89 アナガリス教会
「これはこれは……流石ですな」
ざっと後ろを振り返ると、一人の老人が立っていた。
私が気配に気づかなかった……!? しかも私だけじゃない。他の三人も驚き、戦闘態勢に入っている。
これは下手すると……やばいかも。
「まあまあそう慌てなさんな。お前たちに害を加える気はないんじゃ。どれ、ここで立ち話もなんじゃ。わしの家へ来るといい」
断りたいが、断れない。ここでは下手に行動しないほうがいいと本能が告げている。それにこの老人には私がゴブリンを治すところを見られたかもしれない。それを知ってのこの行動だったら尚更警戒しなくては。
トウカ達も同じ考えだったようで、相槌で伝える。
皆、何かあったら一斉に動けるように警戒しながら老人の後をついていった。
「ここじゃよ」
案内されたのは……教会?
見るからにカトリック教会みたいな(教会についてはあまり詳しくないからこれ以上は触れないで)外観の建物で、いかにもって雰囲気を醸し出している。
そういえばレーインが腹パンしたちゃった男が教皇がどうのこうのとか言ってた気がする。
教皇って何かなーって思ってたけど人の名前のことだったのね。
名前? 役職名? どっちでもいいか。
応接間のようなところに通され、言われるがままに座る。いつの間にかお茶まで出てきている。……私達、歓迎されているのか?
あれかな、まだ魔族だってバレてない感じかな。ローブ取ってないし、喋ってもないし。まだあり得る。たぶんそうだ。きっとそうだ。そうだと信じよう。
「で、俺たちをここに呼んだ理由はなんだ? わざわざ話すために呼んだのではないのだろ?」
トウカがいきなり突っ込む。
おおい!! もし相手がその気だったらどうするんだい!
「なんも理由なんてないわい。ちと話して見たかったんじゃ。わしら以外にも魔族を殺さん奴らを見て、もしかすると話が通じるかもしれぬと思うてな」
「魔族を殺さない? ここは一体何なのですか? 教会は常に魔族を悪とする組織。僕には理解ができない」
思わずといったようにヴィスタが乗り出してきた。
さっきまで私達女性陣が張り切っちゃってトウカ達なんにも出来ていないからその代わりのつもりかな。めっちゃグイグイいくじゃん。
「おお、それはすまんかったなあ。挨拶もなしにいきなり興味があると言われても混乱するだけじゃろう。わしはグレイス・アナガリス。ここ、アナガリス教会の教皇をしておる」
やはりこの人が教皇。
この老人の名前がグレイス・アナガリスだから教皇は役職名だったのね。一つ賢くなった。
「アナガリス教会とは? 教皇は確か最も位の高い役職のことでしたよね。何故そんなに高貴な御方があんなゴブリンのためにあんなところまで足を運んでいたのでしょう?」
おお、おお、くるわくるわヴィスタの冷静な質問タイム。
この拷問にも近いお説教は私も嫌いよ。ヴィスタ、そういうのほんとに向いてると思う。
「アナガリス教会は表向きは通常の、どこも教会とも変わらないところじゃよ。そうじゃなあ、、他と変わっておるところといえば……アナガリス教会は魔族を敵と扱っていないというところじゃな」
魔族を敵として扱ってない??
「国としては魔族は人間と天使の永遠の敵であるような語らいをしておる。じゃがわしはちがうと思う。何故人間も天使も高度な知能があるのに魔族だけあんな獣みたいな風貌をしておるのか、何故話が通じんのか。だから何か絶対裏があると思うてな。調べてみると出るわ出るわの矛盾じゃ。だからといってしまうとおかしいかもしれんが、わしは魔族を見つけるとできる限り魔界にもどしてやっておる。わしのスキルをつかってのう」
なるほど。わかったようなわからんような。
グレイスさんの話を要約すると、アナガリス教会は実は魔族の敵じゃなくて、教皇は世界の矛盾に気がついたと。
「まあこんなことがバレたらこの教会は間違いなく国に目を付けられるだろうがな」
最後にため息と同時にグレイスさんが小さく呟く。
そりゃそうだ。教会として絶対に犯してはいけない禁忌その1みたいなところあるんだろうな。
それでもグレイスさんはそれには向かって自分の考えを押し通そうとしているところ、少しはこの老人を信じてもいいのかもしれない。
「それで、おぬし達はどうやってあのゴブリン達をもとにもどしていたのじゃ? わしもあの姿以外見たことがないからようわからん。それ以前に、お主らはいったい何者なんじゃ?」
私達はひとつうなずき、フードをとる。
この老人なら信用しても大丈夫だろう。私達の姿を見てもいきなり戦闘にはならないと思う。もしなってしまったら……その時対応しよ。
「…………!!!」
「私は魔人のミアです。向かって右から吸血鬼族のレーイン、鬼人族のトウカ、エルフのヴィスタ。私達は人間界へ、闇堕ちしてしまった魔族を元に戻しにきました」
じっとグレイスさんを見つめる。向こうもひどく驚いたような顔をして動かなくなってしまった。
長い沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは予想外の人物だった。




