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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第四章「退魔の『協会』」
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第十三話 別離

 ◇


 協会施設のエントランスホールにて戦いを繰り広げる二人の悪魔、セエレとロノヴェ。

彼女達はほぼ同時に魔力の匂いから地下で行われていた深夜達と炭村との戦いの決着に気づいた。


「あら。アロケルの魔力の匂いが消えた……向こうはラウムちゃん達が勝ったようですね」

「残念だったな、ロノヴェ!」


 ロノヴェはチラリとラウム達の魔力が感じ取れる下に視線を逸らし、セエレはその隙を突こうと殴りかかる。だが、ロノヴェの泥状の肉体にはセエレの物理攻撃は効果が無く、その体をすり抜けてしまう。


「一人ぼっちで頑張りますねぇ、セエレちゃん。良いんですよ、寂しくて泣いても。今のセエレちゃんは小さい子供なんですから」

「ふざけろ! 炭村様がやられて本当の意味で一人なのは貴様の方だろう」


 セエレは有効打にならないとわかっていながらも、周囲に迫るロノヴェの分身たる猟犬を蹴散らしていく。

 それはロノヴェの魔力の消耗を狙った攻撃だったのだが、ロノヴェはそれを意に介した様子も見せず泥から新たな猟犬を生み出し、セエレに向けて嘲笑の笑みを浮かべた。


「本当にそうでしょうかねぇ?」

「……どういう意味だ?」

「私にはご主人様からの愛があるんです」


 自信満々なロノヴェの回答にセエレは口許を歪める。


「何度も何度もふざけた事を」

「心外ですね。私はちっともふざけてませんよ。私、ご主人様にすっごく愛されているんです、だから魔力もたっぷり。だけど、セエレちゃんは違いますよね? 温存してるの、気づいてますよ」

「っち」


 ロノヴェ本体の指示を受け、猟犬と猛禽の群れが一斉にセエレに迫る。

 セエレは舌打ちを漏らしながら、身をよじってその波状攻撃をかわそうとするが、避けきれなかった牙や爪が彼女の衣服を裂き、裂け目からは黒い靄が漏れ出した。


「契約者から代償を奪うのが怖いのでしょう? だから、契約者の少年を逃がして独りで戦っているのでしょう?」

「うる……さい……」

「契約者を思う気持ちは痛いほどわかります。だけど、その結果、役目を果たせないようでは本末転倒じゃないですかぁ?」

「黙れ!」


 ロノヴェの口撃は他のあらゆる攻撃よりも効果的にセエレの余裕を刈り取っていく。


「主従は双方の愛があってこそ。セエレちゃんの独りよがりの忠誠心じゃあ……子供の従者ごっこじゃあ、私には届きません」

「…………」


 セエレは遂に口を噤んでしまう。 しかし、皮肉なことにロノヴェの挑発は核心を突きすぎた。


――確かに、今の私にロノヴェへの有効打は何もない……私は何の役にも立っていない――


 セエレの内に広がったのは激しい激情ではなく、痛烈な内省の感情。それは召喚者の死を誘導したロノヴェへの怒りすら抑え込み、逆にセエレに冷静な思考を取り戻させた。


――役目……ロノヴェの役目は何だ?――


 炭村の狙いは雪代だ。そこまでは分かる。

 では目の前のロノヴェは何の目的があって『協会の襲撃』などというリスクの高い行為に加担しているのか。

 協会という組織を完全に潰すのが狙いなら悪魔祓いである立花を見逃すはずがない。何より悪魔憑き二人ではいくらなんでも戦力不足だ。


――最初、ヤツは私の足止め、時間稼ぎだと言っていた。ならなぜ……炭村様がやられてもまだ私と戦っている? なにか……何かを私は見落としているのではないか?――


 セエレの疑念は膨らむ。そして、その答えは意外な形で露見した。


 ◇


 一方、暴走する炭村との戦いを終えた深夜はガクガクと震える手足を強引に奮い立たせて立ち上がろうと苦心していた。


『深夜、大丈夫?』

「まだ全身ビリビリする……」


 炭村ほどではないが魔道具が放出した電流をその身に受けた深夜は地下の訓練場の床にラウムの大剣を杖のように突き立てて何とか体を支えて痺れが抜けるのを待っていた。


『ラウムちゃんが支えてあげようか?』

「いや……魔力の身体強化でギリギリ立ってるようなもんだから、武装化はそのまま……エントランスの和道とセエレの所に……助けに行かないと……」


 少しずつ体が動くようになるにつれ、深夜はノロノロと訓練場の出口に向かって歩きはじめる。


「助ける。とはどういうことですか?」


 そんな彼の口から出た「助ける」という言葉に反応したのは、意識を失った炭村の手首に触れ脈があることを確認していた雪代。ちなみに炭村の腕は気絶と同時に異能の補正が失われたからか風船の空気が抜けるようにしぼみ、標準的なサイズに戻っていた。


