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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第四章「退魔の『協会』」
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第十一話 《黒翼》



「ユキシロォ!」


 協会地下の廊下に響く炭村の咆哮。獣のようなその雄叫びにはもはや理性はほとんど感じられない。


「アイツを止めるとは言ったけど、説得でどうにかなる雰囲気はないよ? 具体的にはどうする気なの?」


「私が囮になって炭村さんをひきつけるので、まず神崎さんには倒れている彼の救出をお願いします!」


 そういって雪代は炭村と自分達の間に倒れる協会職員の青年を視線で示す。


「救出は良いけど……囮とか大丈夫なの?」

「炭村さんが明確に狙っているのは私ですから囮役は私が適任です。それに、神崎さんには左眼の予知がありますから、不測の事態にも対処できるでしょう?」

「了解っと……無茶はしないでよ」

「ご安心を、鍛えてますので!」


 役割を決めると同時に深夜は駆け出し、雪代は銃口を炭村へと向ける。


「コロス、コロシテヤル!」


 雪代の目論見通り、炭村は深夜や青年には目もくれず雪代を目掛けて一直線に突進する。


「はぁ!」


 掛け声と共に雪代の構えた銃が火を噴く。炭村はそれを横跳びで回避するが、それは雪代の誘導だった。


――今だ!――


 炭村の回避行動によって横たわる青年の近くから離れた隙を見計らい、深夜は再び彼の元に転がり込む。


「さて、と……ここからどうしよ?」

『とりあえず、紗々がいた独房のベットで寝かせる? 廊下に置いとくよりは安全でしょ』

「そうだな」


 その後に炭村を人気のない場所へと誘導すればいい。そう判断した深夜はぐったりとしている青年の肩を抱きかかえ、扉が壊され開けっ放し状態となっている独房へと飛び込んだ。

 その直前、炭村と対峙する雪代の方へと視線を向け、深夜は【狭い廊下の隅においやられ、逃げ場を失った雪代の姿】を視る。


「っち! 世話が焼けるな!」


 猶予は十五秒。

 深夜は青年を若干乱暴にベッドに寝かせると、すぐさま廊下に戻り、雪代を今まさに殴りかかろうとする炭村の背後から大剣による一太刀を浴びせた。


「アガッ!」


 痛みに喘ぐ声と共に炭村が一瞬だけたじろぎ、動きを止める。その隙に雪代は炭村の脇を通り抜けて窮地を脱した。


「助かりました! 彼は?!」

「お前のいた独房に寝かせてきた! 炭村をここから引き離したいんだけど……どこか広い場所ない? この狭い廊下じゃ俺達が圧倒的に不利だ!」


 今、深夜達がいるのはちょうど炭村が立ちはだかれば道が塞がれるほどの広さの廊下。この状況では炭村の単調な突進すら回避が難しい。

 それは雪代も理解しているのか、顎に手を当てて協会施設の間取りを脳内で描き始める。


「地下シェルターは避難している人がいるのでダメ……あとは訓練所が確か……神崎さん! ラウム!」

「なに?」

「この真下に私達悪魔祓い用の訓練スペースがあります! ラウムの力で床を壊して炭村さんを落としましょう!」

『そういうことね! おけおけ、ラウムちゃんに任せなさい!』


 雪代の策を聞いた深夜がその場で床に大剣の切っ先を突き刺すと、黒鉄の大剣は纏う密度の魔力を高めパチパチと紫電を放ち始める。


「ニガスカァ!」

『まさに猪突猛進。ま、おかげでこっちはやりやすいけど』

「ああ。まったくだ……落ちろ!」


 万が一にも独房に残した青年や他の部屋に取り残された人を巻き込まないように出力を調整しつつ、大剣を通して魔力を床へと流し込む。

 魔力の迸りは黒い亀裂へと変わり、雪代の事しか眼中にない炭村はあっさりと床の崩落に巻き込まれ階下へと落ちていった。


「落下の衝撃で気絶してくれると楽で助かるんだけどなぁ……」

「ドコダァ! ドコニイッタ! ユキシロォ!」

『まだまだ元気みたいだよ』

「っち……」


 深夜は土煙が湧きたつ穴から階下を眺め希望的な願望を漏らすが、即座に聞こえてきた声がそれを否定し舌打ちを打つ。


「ですが、あそこなら私達にも戦いやすいはずです。行きますよ神崎さん!」

「わかったよ!」


 そして、深夜と雪代も炭村の後を追ってその穴に飛び込んだ。


 ◇


『おお、確かに広いね』


 ラウムが感嘆声を上げるように、地下二階に広がっていたその空間は確かに広い。深夜の身近な例を挙げれば天井の高さの差はあるが、おおよそ学校の体育館とほぼ同じくらいだろうか。

