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妖怪の世界へ潜入任務(仮題)  作者: 紅茶(牛乳味)
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6話

「うーーーーん」

 中庭のすぐ近くにある物陰。俺はひっそりと身を潜めながら頭を悩ませる。

『どうしたんじゃ。はようあの小僧を叩きのめしてこんか』

「いやいやいやいや」

 俺はタイトの言葉をぶんぶんと首を振って否定する。基本情報として、俺はただの人間だ。それに対してあの妖怪は自分の背丈ほどもある棍棒を軽々と振り回していた。力の差は歴然だろう。

『でもお主には妖術があるじゃろ』

「妖術って言ったって俺何にも分からないし」

『ふう......やれやれ。しょうがない、ここで妖術を教えてやろう。妖術の基礎で簡単な『焔』というものでよいな?』

 なんと。突然妖術を教えてもらうことになった。状況が状況だけれど、すごく興奮してしまう。

「うん。教えて教えて!」

『そうじゃな。簡単な印を結んでもらおうか。わしの言うとおりに手を動かせぃ』

 『印』と聞くと忍術というイメージが湧く。なんていうか、今から本当に術を使うんだなあという感慨みたいなものが湧いてくる。

『人差し指を立てて、そうじゃそうじゃ。そうしたら他の指を......うむ、そんな感じじゃ。......よしよし。今教えた三つの手の形にしてから『ほむら』と唱えるのじゃ』

 ふむふむ。とりあえず教わった手の形を続けてから呪文を唱えるように言われた単語を呟く。

「焔」

 瞬間、ゴウと目の前に炎の柱が出来上がる。炎の柱は校舎を超えるほどの高さで、直径は俺の身長ほどだ。

「あっつ、熱い!」

 いきなり予想していなかった炎が現れてその場で暴れる。すると俺の意志を読み取ったようにすっと炎の柱が消える。

『こらこら。印を結んだままにせんと消えてしまうぞ』

「いやいや、消そうと思ってたからちょうどよかったよ」

 ふうと一息ついてからタイトに意見していく。

「というか、こんな火力で攻撃したら相手はひとたまりもないよね」

『一瞬で消し炭じゃろうな』

「それじゃダメでしょ」

『小心者じゃのう』

「そんなことないと思う」

 ただの一般人である俺から言わせてもらうと虫を殺すのとは訳が違う。相手は見た目は人間で、言葉もしっかり操っている。そんな存在を、こんな業火で燃やすということに抵抗があるのを小心者という一言で終わらせられるのは納得がいかない。

『それじゃあどうするつもりじゃ? 人間のお主が妖術を使わずに対処できるのか?』

「妖術を使わないんじゃなくて相手を傷つけないで対処したいんだ」

『それは妖術を使わないことに等しいのではないのか?』

「......いや、そうとも限らない」

 俺は頭の中で作戦を立てて、それをタイトに伝える。するとタイトからは意外な反応が返ってくる。

『ふむ。悪くはなさそうじゃな』

「あれ、意外と高評価」

『ただ成否はお主のイメージ力に委ねられておるが......大丈夫なのか?』

 そう、俺が考えた作戦は『イメージ』が大切。相手にどれだけインパクトを与えられるかにかかっている。

 しかし、俺としてもここで引くわけにはいかない。

「余裕だよ。その道に関してなら俺は『プロ』だからな」

 そう言い放ってから、タイトにもう一つの妖術の使い方を教わる。よし、これならいける。

『それじゃあ頑張ってみるのじゃ』

「うん。ありがと」

 準備は出来た。さあ、いざ実践だ。

 俺は隠れていた物陰から身を出す。向かう先はもちろん、炎也が待っている中庭だ。

「遅かったな!」

 その場に着くと、中庭にいたのは炎也だけ。しかし、中庭を囲んでいる校舎の窓からはたくさんの見学人で溢れている。炎也は特に見世物にしようなどとは考えていなさそうだけれど、あれだけ騒いでいたので事情が知れ渡っているのだろう。