『あ、紗々にエントランスのメイド悪魔の事を説明するの忘れてたね』

「ああ、そうだった……」


【深夜の足元にポタリと一滴の血のしずくが落ちた。】


「ん?」


 深夜は左眼の映像に違和感を覚え、背後で横たわる炭村に目線を向ける。しかし、【未来の炭村は変わらず意識を失って横たわっていた。】


『どったの深夜?』

「いや……」


 深夜は周囲を見渡すが、外敵らしき姿は今も未来も見当たらない。

最終確認の意図も込めて全身をペタペタと触ってみると、炭村に殴り飛ばされた時に額を切っていたのか、ぬるりと赤黒い血が手についた。


「これか………!?」


 その直後、深夜の腹部に激痛が走った。


「神崎さん!」


 その異常に最初に気づいたのは雪代。

 少し離れて彼を正面から見ていた彼女は、すぐさま深夜が着ている白い囚人服の腹部が赤く染まりだすのを目撃した。


「なん……だ?」


 深夜の口から困惑の声が漏れる。

 当然だ、周囲に敵の姿は無いにもかかわらず背中から腹にかけて何かが自分の体を貫いているのだから。


――動けない……間違いない、見えないけど確かに細い剣のような何かが……ここに――


「あっけないな」


 深夜の耳元で男の声が聞こえ、ズルリッと不可視の剣が抜き取られた。


『嘘ッ……匂いは何も……!』

「誰……だよ、お前は!」


 栓が抜け、傷口から噴き出す血の勢いが増す。

 それでも深夜は痛みを堪えて、振り返り、敵がいると思われる場所に向けて大剣を振りかざす。


「ハズレだ」

「がは……っ!」


 だが、その一撃は届かず。逆に深夜はその左肩から袈裟斬りに斬り裂かれた。


『深夜!』

「神崎さん!」


 ラウムと雪代の悲痛な叫びと、取りこぼされた大剣が床で跳ねる金属音が地下訓練場に響いた。

 膝から崩れ落ちる深夜を支えようと大剣から人の姿に戻ったラウム。しかし、その手が深夜に届く前に、虚空から現れた黒いスーツの青年がその手首を掴み上げた。


「誰、離しなさいよ!」

「本命は既に貰ったが、ついでだ。お前も来てもらおうか、ラウム」


 陰のある高身長の青年はぐいと、ラウムを自らの元に引き寄せてあっさりと彼女を拘束してしまう。

 悪魔であるラウムを力で抑え込む姿を見た深夜と雪代はすぐに彼もまた悪魔、あるいはその契約者だと理解する。


「あなた、その手にあるのは、まさか魔導書?!」

「しかもこれ、教導学塾のヤツが持ってた『真正奥義書』じゃない!」


 雪代がスーツの青年がラウムを抑え込む手と逆側に持っている古い革張りの洋書の存在に気づき目を見開く。

 そして、彼女は今回の襲撃事件の全貌を理解した。


「そうか……本当の狙いは保管されている魔導書の強奪で、炭村さんを暴れさせたのは陽動として私たちの注意を引くために……」

「察しが良いな。その通りだ」


 スーツの青年はあっさりと認め、ラウムを抑え込んでいる方の腕に魔導書を持ち替え、腰に差したサーベルを抜く。

 そのサーベルは深夜の血に濡れて赤黒く汚れている。


「ラウムを……どうする、つもりだ?」


 うつぶせに倒れた深夜は敵意のこもった目線だけを青年に向けるが、青年の方はもはや深夜など眼中に無いという態度を取る。


「言っただろう。ついでに連れていく。そして、お前たちを殺すのも、ついでだ」


 ひどく退屈そうに、青年はサーベルを深夜の眼前で構える。


――体が……動かない……――


 深夜にはそれを回避するすべはなく、ただ切っ先を見つめる事しかできなかった。


「……だめぇ!」


 今まさに深夜が殺されるといった瞬間。慟哭と共にラウムの肉体から黒い魔力の霧が放出され、青年の視界を一瞬だけ遮った。


「魔力放出の目晦ましか。姑息なことを……ほう?」


 青年は魔力の濃霧を切り払い、改めて深夜にトドメを刺そうとするが、今度はわずかばかりの感嘆の声と共にその手を止めた。


「セエ……レ……?」


 深夜は息も絶え絶えという様子ながらも、自らを抱きしめ青年から離れた場所に跳んだ赤髪の少女の姿を認識した。


「神崎様、傷に障ります。喋らないで」


 そこで深夜は教導学塾でラウムが似たようなことをした事を思い出す。

 目晦ましに見せかけた魔力放出によるセエレへの救難信号。ラウムは一か八か、セエレがその意図に気づくことに賭けて過去の作戦をなぞったのだった。


「ロノヴェは……ふふっ。一人放置されたか。足止めとしての働きは十分だったな」

「セエレ! 深夜達を連れて一旦逃げ――!」

「お前は大人しくしていろ」

「ぐふっ!」


 スーツの青年はこれ以上ラウムが余計な事をしないようその胸部に拳を撃ち込む。

 ラウムは四肢を弛緩させぐったりと動かなくなった。


「ラ……ウム……」


 深夜は震えながら青年に、正確にはその腕に抱えられたラウムに手を伸ばす。だが、どれだけ伸ばそうとその手が彼女に届くことはない。


「態勢を立て直します! 跳びますよ、神崎様、雪代様!」

「え、あ。ハイ!」


 セエレは深夜と雪代、そして意識を失った炭村をまとめて瞬間移動の異能によって逃がした。


「……まあ、いいか」


 そして残されたスーツの青年の元に黒いスライム状の汚泥が地を這い、近づくとメイド服を着た金髪ロールの少女、ロノヴェの姿を取った。


「あ、セエレちゃん逃げられちゃったんですかぁ? グラ君なさけなーい」

「アレを殺すのは仕事の内ではない」


 青年はつっけんどんに返し、サーベルの血を拭って腰からぶら下げた鞘に納めた。


「仕事じゃないって言うなら、ラウムちゃんを誘拐するのも当初の予定になかったですよぉ? どういうつもりなんです?」


 ロノヴェは面白がるように意識を失ったラウムの頬をツンツンとつく。


「一つ、思い出したことがあった」

「何です?」

「ラウムは()()使()だ」


 青年の言葉を聞いて、ロノヴェの目つきがわずかに鋭くなる。


「なるほど。それは……旦那様が喜びそうなお土産になりますね」


 そうしてロノヴェとスーツの青年、そしてラウムは最初からそこにいなかったかのように姿を消し、地下訓練場には誰もいなくなった。



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