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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第四章「退魔の『協会』」
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第九話 その因縁


「ガァッ! ソノ手錠……退魔銀カ!」

「いまだ、二戸! 撃て!」


 悪魔の異能によって全身の筋肉に魔力を帯びていた炭村の体。

その足首から先を退魔銀の手錠によって消し飛ばした深夜は後方に立つ悪魔祓い、二戸叶に向かって叫ぶ。


「クソ、ガァアア!」

「っ! ……あぁ、あああ!」


 絶叫と共に銃声が廊下に響く。炭村にこの一撃を避けることはできないだろう。


「は、ハハ!」


 しかし、炭村の体は崩れず。逆に微かな笑い声が漏れていた。


「ソウカ、オマエ……()()()()()()()()()()


退魔銀によって失われていた四肢。その断面から赤黒い魔力のスパークが走り、ミミズがのたうつように筋繊維が伸びて喪失していた手足が再生する。そうなれば、深夜と二戸は炭村の人外の速度にはついていけない。


「二戸……逃げっ!」


 深夜が声を発することすら間に合わず、爆発染みた踏み込み音を立てて炭村は二戸に肉薄する。


「あっ……」

「アマイナァ……」

「がはっ!」


 そして、炭村の右腕による薙ぎ払いをその身に受けた二戸は壁面に叩きつけられて血を吐き、床に倒れ伏した。


「ユキシロ……ドコダァ……」


 炭村は動かなくなった二戸や深夜への興味を失ったのか、あるいはもう彼らが自分の障害になりえないと判断したのかフラフラと理性の感じさせない足取りで廊下の奥に消えていった。


「っはぁ……はぁ、はぁ……見逃された……のか?」


 無意識に炭村が見えなくなるまで息を止めてしまっていた深夜がようやく口を開き、大きく息を吸う。


――アイツ、雪代を探しに行ったのか……――


 炭村の後を追うべきか、否か思案する深夜。そんな彼の背後から聞き覚えのあるやかましい声が聞こえてきた。


「深夜ぁ~! 会いたかったよぉ~!」

「うおっ! あぶなっ!」


 背後からの接近は未来予知ができないが、それでも過去の経験則からその声の主がやりそうなことを予測した深夜はその場にしゃがみこんだ。


「なんで深夜はいつもいつも避けるのよ!」


 声の主、ラウムの両腕が深夜の頭上で空を切り、彼女は不満げに声を上げる。


「こっちは今退魔銀の手錠つけてるんだよ! 消し飛びたいのか」

「あ、そういえば、セエレがそんなこと言ってたの忘れてた!」

「ったく……っていうか、和道とセエレがお前の手助けに行ったはずだろ? 二人はどうしたんだ?」

「えっと……一から説明するとちょっと複雑なんだけど……」


 ◇


 時刻は少しだけ遡り。協会施設のエントランスにて、ラウムは負傷した立花を庇いながらロノヴェが生み出した野獣の使い魔達を相手に立ちまわっていた。


「一匹一匹は雑魚だけど、数が多い!」

「質より量が私の売りですのでその点はご容赦くださいね、ラウムちゃん」

「気安く『ちゃん』付けで呼ぶな!」


 ラウムは牙を剥いて襲い来る泥で作った狼のような使い魔達を手当たり次第に蹴り飛ばす。


「っていうかオジサン、大丈夫?」

「申し訳ありません……やっぱり歳は取りたくないですね……」


 炭村の攻撃の余波を受けた立花は命に別状はなさそうではあるが、明らかにその動きはぎこちなく、獣たちの波状攻撃に対応しきれていなかった。


――まずいなぁ。アイツも時間稼ぎが目的っぽいから一斉攻撃とかはしてこないけど、消耗戦じゃこっちが確実に負ける――


「あぁ、もう! セエレってば早く深夜を連れてきてよ!」

「悪魔が泣きごとを言うな。みっともない」

「おやおや? 予定よりお早い増援ですね」


 ラウムの背後から迫る泥の獣を踏み潰すように和道とその背中におぶさったセエレがエントランスに現れ、ラウムに叱咤をぶつける。


「悪い遅くなった!」

「ラウム。状況を説明しろ」

「あれ? 二人だけ? 深夜はどうしたの?」

「神崎は退魔銀の手錠が付けられてて、これじゃあ戦えないからって今は鍵を探してる」


 和道から状況説明を受けたラウムは苦虫を嚙み潰したように顔をしかめる。


「じゃあ今って深夜一人で施設の中をうろついてるの?! あのマッチョ兄さん、さっき入っちゃったんだけど!」

「マジかよ!」


 セエレはちらりとエントランスの入り口付近に立ちはだかるようにしているメイド服の悪魔ロノヴェを一瞥し、険しい表情のままラウムに告げる。


「アレの相手は私に任せろ。ラウムは神崎様のところに向かえ」

「……おっけ……あと、このオジサンも頼める?」

「直樹様、申し訳ありませんが……」

「ああ、わかった」


 短いやり取りで和道とセエレは互いの役割を決め、セエレは主の背中から飛び降りる。


「あぁ。ラウムさん、神崎さんのところに行くんでしたら、これを」


 もはやこの状況はラウム達悪魔に頼らねばならないと理解した立花はコートの内側から小さな白銀色の鍵を取り出し、ハンカチに包んでラウムに手渡す。


「神崎さんの手錠の鍵です。退魔銀製ですので、触らないように気を付けてください」

「うへぇ……生きた心地しないなぁ」


 ラウムは直接触れないように気を使いながらそれをジャケットのポケットに収める。


「あと……これも」


 そして立花はもう一つ。ラウムに()()()を託す。


「……いいの? 私に預けちゃって?」

()()は必要になるでしょうから」


 ラウムはソレをしげしげと見つめてから受け取る。


「じゃあ、セエレ! あのクソメイドの相手。任せたわよ!」

「言われるまでもない」


 そうして、ラウムがエントランスから施設の内部へと駆け出していく。


「……黙って見送ってくれるのだな」


 セエレはロノヴェを睨み付けたまま小さくつぶやく。先ほどのやり取りの間、ロノヴェは敢えて獣たちの動きを止めて大人しくラウムが施設内部に進んでいくのを見逃していたのだ。


