、本は読めるらしい。



(……でも)



アイツとの決着はまだついていないし、果たしたかった目標の通過点を通っただけに過ぎない。“一人前の魔法使いになった”、それだけは証として残ったが。



(私が目指していた道はこれで正しかったのかな)



今の自分の実力はいかほどか。正直……実感が湧かない。

ここまでほぼとんとん拍子に進むと思っていなかったからだ。自分を疑っているわけではなく、魔法学校に入ることについて英乃ながらに初心に帰って考えていたのだ。



(おばあさまは、世のため人のためになることをしてくれていた……)



ただ“強い”と一概に言ってもベクトルは大きく違う。

魔法が使えるのか、皆から慕われる存在になるのか、その他か。



(私のこの魔法が、誰かの役に立つの……かな?)



魔女会へは久しぶりの参加で、上機嫌を装って出席した。



「私、魔法学校早期卒業できました」


「えっ、早期卒業!?すごいじゃない!」


「またまた、若いもんは活発だねえ」



「……」



皆の反応は様々だった。祝福する者、おかしそうに笑う者、むっとする者。心の中では全員おめでとうと思っているだろう。おそらく。



「みんな、ありがとう」


「これで英乃ちゃんも立派な魔法使いね、これからどうするの?独り立ち?」



「……まだ何も」


「……?」



「何も考えてないわ」


「え?」



「……はぁ?アンタなに考えてるわけ?アタシに負けて……こほん、アタシがいるからって諦めついたわけ?」



さすがの瑠璃も呆れ気味と言うべきか、イラつきを隠せていない様子だ。

対照的に英乃はすっかり気持ちが抜けてしまったように、曇った表情をしていた。


「まあまあ瑠璃ちゃん。英乃ちゃんにも自分なりの考えがあるんだから。今はまだ迷ってる途中なんだと思うわ」



「……」



魔女会は終始、瑠璃は英乃だけを見ていた。いつもの活気のあるぴりぴりした表情はどこへやら、どこか上の空でぼんやりとした顔。



(……情けない)



解散した後、足早に瑠璃は英乃を引き留めた。



「……アンタ、これからどうするつもりなのよ」



「別に……もういいかなって」



「……はぁ?」



「そう言われても、私がおばあさまみたいに人のためになれると思えないし」



「……で?」



「だから、魔法使いになれた意味が見出せないってだけ。いいから一人にさせて」



「……アンタは」



「?」



瑠璃は顔を真っ赤にしながらまくし立てた。



「アンタは!おばあさまに憧れて魔法を修得したんじゃなかったの!?」



「……瑠璃?」



「いつもいつもおちゃらけて……アタシにバカにされてやられて悔しがって!アイツには負けたくないって気持ちがあって!」



次の瞬間、瑠璃は英乃の頬を思い切り叩いた。ぐらん、と英乃の体が傾く。



「そん時の気持ちはどこ行ったっつってんの!」



「……痛」



「……バカ」



目を腫らし、涙目で訴える瑠璃を、しばらく英乃はきょとんとした目で見ていた。

コイツはどうして泣いているんだろう。私が間違った選択をしていたから?何かまずいことでも言ったかな。それとも……



「……瑠璃」



「……何?」



ああそうだ、コイツに負けて悔しかったんだ。それに、まだこの水晶のことも何もかも置きっぱなしにしてたんだった。コイツに感謝しないと。

英乃は杖をすっとリュックから刀のように抜くと、正面に構える。



「ありがとう。目が覚めたわ」



「……はぁ、やっと思い出したのね。このバカ」



おもむろに指を突き出し、グを光らせる。



「ええ、まずはアンタと……決着を付けなきゃね」



「戦うのはこれっきりね。またアタシが勝って絶望しちゃうかもしれないから!」



空間を変化させると、一目散に英乃は瑠璃に詰め寄った。



「はっ、さすがに早期卒業できただけあるわね!」



「そんなこと言ってるとやられるわよ!」



「おっと」



力強く素早い横なぎはぎりぎりのところで瑠璃の肩をかすめた。

こんなに楽しそうな表情をするのはいつぶりだろうか。瑠璃もどこか意気揚々としている。



(……これが物理魔法……面白いわね)