 ここなら炭村の攻撃を避けるのも、ラウムの大剣を振り回すのにも困らないだろう。


「それで、殺さずに止めるって具体的にはどうするのさ? アイツ、手足に退魔銀を撃ち込んだくらいじゃすぐに回復して意味ないよ」

「今回に限っては退魔銀は一切使いません」

「なんで?」

「炭村さんは既にかなりの量の代償を支払い、理性を失いつつあります。神崎さんの言う回復もおそらく代償を過剰に支払うことで異能の出力を高めた結果でしょう」

「殺さずに止めるなら、代償の払い過ぎで死なれるのも本末転倒、か」


 炭村が何を代償に異能を使っているのか、深夜達にはわからないが戦いを続けるほどに炭村は獣に近づいている。あまり余裕を構えることはできないだろう。


「ラウム、炭村さんの契約は憑依型で間違いありませんね?」

『うん。匂い的に実体化でも魔道具でもないから、十中八九憑依型の契約だね』

「なら、契約者が意識を失えば悪魔との契約は強制的に解除されます」

「つまり、ボコって気絶させる。と?」

「ハイ!」

『わっかりやすーい』


 つまり、いつもと同じ。戦って勝つという事か。


「そういう事です。なので、私が彼の注意を引くので攻め手は神崎さんに任せます!」


「面倒くさいけど、それが一番確実か……援護よろしく!」


 深夜は大剣を肩に構え、身を落とし炭村に肉薄し、横薙ぎの一太刀を振るう。


「フンッ!」


 だが、それは炭村の右腕によって阻まれる。


『もー! 筋肉が固すぎてやんなっちゃう!』

「ウザッタイナァ」


 炭村は大したダメージを受けた様子はなく、止まった虫を払うように右手を振りかぶった、だが、その直後に雪代の声が響く。


「神崎さん!」

「了解」

「ック!」


 離れた位置から構えられた銃口が炭村を狙う。それを目視した瞬間、彼は大きく後ろに跳んでその射線から外れた。


――当然……回避に徹するよな!――


 ただの鉛玉や非殺傷ゴム弾程度では炭村にとっては大した脅威ではないだろう。だが、雪代がどれだけ口に出していようと、彼にその言葉を信用する事など出来はしなかった。

 四肢ならまだいい、消耗はするが回復できる。だが、万が一にも退魔銀の弾丸を頭部や心臓の付近に受ければ死は免れない。その可能性がわずかにでもある以上、炭村に雪代の銃撃を気にしないという選択はなかった。


「逃がすかよ!」


 そして深夜は、炭村が回避のために跳んだ先へと追随し、大剣を振りかぶって大振りの一撃を放つ。


「ぐっ! ……ガァア!」


 回避の隙を突いたその一撃は炭村のボディにクリーンヒットし、遂にその表情に苦痛が浮かんだ。どれだけ筋肉の鎧を着こんだとしても内蔵へのダメージを殺しきることはできなかったのだ。


『効いた!』

「反撃がくる、一旦引くぞ」

『おけおけ!』


 炭村は懐に飛び込んできた深夜へのカウンターとなるよう腕を振り払う。しかし、その攻撃を既に予見していた深夜はそれをバックステップで回避する。


「……ダッタラ」


 先ほど深夜がしたのと同じように、炭村は彼の回避の隙を狙おうと姿勢を低く構えた。だが、それを見て取った雪代は即座に炭村に向けて銃弾を放つ。


「残念ですが、それはさせません!」

「クソっ! ……クソォ!」


 炭村は悪態を付きながら雪代が放った銃弾を腕で防ぐ。当然それは非殺傷のゴム弾であり、彼にとっては蚊が刺した程度の痛みしかなく本来なら防御するまでもない。

 それでも退魔銀という最強のカードが雪代の手にある以上は防がざるを得ない。


「クソクソクソクソ!」


 どんどんと炭村に選べる選択肢が削られていく。そして、理性が失われつつある彼は思考を放棄し、深夜を無視して一直線に雪代へと駆け出した。


「ユキシロ、オマエさえ、オマエサエ!」

「炭村さん……」


 その手が雪代を再び鷲掴みにしようとした刹那。両者の間に大剣を刺突の体制に構えた深夜が割り込んだ。


()()なら、少しは効くだろ!」


 その声と共に、大剣の切っ先が一直線に炭村の鳩尾に吸い込まれていく。


「がはっ!」


 人体急所への直撃を受けた炭村の呼吸が止まる。深夜はそれを見逃がさず、ラウムへと更なる魔力を催促する。


「このまま突き飛ばす……限界まで魔力を寄越せ、ラウム!」


 その要請にラウムは言葉ではなく行動で答え、深夜の四肢にかつてないほどの力がみなぎる。炭村の巨体すら吹き飛ばせるほどに。


「いっけぇえええ!!」


 絶叫と共に突き出された大剣。その直撃を受けた炭村が宙に浮かび、数メートル先に背中から落下する。


「はぁ……はぁ……勝った?」

「神崎さん! 大丈夫ですか?」


 大剣を杖のように地面に突き立て、息を荒げている深夜の背中に雪代が手を添える。


「手足がピリピリする……」

「魔力で本来出せない力を無理やり引き出しているんです。代償はなくとも肉体に負荷は有るでしょう。炭村さんを拘束したら一旦休んで……」

『二人とも! お疲れムードのところ悪いけど、まだ終わってないよ!』


 確かな手ごたえから油断していた深夜達をラウムが制し、三人に再び緊張が走る。


『悪魔の匂いはまだある…………うそっ!』


 そして、深夜によって吹き飛ばされた炭村に視線を向けた彼らはその先の光景に目を見開いた。


「……なんだよ……()()

「可視化されるほどの高密度の魔力放出?! あの姿はまるで……」

『間違いない……あれは《黒翼》』


 彼らの視線の先で拳を地につき、立ち上がろうとする炭村。その両肩からは漆黒のエネルギーが肉体の枷から解き放たれたように放出され、バーナーの炎のように揺らめき漆黒の光を放ち続けている。


「■■■■■■■■■■■■ッ!!!」


 それはまるで、実体のないエネルギーで形作られた黒い翼のようだった。


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