113 《縁談》
先程とは少し違う物の豪華さは失わないものに着替える。
今度は市民に向けてではなく他国の王族や重臣などへのお披露目である。
憂鬱さを感じながらもこれも仕事だと割り切り、サクラ、ミナギとともに自分の何倍もある扉の前に立った。
サクラもミナギも疲れが出ているのが見えるが、扉が開かれるとなるとその表情は仮面の中に隠れ、優美な笑みが姿を表す。
サクラはまだしも、教会で育ったミナギはどこでそんな技を覚えたのだろうか。僕自身も仮面の下に隠すのはまだ慣れていないというのに。
「勇者、レオンハルト・コンフォード様、聖女、サクラシア・ガリレイド様並びにアルミナ・アナガリス様のご入場です」
高々と発せられた声とともに入場する。様々な視線が僕たちに集まってきた。
「ほんと、なんでこんなことしなきゃいけないの?」
「クソめんどくせー! こんなことだったら俺の分身作ってそいつに参加せればよかった」
「どこで聞かれているかわからないから今はやめておこうね。後で帰ったら存分に愚痴聞くから」
コソコソと僕達内でわずかに聞こえるか聞こえないかの音量で会話する。
純粋に尊敬しているような視線や憧れ、男女問わずほうっと惚けているものも少なくはないが、それと並んで妬みや値踏みするような視線も混じっている。好き好んでここに立っている人なんてよっぽどナルシストが入っているか自分に自信がある者たちだけだろう。
あいにく僕たちには誰ひとりとしてそんなもの持ち合わせてないから、正直今すぐ引き返して皆でお菓子を食べながらウノしたい。
次々とくる挨拶を気の遠くなるような時間をかけて終え、やっとひと息つけると思った矢先、どこかの国の使用人が声をかけてきた。
「勇者様。話しかけるご無礼をお許しください。実は我が主、カーディス国の王が貴方様にお会いしたいと申しておりまして、是非とも向こうの部屋まで来ていただきたく存じます」
と深々と頭を下げてきた。
カーディス国か。
ガリレイド国の左横にある国で、確か衣服の生産が盛んだったと聞く。その時の流行りやデザイン、衣服の生地などはすべてカーディス国が先を走っている。
今目の前にいるものもそうだ。おそらくいいところの使用人だろう。先程王に頼まれたなどということもあったし王城の使用人だろうか。
このままいって偽物だったという可能性も拭いきれないが、僕の害意探知は何も反応してないし、おそらく本当だろう。
なんで俺までと言っているミナギには申し訳ないが、念のためにとサクラとミナギにもついてきてもらう。
少し警戒しながらうなずくと、「どうぞこちらです」と言われ、使用人の後をついていった。
ガチャリと扉を開く。パーティーホールの横に設置された客間にはガリレイド国の王、ウラトリス陛下と我が父、そして向かいには先程挨拶をかわしたカーディス国の王、エミリアン陛下と姫君が座っていた。その姫君は俺たちが入ってきた瞬間にふんわりと頬を赤らめ少しうつむいている。
サクラとミナギの視線が痛い。
「ああ、きたか。3人ともこちらに座りなさい」
ウラトリス陛下のお言葉のもと、準備されていた椅子に腰掛ける。ミナギとサクラが来ることは予想外だったらしいが、瞬時に椅子が2つ準備されていた。
「先ずは改めて、勇者殿を含めて、このような素晴らしいパーティーを組まれたことを心よりお祝い申し上げる」
エミリアン陛下は40代前半のようで、王としては似つかわず、優しそうな笑みを常に浮かべている。そしてその横で頬を赤らめている姫君、カーディス国第二王女、レリアーナ姫で間違いないだろう。頬を赤らめる姿は誰が見ても庇護欲をそそるもので、一見すると線が細い様子は花の精霊を思い浮かべる。流石は異世界である。
「もったいないお言葉でございます。してエミリアン陛下。先程貴方様の従者と思われる方に話があるとお聞きしたのですが」
ウラトリス陛下と父上がいることでなんとなく予想はついている。それはミナギとサクラも同じようで、来なければよかったと言いたげな顔を常に浮かべていた。
いや、ふたりとも僕のためにもう少し耐えてほしい。
「うむ。では本題に入ろう。実はな……我が娘、レリアーナがそなたに一目惚れをしてな。是非婚約を結びたいと思っているのだ」
やはり。
隣のレリアーナ姫は満更でもない表情を浮かべ、嬉しそうにはにかんでいた。これは……断りづらいな。だが、別に何も知らない女の人と婚約結ぶほど焦ってはいないし、おそらくこの客間ということはあくまでも秘密でということだろう。レリアーナ姫からは純粋な好意を感じるがエミリアン陛下からは是非我が国の姫と勇者をという匂いがプンプンする。秘密裏にということは僕たちが魔王討伐で実績を上げてから公にということだろうか。
「私には勿体ないお話でございます。レリアーナ姫は私等よりももっとふさわしいお相手がいらっしゃるでしょう」
僕の断固たる拒否にウラトリス陛下も父上も驚きを隠せていない。エミリアン陛下とレリアーナ姫はこれでもかと言わんばかりに目を開いている。
サクラとミナギはまあそりゃそうかと言うようにうなずいていた。
よほど僕が信じられないことを言ったのか、恐る恐るというようにエミリアン陛下が尋ねた。
「な、なぜだ。レリアーナはこんなにも美しい。それに身分だって釣り合うはずだ。勇者殿の年頃での上位貴族といえばサクラシア姫とレリアーナしかいないだろう。もしやサクラシア姫とすでに恋仲なのか?」
ばっとウラトリス陛下と父上がこちらを凝視している。
いきなり話を向けられたサクラは、は? なんで私? と言うように訳がわからないと小さく呟いていた。ミナギに至っては笑いをこらえるのに必死である。
「…………いえ。そのような事実は御座いませんが、、そうですね。私には忘れられない人がいるのです」