「笑ってる暇ある!?」



猛攻をひらひらとかわし、十歩ほど間を取ると、瑠璃も指輪を輝かせる。



「次はこっちの番!喰らいなさい!」



横へ移動しながら火球を5球ほど英乃の方向へばらまいていく。英乃はカウンターを恐れ、大きく跳躍し間を取る。



「甘いわよこのバカ!」



杖を横向きに振るうとまるで球を返すように火球を跳ね返す。初めて見たならば驚くのが当然。



「……えっ!?わっ、こっち来んな!」



慌ててシールドを張ると次の魔法のために念を溜める。その瞬間さえ要らない英乃はやはり脅威か。大きく間を取ったはずが一気に詰め寄ってくる。



「なに準備してんのよ!」



「っ、この!」



指を弾くと、目の前に火球を繰り出した。初めに英乃をビビらせた技だ。英乃は冷静に距離を置くと、杖を横向きにして防御態勢に入る。



「……もう引っかからないのね」



「当たり前よ、もう私は“一流”なんだから」



「面白いこと言うじゃない、このバカ!」



準備が整ったところで足を光らせ、地面をけり上げる。



「喰らえっ、ブレイジングブレス!」



周囲の地面から火柱が上がり、一気に英乃を巻き込んだ。

視界が遮られるのが難点だが、ほぼほぼこれで決めてきた実績がある。しかし炎の真ん中にいた英乃の姿はなかった。



「んなっ……どうして!?アイツがあんな技……!?」



「……甘いわよ」



「ぐっ!上か!」



英乃の姿はすぐ真上にあった。

息を切らした瑠璃に詰め寄る。そして__



「もらった!」



「っ!」



反射的に目をつぶり受け身を取ろうと身構えるが、攻撃はこなかった。



「……あれ?」



ふっと目を開けると満面の笑みを浮かべた英乃がいた。

やれやれと呆れた瑠璃は静かに目を閉じた。



「……はぁ。さっさと決めなさいよ」



「ありがとう、さっきのお返し!」



思い切った平手打ちの乾いた音が、無音の空間に響いた。



「……で、アンタは結局どうするの」



魔女会を行っている教会の屋根で二人並んで座った。

顔を腫らした瑠璃がご機嫌な英乃に問う。



「うーん、まだ悩んでるけど……この魔法を必要としてくれる人がいるならそこにいきたいかな」



「……そういえばアンタさ」



「なぁに」



「最後のアレ、翡翠先生から教えてもらったでしょ」



一瞬きょとんとした英乃だったが、思い出すように手をぽんと叩いた。



「……ああ!なんでわかったの?」



「翡翠先生の使う魔法だったから。なんかの手違いかと思ったわ」



「さすが瑠璃、見抜いてたんだ」



「まあそうだけど……あの魔法がくるなんてわからなかった。アタシの負け」



目の前で見せられることのなかった高等魔法。英乃は特別に見せてもらったというのだ。

遡ること冬の季節。



『今日はどうしようか』



『……先生の魔法を教わりたいです』



うつむきながらつぶやくと、翡翠は嬉しそうに怪しげな目を向けた。



『……私の、どの魔法?』



『先生が教えられる最上級のものを学びたいです』



『へえ……私は構わないよ』



『……ありがとうございます』



『じゃあまずは初等魔法から……いや、今のキミなら初っ端高等魔法をおねだりするかな?』



この人はどこまでも不気味だ。何を言わせるか先を読んでいる。

しぶしぶながら声を絞り出す。



『……一から教えてください』



