26 歴史の授業は必要ないと思う。
それから少しの間ずっと話をしていた。
そしてなんとまあ、杏仁豆腐までごちそうになってしまった……。次合うときはちゃんと何か準備しておこう。
「そうだ。ミアはアヤメ様を知っているか?」
奢っていることは全然気にしていない様子でトウカがさっきまでの話の続きをする。
アヤメ様……? はて?
知ってる? って言っても私が知っている人って神様とゲルさん、あと魔王城のみんなと今日あった人たちぐらいだから、歴史上の重要人物とかでも一切知らない。
有名な人なら知っておいたほうが後々いい気もしなくはないけど……。正直前世でも歴史の人物覚えるのとか苦手だったんだよねぇ……。
そんなことはつゆとも知らないトウカはどんどん話を進めていく。
「アヤメ様は3代目魔王なんだ。鬼人で初めての魔王。ずっと俺の憧れている方だ」
魔王!! 魔王って魔人じゃなくてもなれるんだ!!
3代目ってことは……何百年前になるのかな?
憧れがあるっていいよね。
「えっ!? もしかしてトウカ、魔王になりたいの!?」
「バカいえ!! 現魔王のゲルディアス様は誰も超えられないお方だ! そんなこと二度と言うなよ。ゲルディアス様に首取られても知らないからな!」
いや……別にゲルさんそんなことしないけど……。明らかそういうタイプじゃないじゃん。あ、もしかしてみんなあのゲルさんの姿を知らないのか?
「ゲルさん結構間抜けだよ」
「おまっ、失礼なやつだな!! あの方はすごいんだ! 初代魔王様と並ぶくらいのお力を持っててアヤメ様、父上の次に俺が尊敬している御方だ! 俺たちごときがこんなこと言ったらただではすまないぞ!」
やっぱり。まあ、ゲルさん見た目はああだから。でもトウカもトウカでまあまあ失礼よ? 3番目に尊敬する人って、微妙……。
しかし、こんな幼いトウカでも知っているくらい有名なんだろうな。
実は凄い人なのか!? ……魔王って時点でそうか。
と、目の前でプンプン怒るトウカをかわいいなーと思って見ていると、急に外が騒がしくなった。しかもその騒がしさは段々と店に近づいて来ている。
何事!? また闇落ちが出た!? と思ったのも束の間、騒ぎの中心の人物が入ってくるといきなりトウカの目がキラキラし始めた。
「父上!!!!」
なんと!! この眼鏡のよく似合うクールな御方はトウカのお父様!! 確かに言われてみればキリッとした目元と口の感じがよく似てる。一番似ているのは鬼ヶ里の伝統服を今まで見てきた人以上に着こなしているところだろ。
トウカを大きくしたらこんな感じになるのかな? ……いや、もうちょっと甘い感じになりそう。トウカのお父様は甘さ2、クールさ8の割合か……。その分トウカは甘さ4、クールさ6くらい。お母様の血が少し濃いのかな。(幼いのもある)
ま、そんなことは私には関係ないけど。
「父上! どうしてこんなところにいるのです!?」
「ああ、私もトウカがいることにびっくりしているよ。今日はこの方が甘味屋に来たいとおっしゃっていてね。予想外だったけれど私の知っている一番美味しいところはここだから……」
この方……?
なんか嫌な予感がするのは気のせいだろうか?
その予想は的中する。
ちょっとまって、まだ入ってこないで!! 心の準備が…………ゲルさん!!
そう、トウカのお父様よりも少し遅れて入ってきたのは5年前に一旦おさらばした私の育て親だった。
「…………」
「…………」
お互い沈黙が続く。だって!! 私だって別にゲルさんが嫌いなわけでもないし、むしろ好ましいと思っているよ? "令"かなにか知らないけど独り立ちできるようになるまで魔王城に置いてくれてたわけだし。
でも、今の姿って完全に仕事をサボって人のお金で甘い物食べてるサイテー野郎にしか見えないじゃん!! こんなとこで会うなんて聞いてないし!!
ていうかゲルさん甘い物あんまり好きじゃなかったよね? 何故……?
意外と、私達の謎の沈黙を破ったのはトウカだった。
「……父上……。その、この方は、誰なのでしょうか……?」
あ! 意外と顔は知られてない感じ? 城下町ではみんな知ってたからここの人たちもそうなんだと思ってたけど……。まあ、私の知っている限りゲルさんあんまり外でないからそういえばそうなのかも。
「トウカ、このお方はゲルディアス様、現魔王様だ」
トウカのお父様の言葉を聞いた瞬間トウカの顔は驚きを隠せなくなっていた。
そりゃあそうだよね。一応自分が3番目だとしても尊敬する方だもん。
でも、今は……、ゲルさんの視線は全て私の方にある。
なんでこんなところにいるんだって言ってますね……。見たらわかりますよ。わかるんでそんなに圧飛ばさないでください。
「………………久しぶり、ゲルさん。元気してた?」
「……ああ、お陰様でな。しかし、私の記憶ではお前は森の中にいるはずなのだが……。そして一度も城に戻って来ていないと思うのだが……」
ええ、ご尤もです! 言い訳させて! ちゃんと帰るつもりだったの! でもヒロさんにお使い頼まれたからそれ渡したら帰ろうと思ってて……。
心のなかで言い訳する私を見て、トウカがまたも驚きを隠せなくなっている。
まあ、そうだよね。こんな小娘がこんな喋り方で接していたら誰だってびっくりするわ。
「これ食べたら帰ろうと思ってたのよ。それよりも、なんでゲルさんここにいるの? 甘い物苦手だったよね」
「ああ、そろそろお前が帰ってくる頃かなと思って買っておこうと思ったのだが……必要ないようだな」
「いる!! いります!! みたらし団子美味しかったです!! あと抹茶アイスも食べてみたいです!」
「はあ、すまんなジン。こいつがお前の息子の世話になった。とりあえずミア、一度私と帰れ」
「はーい」
駄目駄目な娘みたいになってる。
こ、こればかりは仕方ない。元はと言えばゲルさんがこんなにも美味しい物があることを私に教えてくれなかったことが悪い!! そう、そういうことにしよう!
「はは、仲がよろしくてなりよりです。ではミア様、今後ともトウカをよろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
お互いに頭を下げる。
トウカにも挨拶したいんだけど……なかなか思考が戻ってこなさそうだからまた後ほど。
ではな、と言い残して(ちゃっかりみたらし団子は30本くらい買ってもらって)私達は甘味屋をあとにした。




