55 吸血鬼の洞窟2
「連れてき……」
「ミアちゃーん!!!」
レーインの声に重なるようにして叫び、同時に扉を開け放ち私へと飛びついてきたのは、おそらくイリアスさん。
おそらくっていうのは、今ぐへっ、ってなってるため相手を見ることができないからだ。
やばい……潰れる……。
たぶんえびぞり状態になってる。人間だったら腰やってると思うよ……。
「お母様!! ミア潰れるわ!!」
ナイス、レーイン。
「あら、ごめんねえ。でも久しぶりだから仕方ないじゃない? ほら、もっとよく顔を見せて〜。はー。このタイプは何着せても可愛いのよ〜。どうしようかしら、ミアちゃんのためにいっぱい買ってきちゃったから一つずつ試していかないと」
…………誰もこのマシンガントークを止められないっていうのが正解ね。
イリアスさん、たぶん今、私しか眼中にないと思う。何ならトウカ達の存在に気づいてない。いや、仮にも族長だから気づいてないって言うことはないと思うけど……。じゃあガン無視か。そっちのほうがどうかと思うが……。
トウカとヴィスタもイリアスさんの勢いにけおされていた。
「……お母様。今日はミア達を連れてくるってだけの約束のはずよ。顔は見せたから明日くらいには私達は洞窟を出るわ」
「あら、そんなことさせないわよ……と言いたいところだけど、約束は守らなくちゃいけないわねえ。絶対にトウカちゃん達は連れて来られないと思ってたのに」
いきなり話を振られてトウカとヴィスタはビクッとなる。
そうか、イリアスさんにとってトウカはちゃん付け扱いになるのね。覚えておこう。
「まあ詳しい話は中でゆっくり聞きましょう。ほら、座って」
促されてそのまま部屋のソファに座る。
ここが先程言ってた応接間か。魔王城と違って全体的に明るい印象を持つ。ただ流石イリアスさんなのかなあ。どことなく寝室のような雰囲気なのは……。
城の入口のところにいたメイドさんがお茶を持ってきてくれ、立ち去るとこの場は私達だけとなった。
「それにしても……あなた達、綺麗になるわねえ。流石あの人たちの息子だけあるわあ」
それはもう激しく同意する。一人うんうんとうなずいているとトウカに睨まれた。
イリアスさん的にはトウカ達のことはバリバリ法を破っているけどいいのかな? 見た感じケラケラと笑い飛ばしてるけど……ま、いいのか。
「はあ、久しぶりに笑ったわあ。トウカちゃんたちを連れて来られなかったらミアちゃんには一ヶ月……いや、二ヶ月はここに留まってもらう予定だったからねえ。残念だわ〜」
レーインの予想は見事的中してたわけだ。やはりこの度に一ヶ月の足止めは苦しいため、皆ホッと肩をおろす。
ふうっと紅茶を一口頂いたところでイリアスさんに声をかけられた。
「ミアちゃん。今回はミアちゃんに会いたかったからっていうのもあるけど、少し確認しておきたいことがあって。悪いけど三人は外で待っていてくれるかしらあ?」
三人は一瞬眉間に皺を寄せたが、族長の命令は聞かなければ後が怖い。イリアスさんもふわふわとした感じで話しているが、先程よりもトーンが違う。
大人しく三人が部屋から出ていったところで、部屋全体に防音の魔法がかけられた。
「これで何を言っても外には聞こえないわ。そうねえ。幾つかの質問に答えてくれる?」
「はい」
すっとイリアスさん目が細められる。これは……少し覚悟をしておいたほうがいいかも。
「先ず、ミアちゃんは闇堕ちを治すために旅をしてるのよねえ。表向きの理由は。けれど本当の理由はなにかしら?」
うーん……。やっぱりイリアスさん、鋭いなあ。
旅をしてる理由は闇堕ちを治すこと、私の力が大きくなりすぎたことがゲルさんにいった目的だ。イリアスさんが知ってるってことはゲルさんが言ったのだろう。ここらへんの情報網はしっかりしてる。
まあただ私なりにも色々考えがある。こう見えて、私「使徒」だからね。
馬鹿正直に話してもいいものなのかは迷うけど、正直イリアスさんに隠し通せるとは思ってない。
「……"最悪の日"について、調べようと思って」
私がこちらへ送られてきた一番の理由は天使族のせいで乱れてきている世界の調和の調整だ。核の破壊、闇堕ちの増産。その他諸々たくさんのことをやらかしてくれてるわけだけど。
この件で最も歴史的に知られているのが"最悪の日"。私の考え方でいくと、"最悪の日"をもう少し詳しく調べてみたら何かわかるんじゃないかなあって思って。
「でも、"最悪の日"はミアちゃんには直接的には関係ないでしょう?」
そう。"最悪の日"に直接は関係ない。けど……
「私がここにいる時点で関係ないっていうことは絶対にない」
主に天使族の仕業だけど、人間族も魔界に攻めてきてる。
何も知らないか、もしくは間違った考え方を植え付けられてるかは分からないけど、前世同じ人間として、この行動がいやだ。
「ミアちゃんは神様に頼まれているからしてるの?」
「最初はそうだった。けどこの世界にいるうちに、段々世界の状況が自分の目で見えてきたから。私は私のやりたいようにしてる」
「ミアちゃんが人間側につく可能性はないのかしら?」
「……それはわからない。今は魔族の中にいるから魔族のことがより鮮明に私の中に知識として、見てきたものとして残ってる。歴史の本を見ても、理不尽に人間・天使軍が攻めてきたのを見ても、魔族が間違ってるとは思わないけど……。だから視野が狭すぎると思った」
誰しもその場、その人物になってみたら自分が悪いことをしてるなんて微塵も思わないかもしれない。私はこの世界に生まれたときから魔人だった。人間や天使側の事情なんて神様達から聞いてることくらいしか知らない。だから知りたい。
「私は、私の正しいと思う道を進む。でもそのためには情報が少ないから……」
だから自分の目で世界を見てみたいと思った。
私の返答にイリアスさんは少し考えるような動作を見せる。
これが私なりの答えだ。ここに、この世界に生まれ変わってからずっと。
じっとイリアスさんを見つめていると、ふふっとイリアスさんは小さく微笑んだ。まるでもう大丈夫だと言わんばかりに。
「そうね。ありがとう。おかげでよくわかったわ。これなら心置きなくあなたの味方になれる」
イリアスさんにつられて、私も頬が緩む。やっぱり信じられてる方が気持ち的にも嬉しいものだ。
「もう入ってもいいわよ」
その言葉と同時に、流れ込むようにして三人が入ってきた。と、その勢いのまま、私の方に駆け寄ってくる。
「大丈夫!?」
「何もなかったか!?」
「嫌なこととかあったらすぐに言うんだよ。僕たちが聞いてあげるから」
いつもと変わらない、過保護すぎる反応にまたもや自然と笑みが溢れる。
「ミアちゃん、少し教えてあげるわ〜。次は蜘蛛の巣に行きなさい。あそこには私達も知らないようなことが書かれてる本があるらしいわあ。きっとあなたの力になる」
そう言ってイリアスさんは赤い宝石のような物をくれた。大事に持っておきなさいと言われ、なくさないように空間収納の中に入れる。
レーインがはっとしたような顔になったのは気の所為ではないだろう。もしかしたらこの宝石について何か知っているかもしれない。後で聞いてみよう。
こうして、私達は吸血鬼の洞窟を後にした。
入るときよりも少し足取りが軽く感じられたのは、自分の中での意思がよりはっきりとしたからだろうか。