『ま、キミならそう言うと思ったよ♪』



満足そうに何度も頷くと、指をパチンと鳴らした。

ポケットから緑色のかけらが嵌められたグを取り出し、英乃へ近づいた。



『まずは、その“出ない”魔法を修得することから始めようか』



翡翠は実に楽しみだと言わんばかりに微笑んでいる。



『お、お手柔らかに』



『ではまず、足を出してもらおうかな……』



屈みこみ、素足を差し出した。どことなく恥ずかしみを感じる。

翡翠はその右足の中指にグを嵌めた。体中がすっと澄んだ気がした。



『ふふ、くすぐったいかい?』



『……違和感しかありません』



『キミは体にあまり魔力を帯びていないっぽいからね。こうして直接触れさせることで魔力を増大させることができるんだ……これは風属性ね』



そうして初歩的な魔法から着々と積み重ねていくことにした。それでも時間がかかることはなく、やはりといっていいのか実習だけはすいすいと進められた。



『これが、ウインドブラスト……』



『竜巻だね』



『竜巻なんて起こしたら危なくないですか……』



『あっはは、大丈夫だよ!やってみようか』



「……って感じで、特別?に教えてもらったの」



まるで時が止まったかのように、長い時間をかけてゼロから学んだ。

物理魔法と風属性の最上級の魔法を修得した英乃は、学校にとって早期卒業は目前に備えていたものだったのだ。



「特別授業費が嵩むわね」



「え、そんなことあんの!?」



「冗談よ」



あまり変わっていない英乃に、瑠璃も心底安心しているようだ。



「んで、本当にどーすんの。アタシとの決着がついたから一生ぐーたらして過ごすわけ?」



「……うーん……」



熟考しているのか、うーんと唸りながら膝に手をついている。



「……とりあえずここらのテリトリーは瑠璃がいるからダメとして」



「……ま、まぁそこは大目に見てやってもいいけど」



「じゃあ、報酬の3分の2は瑠璃のね。その残りは私」



「……ほんと、変な気遣いだけはできるんだから」



「へへ、そう?」



「褒めてないんだけど」



「ま、でもそれだけで生計立てれると思ってないからなぁ……」



「そんなんじゃアンタのばあちゃんが泣くわよ」



「むっ」



「……図星?」



そういうわけではないが、おばあさまの存在が自分を縛っているのも事実かもしれない。



「おばあさまは確かにすごい人だったけど……別に私がおばあさまみたいにならなくてもいいってことか」



「そうだけど、そこはアンタ次第ね」



「それでもねー、“世のため人のためになれる魔法使い”って姿勢は崩したくないのよ」



「……アンタが決めることなんだけど」



「?」



「翡翠先生に会えばヒントをもらえるんじゃないかしら。あそこ意外と適当に卒業させるから」



瑠璃も卒業したのち、街の魔力警察役として陰ながら支えている。



「……あの先生に」



「……はぁ、アンタに叩かれた頬がまだ痛い。あとはアンタで決めるのよ」



立ち上がって反対方向へ飛び立つ瑠璃。その背中を呼び止めて一言交わす。



「あんがとね」



「はぁ、はいはい」



耳まで真っ赤にしながらその場を後にする瑠璃。

深く息をつくと、その場に横になって空を見上げた。



(トレジャーハンター、魔法使い、おばあさまを超える……私の本当のやりたいことって何なんだろう)