「だって、二対一って大変じゃないですか? 戦力を分散してくれるのは私からしても大歓迎なんです。あ、ついでにそっちの人達も外に逃がしても構いませんよ?」


 ロノヴェはこともなげに告げるとその指先で和道と立花を指し示す。その動きに応じて周囲の獣たちの視線が彼らに向く。逆に和道達をこの場に残すのなら容赦なくその弱点を狙うという意思表示。


「直樹様、ご無礼申し訳ありません」

「え? セエ――」


 セエレは短く謝罪すると和道に手をかざし一瞬のうちに彼をエントランスの外に飛ばしてしまった。


「そちらの悪魔祓いの方も、安全なところに飛ばしますので、身に着けている退魔銀を捨てていただければ」

「そうですねぇ。今の僕、足手まといですし」


 立花は大人しくコートを脱ぎ捨て、彼もまたセエレの異能によってエントランスから消えた。


「あのですね、勘違いだったらゴメンなさい。もしかしてですけど、セエレちゃんって、私のこと嫌ってます?」

「痴れ事を……お前が円香様を悪魔憑きなどという外道の世界に引き込んだんだろう?」

「円香……あぁ。あなたを召喚して死んだ……アレは彼が望んだことです。娘との再開するために、って」

「あの人達に私なんて必要なかったんだ……時間はかかっただろうが、いつか互いを分かり合える日が来るはずだった。お前と私がしたことはその可能性を奪っただけだ」


 セエレは赤い髪を靡かせロノヴェを睨む。その眼は怨敵に向ける激しい怒りに燃えていた。


「復讐のつもりですか? それはお門違いかと」

「ああ、そうだな。だが、お前が生きている限り同じ悲劇がまた起きる。だから……」


 セエレは身を屈め、握り拳を腰だめに構え――


「……だから?」


――風切り音と共に消え、ロノヴェの背後へと瞬間移動し、構えた拳を突き出した。


「私はお前が嫌いだ!」


 セエレの拳の直撃を受けたロノヴェの肉体は泥となってエントランス一面に飛散する。だが、それらは寄り集まって一つの泥の塊となっていく。


「私はセエレちゃんの事が結構好きなんですが、残念です。じゃあ、どっちが上かわからせてあげますね。可愛い可愛いセエレちゃん」


 そして、泥の塊は再び金髪の少女の姿となって不敵に笑った。


 ◇


「と、いうわけで。これ、深夜の手錠の鍵」


 ラウムからエントランスの状況について一通り説明を受け、手錠の鍵を受け取った深夜は数日ぶりに解放された手首をさする。


「状況はだいたいわかった」

「あと、これもオジサンに渡されたんだよね」


 そういってラウムが懐から取り出して見せたのは深夜にも見覚えのある白銀色の自動拳銃とその弾倉。


「これ、雪代の銃か」

「多分ね。……今更だけど、どうする?」

「決まってるだろ」


 深夜は全ては言わず、ラウムから受け取った拳銃を持ったまま、壁にもたれかかる二戸の元へと歩み寄る。


「……俺を殺す気か?」

「既に死にそうな顔で何言ってんだか……っていうか、よく生きてるね」


 丸太を優に超える太さを持つ炭村の腕、その一撃をまともに食らったにもかかわらず二戸は意識がはっきりした状態で命にも別状はなさそうだった。


「俺達のコートは協会が開発した特殊繊維製だ……物理的な衝撃も半分以下に分散させられる。まあ、それでも肋骨がボロボロで動けねぇけどな……」

「なるほど。だからみんな季節関係なくそんな暑そうな服着てたわけだ」


 協会の黒コートは彼らのシンボルであると同時に強力な鎧なのだろう。


「まあいいや。あんたに聞いておきたかったんだ」

「聞きたいこと?」

「あの炭村って悪魔憑きはなんであんなに雪代に執着してるの?」

「……炭村はアイツが初めて戦って……見逃した悪魔憑きだ」

「……見逃した?」


 二戸は表情を歪めて答える、それが痛みからなのか過去への忌々しさなのか深夜には判別できない。


「ああそうだよ。『悪いのは悪魔だ』『更生の余地はある』そんな戯言吐いてやがった」

「雪代らしいっていえばらしいのかな」


 実際に深夜自身も雪代に見逃されていたわけだから、二戸の話に驚きはなかった。


「事情はわかった。……ラウム! 行くよ!」

「あ、終わった? 匂い的にあのマッチョ、地下に降りて行ったっぽい!」


 ラウムに呼び掛けた深夜が再び二戸をちらりと一瞥すると彼は不機嫌さを隠さずに吐き捨てる。


「アイツの独房が地下一階にある……」

「情報どうも」

「テメェ……悪魔憑きのくせに本気でアイツを助けに行く気か?」

「何だかんだで恩もあるし……悪魔祓いでも死なれたら気分が悪いからね」


 それだけ言い残し、深夜はラウムと炭村が消えた廊下の先へと走りだした。


「ねぇ深夜。さっきのって三木島の時に紗々が言ってたやつだよね?」

「そうだけど?」

「なんか通じ合ってるっぽくてラウムちゃんジェラシー!」

「何言ってんだか」


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