「ごめんね、ちょっとお腹を下して」

「それならしょうがないな! 今は、その、大丈夫なのか?」

 適当に茶化すつもりだったけど、真摯に心配してくる炎也。この子、絶対に悪い妖怪じゃないな。

「問題ないよ。それより、始めようか」

 罪悪感を感じながら適当にはぐらかして、早速本題に入る。すると、心配そうな表情を一転させて棍棒を構える炎也。

「ようし! それじゃあ行くぞ「その前に」

 俺は早速棍棒を振り上げた炎也を手で制して時間をもらう。危ない危ない、このままだと俺は一方的にやられるだけだ。そうは問屋が卸さないのさ。

「君が知りたいのは優等生組に入ることができた俺の実力だよな?」

「もちろんだ! 白色のくせに優等生組なんておこがましい!」

 先ほどまでお腹の心配をしてくれていたとは思えない発言だ。ただ、他のことがどうでもよくなるくらい優等生組の威厳を保ちたいという思いが強いのだろう。

「それじゃあ......闘うまでもない」

 言いながらスッと片手を隠して、隠した方の手で印を結んで聞かれないように妖術を呟く。使った妖術はタイトに教えてもらった『変化』だ。

 『変化』という妖術は大抵の場合服装を変えるのに使われるらしい。というのも、それこそ体を大きくしたり顔を変えたりすることもできるのだけれど、服装を変えるのとは桁違いな量の妖力が要求されるのだ。もちろん体を大きくしたことによって戦闘で有利になることもあるのだけれど、そんな妖力があるなら炎でも水でも吹いたりした方がいい、らしい。タイトから聞いた情報なのでそこまで詳しくないのだけれど。

 そういうわけで、わざわざ体の構造を変化の妖術で変える妖怪はいない。これが今の俺にとって大事な条件だ。

 俺の身長はどんどん伸びていって、三メートルほどの身長になってようやく変化が収まった。顔というか頭は頭蓋骨を剥き出しにしていて、腰には一本の太刀を提げている。服装はひたすら豪華に。しかし、黒や赤を基調として相手に威圧を与える目的があることを意識する。

 ここまで大袈裟な格好になるには相当な妖力が必要だ(俺は借り物の妖力なので何とかなるけれど)。つまり、これは『変化』の術で姿を変えたわけではなく、人型から本来の妖怪の姿に戻ったと解釈されるだろう。

「小童、貴様が誰に戦いを挑んだか教えてやろう」

 口調をわざと変えてから手を突き出す。そして、見せつけるように『焔』の印を結ぶ。タイトが言うには、焔は基礎で簡単な妖術。つまりは、本来先ほどのような火力が出るということがおかしいのだ。

 そんなおかしい火力を、思う存分見せつける。

「『焔』」

 ゴウッ! と先ほど見たとんでもない火力の火柱が目の前に現れる。もちろん、炎也に当たらないように注意はしている。

 そうしてある程度炎を見せびらかしてから印を解く。それに合わせてふっと消える炎の柱。よしよし、これで大分驚かすことは出来たはずだ。

「おいおい、あれ」「なあ、どう見ても」

 中庭を囲んでいる校舎の中からざわめきが聞こえてくる。この様子だとインパクトを与えることには成功したようだ。

 作戦は単純で、強大な妖怪であるフリと圧倒的な妖力を見せつけることによって戦意を喪失させるというもの。これで炎也を傷つけることなく優等生組にふさわしい実力を持っていると騙すことができた、はず。

「どうだ小僧。まだ俺と闘いたいか」

 俺が姿を変えてからジッと俺を見るだけで何もしない炎也。呆然としているということだろうか? 一応キャラを崩さないように声を掛けてみる。

 すると、炎也は段々目を輝かせ始めて、

「......す」

「す?」

「すっげえええ!」

 などと言い出した。す、すげえ? どういうことだ?

 俺が説明を求めるまでもなく、炎也がこちらを指さして話し始める。

「あんた、『妖怪戦記』に出てくる悪役の『髑髏どくろ将軍』だろ!?」

「え”」

 キャラも何もない声が口から漏れる。な、なんで知っているんだ!?

 この短時間でここまでのデザインを出すことはちょっと難しい。なので、漫画でデザインしたキャラクターを思い出してそれに姿を変えたのだ。

 そしてもう一つ補足を。炎也が言っている『妖怪戦記』というのは今人間界で大流行している少年漫画だ。舞台は時代劇を彷彿させるような昔の日本。そこでは妖怪が人間たちの居場所を奪い取ろうと画策している。それに気が付いた主人公が妖怪の野望を食い止めるために妖怪と闘うというストーリーだ。

 ちなみに、髑髏将軍は妖怪の総大将みたいな感じでめっちゃ強い。しかもかっこいい。俺も大好き。

 ただ、これはあくまで『人間界』で大流行している漫画。まさか異界に人間の娯楽が流れ込んでいるなんて言う話はないと思っていたのだけれど。

「やっぱりそうだよな」「本当にいる妖怪を参考にしていたんだな」

 そんな内容のざわめきが耳に入ってくる。あれ、俺相当まずいことやっちゃった?