自分自身で決める。それは先生からも、幼馴染からも、みんなからも……受け身だった自分は、どこかで変わらなければいけない。では、どうすれば正解なのだろうか。

その答えは、杖先だけが知っている……のかもしれない。


重い足取りで家を出る。

今日はあいにくの雨模様で学校へと用事のために早朝から出たのだが、どうも気分が乗らない。杖を傘のようにして雨をしのぎつつ、研究室へと歩いた。



「失礼します」



薄暗く、怪しげな明かりの点いた部屋の前に立つ。

半透明の扉がスーッと下がると、見覚えのある後ろ姿が椅子に座っていた。



「どうぞー。……お?……おや、英乃さんじゃないか」



くと回ると、翡翠は思わぬ来客に笑顔で迎え入れてくれた。

随分と軽い格好をしており、胸元のペンダントが神々しく輝いている。



「今日はどうしたんだい?もう私が教えられる魔法はないよ」



軽く冗談を飛ばすと、英乃はきっぱりと切り出した。



「あの、進路のことで相談があるんです」



「……ああ、なるほどね。そういえばどうするか決めずに卒業しちゃったね……ごめんね」



先ほどとは裏腹に、申し訳なさそうに頭を掻いた。聞いた通りだ、と英乃はどこか心底呆れる。



「実は、卒業生が進路相談に来ることは珍しくなくてね……そこはウチの課題かなぁ」



何でも条件付きで進路相談もやっているらしいが……。そこを見据えてのことだったのかと、今更瑠璃の情報網の広さに驚く。



「まあ立ちっぱなしもいいけど、どうせならくつろぎなよ」



「は、はい」



入り口付近にて立ち止まっていた英乃は、しばらくしてから備え付けられたふかふかのソファに座った。



「そんなに緊張しないでくれよ、もう慣れているだろう?」



「ま、まだすこし慣れませんけど」



ぎこちなく姿勢を崩すと、翡翠は指を鳴らす。目の前には琥珀色の紅茶が一瞬にして出現した。



「どうぞ。これくらいしかもてなしできないけど」



「あ、ありがたくいただきます」



そっと口元へ運ぶと、僅かな酸味が鼻を突き抜けた。



「ハーブティーだよ。キミの口に合うかなぁ」



喉を通るその爽やかさは、今の自分には到底早すぎる後味だった。



「ん……ちょっと私には合わないかもしれないです」



「はっはは、まだ早かったか」



目の前の教師は、いつの間にか卒業証明書を手元に置いていた。



「キミの実力……それは確かなものと証明された。しかし、これを発揮する場所がない……そう言いたげだね」



鋭い眼でこちらに微笑む彼女は、どこか鷹のような印象を受ける。

こちらも無言で頷くしかなかった。わかってるなら、と少々睨む。



「……ごめんね。キミのことを考えずに送り出してしまった私たちにも責任はある」



「い、いえいえそんな」



「そこで、なんだけど」



「……えっ」



くと180度回転し、書類を手渡す。それを見た英乃は、びっくりしたように目を見開いてその紙を見やる。

期待に満ちた彼女の瞳は、どこまでも緑色に澄んでいて__



「私たちと同じ……教師の道を歩むのはどうだろうか」



「え……えーっ!?」



文字通り仰天する英乃。まさか、自分が教師だなんて夢にも思っていない。

まあまあ、と英乃を促すと翡翠は興奮気味に話しだした。



「実はね、私だけじゃなくて他の先生もキミのことをスカウトしたがっててね。

 キミの才能と素質を買って、だよ」



それと、と一言付けたす。



「スカウトって言ってもまずは研修生として、だね。先生としてはまたそれなりのステップを踏む必要があるから、そこは英乃さん次第だ」



手渡された書類は、契約を結ぶ旨が書いているものだった。



「あ、あのっ、これ……怪しいものじゃないですよね……?」



「もちろん。正式なものだよ」



「……」



手に取って確かめてみる。確かに、正式な書類らしいし疑う余地もない。



「でも、どうして私なんかにこれを……」



「では、これは覚えてる?」



次に手渡されたものは、入学当初に出した書類だった。



「あー、物理魔法希望って書いたあれですか」



「そう。その魔法について……私たちも詳しく知りたいんだ」



(……!)



この学校の誰かが、自分の力を求めている。個人的にも社会的にも貢献できそうだが、疑問点がいくつかある。



「でもそれって、ここに入りなおすってことですか?」



「入りなおすというよりは、契約だね。雇用するようなものだよ」



「じゃあお給料が出るってことですか!?」



すっと前のめりになりながら聞く。



「出るよ。ざっとこのくらいかな」



指でジェスチャーをすると、英乃は目を金にしたように食いついた。



「今すぐ契約します」



お金に対する執着は消えてはいかなった。まあ、母との約束もあるし。



「まぁまぁ落ち着いてよ。いったん持ち帰って冷静に考えてみて。英乃さんがそれでいいのかどうか、きちんと考えて決断できたらまたおいでよ」



「わかりました!」



英乃は用事を思い出したかのように軽く礼をすると急いで部屋から飛び出した。



(彼女がどんな選択をするか期待しよう)



安堵の息を吐き、冷え切った紅茶を口へ運んだ。



(……まあ、私も紅茶は苦手なんだけどね)



苦い顔をしつつ、再度机へと向かうのだった。



「推薦状……」



2,3日経った後も枕元に置かれた書類は消えることはなかった。改めて手に取って霞んだ空目で確認する。

学園長の印も押されてあるので、正式な書類であることは確かだ。



(先生かぁ……)



思ってもいない誘いに、思わずつんのめりそうになってしまっていた。

しかしこれが、自分が必要とされている理由となれば、断らない理由などない。

ゆっくりと書類にサインをする。丁寧にファイルしてリュックへ詰め込んだ。



「……んしょ」



机上に大切に置かれた水晶の杖を背中に担いだ。



「ママ、ちょっと行ってくるね!」



一階にいる母へ伝達すると、窓からそっと飛び立った。

実際に飛んでいる魔法使いはここらじゃ頻繁にいる。車と同じくらいではさすがにないが、飛行機の2倍、3倍くらい。



(こうやって飛ぶのも卒業してはじめてかも)



免許取りたてレベルのふらふらした走行だが、数分足らずで学校へ行きついた。



「失礼します」



「はーい」



それにしてもよく通す輩である。セキュリティ面は大丈夫なのだろうか……と思いながら後ろ向きの彼女に書類を提出する。



「お、考えてくれたかい?」



「自分なりには」



その答えを聞き、緑色の瞳はきらんと輝いた。



「早速だけど、聞かせてもらおうかな」



「えっと……」



事細かに自分が考えてきたことを話した。小さな面接が始まる。

魔法のこと、給料のこと、家賃のこと。半分近くは金銭問題だったが、翡翠は真面目に横槍を入れることなく聞いてくれた。



「……以上です」



「ふーむ、なるほどねえ……」



目を閉じ、考えを頭の中で張り巡らせる。もちろん彼女の独断だけで契約することも可能だが、それほどの問題なのだろうか。



「……よしわかった、契約は成立だよ。ただし仮契約……研修生からのスタートになるけど、いいかな?この話は上にも通しておくよ」



「よろしくお願いします」



差し出した右手をがっちりと両手で覆う。ほのかに感じる温かな感触が胸に響いた。



「それじゃあ早速だけど、案内しようか」



すべての施設を攻略したと思っていた英乃だったが、残念ながら広大な敷地をクリアすることは容易ではない。室内からエレベーターに乗ると別塔へと移動する。

そこに広がるのは、どこか見た覚えのある景色。寒色が地を覆いつくし、寒気すら感じる実験室のような敷地だった。



「この部屋を貸してあげるよ。ここで錬金術の基礎を学んでぜひ採用試験に合格してほしいな。図書館へは行ったことがあるよね?あそこでたくさんの本を読んでみるといいよ」



「ありがとうございます」



「開閉はバイオメトリクス認証を要しているから忘れずにね」



「は、はい」



「それじゃ、頑張ってね。期待しているよ」



「ありがとうございます」



翡翠は微笑ましく手を振りながらその場を後にした。明かりを点けると水色のステンドグラスが蒼い炎が部屋全体を優しく包む。



「……ふう」



立てかけられた椅子に座ると、部屋の全体を見回す。使い古された様子ではなく人気はなんとなく感じることができる。きっとここから這い上がった人もいるのだろう。

とはいえ、錬金術はおろか座学でさえまったくもって成績の良くなかった英乃にとってはこの先がどれだけ明るいものになるのか見当もつかない。

けれども、自分で決めたからには頑張っていかなければならない。きゅっと気を引き締めて新入生のつもりで机へ向かうのだった。


数日もすると疲労は顕著に表れ、雨が降ると一粒一粒が化学式にさえ見えるような幻覚を見るのではないかと思うくらいひどいものだった。



「つかれたー……」



「その程度でへこたれてどーすんのよ」



手渡されたブリックパックのニンジンジュースをぐびっと飲み干し、大きなため息をつく。



「だって私がやってるの高等魔法以上に難しいらしいのよ」



「まあカテゴリーが違うって言ったら違うし、そんなもんでしょ」



「でも瑠璃は錬金術修得してるらしいじゃん」



「あんね、ただ修得してるだけじゃ意味ないの。あれ2コマの実習あんのよ」



瑠璃は中等の錬金術も修得している。だからといって錬金術ができるわけではなくて、あくまで理論を知っているだけで実行するにはまた実習が必要となるわけだ。



「おお、ってことは私かなりラッキーなんじゃない?おまけに部屋もお給料も出るし」



「翡翠先生のことだから踊らされてる感が半端じゃないわね……」



彼女の美貌は見張るものがあるが、本心はマッドサイエンティストのような性格かもしれない、という風の噂は二人の耳にも届いていた。



「そう?あの先生そんな感じしないけど」



「あの見た目でほいほいついていくアンタも変わり者よ」



「そうかなぁ……」



「まあ類友って言うくらいだし、変人には変人しか付かないわね」



「私変?」



「十分変だけど」



「あはは、そんなに褒めないでよ」



「褒めてないし……」



ついに壊れておかしくなったかと思ったのもつかの間。



「あっ、私そろそろ拠点に戻るね」



「拠点って、アンタ親には言ってんの?」



「んー、一応言ってるけど」



くと振り返りながら言う。



「私もう”一人前”だし!」



「……はあ」



どこまで自分勝手なんだか、とつぶやきながらも成長した姿を見て一安心した。

現在は共闘するまでになったが、正直瑠璃はバックへと回るくらい前衛は英乃に任せっきりでいる。それくらい、成長しているのだ。



「アタシも負けてられないわね」



「ただいまー」



誰もいない薄暗い部屋の照明ボタンをタッチする。

『錬金ノ書 第弐』と書かれた本を持って机へ向かった。錬金術の書物では初歩的なものである。



「まずはここからってことね」



我慢することには十分慣れたつもりだ。

どれだけ分厚い壁でも努力し続ければ結果が伴うことを、英乃は知っている。



(集中集中……)



はじめの一歩を十分に踏み出していた英乃にとって、錬金術は分野が違えど多少の記憶をよみがえらせればすいすいと進められる範囲だ。



(なんだ、結構簡単じゃない)



百聞は一見に如かずというが、英乃はどことなく頭の中で想像する能力に長けている……というか、実践は一度すこしだけ入門でかじったことがあった。

その中でも物質錬金だけは自らやりたいとまで思ったことがある。



(自分で釜を買うのもアリかも)



一応、免許を持っていれば小さな釜なら購入ができる。

ただこの魔法学校では大きなものがあるため買うものは多くはない。



(ただひたむきに、でも無理しないように……)