 ......いや、待てよ? 逆にこれを利用したら俺は妖怪として異界に溶け込めるのではないだろうか? そう考えると、この勘違いはありがたい。

「そ、その通りだ」

「うおおお! 髑髏将軍だったら優等生組なのも納得だぜ!」

 あの炎也が一瞬で納得してくれた。まあそれほど強いキャラクターとして描かれているから当然なのだろうけれど。

「それじゃあその宝石の色は? というか、なんで今更妖怪学校に......?」

「う、うむ。それについてだが、そのー」

 そうだ。髑髏将軍としてこれから学校生活を送っていくのなら炎也の疑問は当然のものだ。というか、これで納得がいく返答が出来なかったらただの嘘つきになってしまう。

「確かに漫画の内容が事実なら相当な歳のはずだぜ?」「それにわざわざ学校に通うのも変な話だ」

 まずい、早く答えないとどんどん不信感が増していってしまう。かといって、こんな焦っている状態ではまた変なことを口走ってしまいそうだ。人間界と異界の共通点ってなんだろうか? 違うのは空の色とか妖術の概念だけで実際はほとんど同じとか? スマートフォンとか持っているのかなーーってそんなこと考えている場合じゃない。

「え、ええと」

 もはや素のリアクションで言葉を探す俺。いくつか言い訳は思い浮かぶのだけれど、異界で通じる言い訳なのかが判断できない。これはもう万事休すか?

「決闘中のようじゃな、お主ら」

 と、困り果てている俺の傍に現れたのはマヒロさんだ。音もなく、スッと俺の横に現れたマヒロさんはニコニコと微笑んでいる。

「り、理事長だ」「やべ、流石に騒ぎすぎたな」

 見学していた妖怪たちはマヒロさんの登場でざわつき始める。この様子を察するに、決闘というのはあんまりよろしいものじゃないみたい? さらにそれを止めなかったことで自分たちも怒られるのを警戒しているといったところだろうか。

 そんな風に考えていると、マヒロさんが優しく俺たちを叱る。

「あまり騒ぐものではないぞ、小僧。ほれ、お主も元の姿に戻らんか」

「あ、は......う、うむ」

 危ない危ない。素の口調で返事をしてしまうところだった。......あれ、どうやったら元の姿に戻れるんだ?

『『変化』のように印を崩しても術が消えないものに関しては、結んだ時と逆順の印を組めば効果がなくなるぞ』

 俺の戸惑いを察したのか、タイトが知りたかった情報を教えてくれる。なるほど、それだけでいいのか。

 えーっと、あれと逆順の印ってことは、これから始めて......っと。

『でも気を付けるのじゃぞ。今他の妖怪に印を結んでいるところを見られたら、妖術で変装していたことがバレてしま「あ、戻れた戻れた」

 ふう、これで一安心。あとは適当にマヒロさんにこの場を収めてもらおう。

 そう思って顔を上げると、マヒロさんと炎也のキョトンとした顔が視界に入ってくる。なんだろうか。

 その答えを教えてくれるように、カツーンと何かが地面に落ちる。足元に目を向けると、宝石だ。確か、着けている妖怪の脅威度が分かるっていうやつ。なんでこれが落ちているんだ?

「......。照光だったのじゃな。それで、その恰好は......?」

「恰好?」

 言われて自分の体を見てみると、学校の制服ではなくシャツにジーンズという服装だった。ということは、足元に転がっている宝石は俺の宝石?

「そもそも、今のって『変化』を解除する印だったぞ!」

 追い打ちをかけるように炎也が俺を指さして大声で指摘してくる。ま、まずいまずい!

「ってことは変装してたってことか?」「自分を大きく見せて闘わずにやり過ごそうとしたのか」「でもあの『焔』の威力はすごかったけどな」

 ざわつきは大きくなる一方だ。これはもう俺が何とかできる範疇を超えてしまっている。

「はあ。仕方がないのお」

 宝石を拾うこともできずにおどおどしていると、マヒロさんが俺と炎也の手をグッと引く。突然のことに踏ん張りが効かない俺と炎也が体勢を崩した瞬間、目の前の景色ががらっと変わる。そしてもう一度瞬きをすれば、自分が移動した場所をはっきりと認識できる。理事長室だ。

結局闘いは起きなかったなあ。

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