見栄を張ることも多かったが、最近は自分の心も成長した気がする……そう思えるようになった。

今の自分にはたくさんの味方がいる。いずれかは自分の初めの目標も……かなえられるかもしれない。



免許を修得するには所定の単位が必要となるわけだが、それは研修生も同様だった。実習テストを受け、認定されるまで一人前とは言えない。

英乃は難ありだったが何とか修得することができた。



『獣の爪を砕いて妖精の粉と混ぜて……2分間煮る……できました』


中年教師

『合格……品質もバッチリだ』



「……今日はきちんと寝るんだよ、お疲れ様」



「はぁ~い……」



目にくまを作るほど熱中……いや、我欲のために先に先にと思う気持ちが強くなっていっている。逆に言うと、わがままっぷりは頂点にまで達しているような気もする……



「そうだ。明日早朝連絡を送るから確認しててね」



「……?はい……」



安堵と疲労感から部屋に戻るとすぐ眠りへ入り込む。

次の日の朝、机上のデバイスには一通の知らせが届いていた。



『上層の4階で待っているよ』



……とだけ。言われるがまま、4階へと移る。そこは錬金術師がたくさんいるような階層だったが、どうも薬品のにおいが立ちこめてくらくらする。

指定された部屋には翡翠先生と、もう一人。随分とゆったりした格好をしている女性が英乃を見つめている。見覚えがありすぎて、これが本当のことかわからない。

普段街に繰り出していた白衣を着た女性が立っていたからだ。



「突然ごめんね。前に言っていた錬金術のエリートさんを紹介するよ」



目の前の白衣の女性は聞きなれた、ゆったりとした口調で喋り始める。



「“はじめまして”~英乃ちゃん~私は錬金術師の凛、気軽にって呼んでね」



「いやいや、初めましてじゃないですよ!?」



「成長したわね、お姉ちゃん感動しちゃうわ」



「……おやおや、お知り合いかい?」



「あはは、実は~……」



約2年前からここまでほとんど顔を合わせることがなかったな、と感じたがまさかこれほどエリートな方だったとは思いもしなかった。

翡翠にはかくかくしかじかで、と説明しておいた。



「へえ、そんな出会いがあったんだね」



「自分でもびっくりですよ、錬金術してたことは知ってたんですけど」



「言葉遣いもしっかりしてきたんじゃないかしら~?」



「……っ」



どうも気恥ずかしい。数年前会っていた人とは別人のような気がしてままならない。



「……私は失礼するね。凛さんから錬金術を学ぶようにお願いしたよ」



「あ、ありがとうございます」



……気まずい。

ぽつんとたたずむ自分をにこにこしながらこちらを見つめるお姉さんが怖い。

しばらくしどろもどろになっていると、何やら実験ビンをこちらに突き出した。



「ひゃっ」



「教科書には載っていない実験は私と一緒にしましょうね~」



「お、お手柔らかにお願いします……」



給料をもらっていることに嬉しさはあまり感じられない。錬金術の勉強と魔法教師になるための座学、実習。ひたすらその繰り返し。

……これを在籍時に取っていたらどれだけ大変だっただろうか。これでも給料が出るだけましだ。それほどここが自分を必要としてくれているのだろうと考えると、自然と頑張り続けることができた。



「そういえば凛さん」



「はぁい?」



隣で薬品を煮込んでいる白衣の”お姉さん”に問うた。



「どうして凛さんは錬金術師になろうと思ったんですか」



「そうねえ~、やっぱり錬金術って楽しいじゃない~失敗しても成功しても得られるものがあるんだし~」



「はあ」



「それが自分のためだろうと誰かのためだろうと、とてもやりがいの感じるお仕事よ」



「……やりがい」



「逆に英乃ちゃんはどうして錬金術を学ぼうと思ったのかしら~」



「おばあさまみたいになりたかったんです」



「ご祖母様を超える……それはまた大きな目標ね」



「私のおばあさまはなんでも便利な物質を生成したんだって教えられてきました」



「……ディヤモン公様ね~、知ってるわよ……」



じっと試験管を見つめるお姉さん。その様子に不思議がって英乃は声をかけた。



「……どうかしたんですか?」



するとこちらを向いてにっと口角を上げた。



「それ、どこにあるでしょうか」



「え、ええっ?」



「ふふ」



「こ、これとかでしょうか」



突然の問いに思わずあたふたし、あられもない答えを先走りトーチランプを指さした。

凛さんは一瞬考える素振りを見せたが、すぐにいつもの笑顔に元通りになる。



「なかなか面白い答えだけど~……残念、はずれ」



「そんな身近なものなんでしょうか」



「英乃ちゃんにとってとっても大切なものよ」



「え、私?」



リュックの中を漁る。杖、書類、ダウジングロッド……



「これですか!」



手に取ったのは杖。

その杖先にある……石英のようなもの。



「そうそう、それね~」



水晶をちょん、と触った。



「あの時のこと、覚えてるかしら~」



「この水晶を見せた時の事でしょうか」



「その通り~」



凛さんの研究室には大きなケースに綺麗に分別された鉱石や加工石が仕舞われている。

その中に、自分が使っている水晶に似たものがあった。それも豊富に。



「これはねえ、人工的に作られたものだってわかったの。だからそれも……同じものかもしれないのよね」



「こ、これ人工物なんですか!?」



そう、質の良い石英ガラスはおばあさまが作り出したものだったのだ。

ステンドグラスのような教会にはふんだんに使用されているらしい。初めて知った事実に驚きを隠せない。



「そうね~、でもあまり市場には出回らないし、原石は正直魔法に使えたものじゃないらしいわね~」



「そ、そうだったんですか……」



「でも本当にきれいね~」



凛さんはじっと見つめると、水晶になぞるように触れる。

不思議そうに首を傾げ、さらに水晶に目を近づける。



「……これ、魔力か何か帯びてるの~?」



「そうみたいです」



「……?どうして英乃ちゃんが知らないの?」



「ま、まあ拾ったものですから」



正直これがどれだけの効力を持っているのかはわからない。調べてみるのが吉だろうが。



「どうして私だけ特殊な魔法が使えるんでしょうか……?」



「それじゃ、調べてみましょうか」



「……はい」



ついにこの時が来た、と感じる。自然と背中に冷汗が伝い、緊張感が走る。

杖から水晶を手放し、手渡す。

特殊な機械はなく、鑑定という名の錬金だ。



「……お願いします」



「任せてちょうだい~」



凛さんはふわふわした人だが、真面目に取り組んでいる時の横顔はりりしいものがある。

数時間勉強をしながら待っていると、背中をとんと押された。



「できたわよ、この水晶はかなり高度な錬金で作られた可能性が高いわね~」




「やっぱりおばあさまの遺したものだったんですか?」



「そうね~、そこにあったサンプルよりも純度の高いものね~。どうして英乃ちゃんが魔法を使えたかも何となく予想できたかも~」



「もしかして遺伝とかですか!?」



「残念だけど、これを魔法に使おうとする人がいなかったことが原因かしら」



「は、はぁ?」



いかにもばかばかしい結論だが、一理あるな、とも思った。

そもそもマイナーなものであるし建築用のものであったことから敬遠され続けられた、と。



「でもこれだと私じゃなくても使える人がいたんじゃないでしょうか……」



「それも考えられたわね」



「じゃあたまたまってことでしょうか」



「それは~……地味でも頑張った英乃ちゃんの賜物ね」



「……賜物」



魔法使いでなくてもいい。近距離魔法なんていらない。こんな地味な魔法は嫌だ。

一時の感情だったかもしれないが、随所で違った選択をしていれば、今の自分はなかったのかもしれない。



「今の私は……おばあさまを超えられると思いますか」



「うーん、そこは英乃ちゃんの頑張り次第ね~」



「……」



「ご祖母様を超えるなら、これ以上に錬金術も頑張らないといけないわね~?」



無責任な言葉にも聞こえるが、いかに自分に期待しているかがわかる言葉だ。

この責任感が今までのものよりも何十倍も自らの背中にのしかかる。



(でもここで頑張れないと、私は一人前になれない)



「……頑張ってみます」



「その姿勢は評価するわ~」



鉱物の錬金術はかなりの時間がかかるみたいだ。本人監修の元、高度な錬金術を実践することにした。それを売り物に出しているのだからいつ寝ているんだろうかと心配してしまう。



「そ、そのー……まだでしょうか」



「まだよ~、根気よく待つのよ」



「もうかれこれ5時間は煮込んでる気がします……」



「まだ3時間よ~♪」



「寝落ちしそうです……」



「頑張って~」



「お~……」



昨今の根性論なんてもう滅びたと感じていたが、この時間ほど苦痛を感じることはない。お給料が出てもやるかどうか迷うレベルだ。それに比べて隣のお姉さんはのほほんと釜を見つめられ続けられるのは一種の才能なんじゃないかと思い始める。



「眠いです……」



「すこしだけ寝ていてもいいわよ、私が見張っておくわ~」



意識はほぼ寝ている状態で、すぐにでも釜に頭を突っ込んでしまいそうだ。



「はぁい……」



部屋の隅で杖を抱き、態勢を崩さないように椅子にもたれる。

芳醇なアロマな香りがゆっくりと眠りへと誘う……



(……んん)



おばあさまが私に教えてくれたことって、なんだろう。

世のため人のためになること、それくらい。でもそれって、本当はどんな意味があるんだろう……

魔法を教えること?世の中が良くなるようにすること?それとも……


『……』



どこからともなく声が聞こえた、気がした。

まるで自分の意識に直接話しかけているような……


???

『自分が信じた道を往くのよ』



(……!)



聞いたことはないが、温かな声が私の心に染みていく。


『お前さんが“それでいい”と思ったことを続けるだけさ。なに、簡単なことだよ。

 私の言葉にいつまでもとらわれる必要はない。お前さんだけの道を往きな』



(私の信じた道……)



「……はっ」



「おはよう、英乃ちゃん」



「わっ、私どれくらい寝てましたか!?」



だらしなく垂れたよだれを拭きとる。今更ながらお腹の虫が騒ぎ始めていた。



「ん~、ざっと半日くらいかしら」



「はっ、恥ずかし……」



窓もない部屋では時間がわからなくなるのは至極当然のこと。疲労がたまっていたのだろう。ただ、気持ちの整理はついた気がする。



「もう出来上がったわよ、そこに置いてるわ~」



「ん……ありがとうございます」



机に置かれた黄に発色する鉱石は電気石。主にケイ素を含んだ綺麗な結晶だ。これからまださらに2,3段階踏む必要があるそうだ。まだまだ道のりは長くなりそう。



「……その、凛さん」



「なあに?」



「私、夢の中でおばあさまに会った気がするんです」



「……それはまた面白い話ね~」



「でもまずその前に……」



それと同時にお腹が鳴いた。凛さんも完徹で疲れ気味だろう。



「ふふ、ご飯にしましょうか」



「はい!」


まだ外は雨が続いている。

気持ちの沈み具合は良好というか、特に何も感じない。ただピクニックには合わない天候だ。



「へえ、そんなことがあったんだね」



対照的に今日は短髪の彼女がキラキラしているように見える。3日程度会っていないだけなのに随分と久しぶりに感じる。

一方隣のお姉さんは慣れというか、目にくまを作っていながらもふわふわしてどこか読み取れない。

そんな二人に囲まれて、パンを焼いてランチにしている。



「夢見術というものは現代でも解明されていないんだよね。私も少しだけジャックしようとしたけど、難しかったよ」



「意識だけじゃ形にならないからね~」



(……居づらい)



二人の会話を流しつつパンを口へ運ぶが、どうも食べている心地がしない。まだ環境には慣れておらず、どうせなら自室に戻って本を読みながら食べたい。



「英乃さんは、ここ最近で何か変われたかい?」



「わっ」



突然話題を振られたので驚いてパンを詰まらせてしまった。えーと、と落ち着きながら話し始める。



「まだこの環境には慣れないんですけど……」



自分の道を信じること。それは自分にとっての目標や大きな束縛から離れることを意味するが、今の彼女にとって、一番大切なことは__



「ちょっと、ちょっとったら」



「うーん……ぁ……」



「遅い!アンタいつまで寝てんのよ!」



「……えっ、やば!今何時!?」



「6時よ」



けろりと舌を出しいたずらっぽく微笑む。

またか、と呆れながらも礼を言ってシャツを着替える。



「そんじゃーアタシは今日もパトロールに行ってくるわね」



「いってらっしゃい……はぁ」



冬だというのに、アイツは半袖で暢気なものだと思った。

火属性の魔法があるので大丈夫か、なんて思いながら朝の街へと旅立った。



「私もはやく準備しないと」



肌寒さを感じる冬空は飛んでいて気持ちがいい。そろそろつく頃には朝日も昇り人がまばらに見えてきた。



「ただいまー」



見慣れた部屋、ランプ。たまには色合いも変えてみたりして、自分なりに工夫もできるくらい余裕が出てきた。

机の上に大切に置かれた杖を手に、教室へと向かった。



「みんな、おはよう!」



先の未来も輝かしく照らしている杖は、彼女の可能性を引き出してくれる。

頑張って、とどこかで背中を押す声が聞こえた気がした。



「今日から実習と錬金術を担当する石川英乃です。みんな、よろしくね!」



世のため人のためになること__

彼女もまた、その考えを継ぐ者なのかもしれない。

『ただし、自分の利益が優先』……と。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