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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第四章「退魔の『協会』」
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第八話 呉越同舟



 警報音の鳴り響く協会の施設内を駆ける深夜。職員はほとんど避難が完了しているらしく、道中で誰かとばったり遭遇するということもない。そのおかげもあって、手錠をつけ、入院着のような格好をしていても気にせずに動き回ることができた。


「っていっても、誰かに会わなきゃ鍵の手掛かりも見つからないわけで……」


 もしかしたら、どこかの部屋に鍵の保管庫のようなものもあるのかもしれない。だが、悪魔憑きの襲撃を受けて一分一秒を争うこの状況下でそんな悠長な事をしている暇はない。

 となれば、施設の奥に存在するはずの避難用の区画に向かい、鍵の在りかを聞きに行くのが最も確実かつ効率的な方法だろう。


「道中で避難途中の誰かと会えたらそっちの方が良いんだけど」


 深夜のそんな呟きが引き寄せたのか、彼が持つ未来予知の力を持った左眼が廊下の先の曲がり角から飛び出してくる人影を写す。


【深夜とばったり鉢合わせになったその男は一瞬の驚きの後、即座に深夜の顔面に拳を突き出した。】


――うげっ……――


 その未来を視て深夜は表情を歪める。だが、先ほども言った通り今は遠回りや人を選んでいる時間は無い。

 深夜は覚悟を決めて回避の準備をしながら廊下の先の曲がり角に駆けた。


「うおっ!」

「……よっ」


 深夜とばったり鉢合わせになった赤いメッシュの入った男、仁戸叶は一瞬の驚きの後、即座に深夜の顔面に拳を突き出した。


「やっぱりテメェが糸を引いていたのか、神崎深夜!」

「違う! この騒動には俺は無関係だ」


 予知済みのその攻撃を避けながら深夜は露骨に敵意をむき出しにしている仁戸に抗議する。


――コイツ本気で顔面殴ってきやがった――


「じゃあ、なんでテメェは独房から抜け出してやがる!」

「こっちにも色々と事情があるんだよ! ……説明してやるから……殴りかかってくるのやめろ!」

「うるせぇ! 悪魔憑きの事情なんざ知ったことか!」


 仁戸は深夜の話など端から聞く耳を持つ気がないらしく、顔面、鳩尾といった急所を的確に狙って深夜に殴りかかってくる。拳銃こそ使っていないが、それは完全に敵対者へとの対応だった。


「っち! ちょこまかと避けやがって」


 その攻撃を全て回避された仁戸は悪態を付き、ボクシングの構えを取ったまま一歩下がって距離を取る。


――雪代、俺の左眼のことは協会の仲間に言ってないのか――


 深夜は心の中で雪代の配慮に感謝しつつ、次に自分がするべき行動が何かを考える。


――コイツを説得して鍵の居場所を聞き出したいんだけど……――


 手錠のせいで機敏な動きが難しい状況。仁戸からの攻撃を避けながら説得するのも骨が折れる作業だ。今はこんなことに時間を割いている場合ではないというのに。


「……なんか、そう考えたらだんだんと腹立ってきたな」


 どうして事態の解決に向けて奔走している自分の方が気を使ってやらなければならないのか。そもそも、乱暴な手段に訴えかけてきているのは仁戸の方だ、それに対して深夜が穏便に済ませてやる義理はどこにもない。


「……よし!」

「なにを……うぉ!」


 何かが吹っ切れたらしい深夜は回避と同時にカウンター気味に回し蹴りを放つ。しかし、魔力による身体強化の無い深夜の蹴りは精細さに欠け、仁戸は目視してから容易にそれを避けた。


「もういい……こっちには時間が無いんだ。お前ぶっ倒して鍵の在りかを吐かせてやる」

「やれるもんならやってみやが……」


 改めて深夜と仁戸が向かい合った瞬間、両者の間の壁が轟音と共に突き破られた。


「ヲヲオオオオオ!」


 両者の間に現れたのは異常発達した筋肉の鎧に全身を包んだ異形の男、炭村だった。


「ユキシロは、ドコダァ!」


 深夜達はすぐに目の前のその男こそ、騒動の元凶だと理解する。


――コイツが和道の言っていた……って、ちょっと待て。コイツがここにいるってことは――


「お前、ラウムはどうした?!」

「……ラウム? ユキシロ、デハナイ」


 炭村は深夜の問いかけに首を捻り、支離滅裂な返答を返す。


――だめだ、まともに話が通じない――


 ラウムとの魔力の繋がりが途切れた感覚は無い。だが、何か不測の事態が起こっていることは確かだ。


「おい、仁戸! 流石にお前も状況は分かっただろ! 手錠の鍵の場所を教えろ!」

「うるせぇ! テメェが無関係なのはわかったがこれは俺達の仕事だ! 悪魔憑きは大人しく牢屋に戻りやがれ!」


 仁戸は相変わらず深夜への敵意を隠さない。だがそれでも物事の優先順位は理解しているらしく、コートから雪代と同じ拳銃を取り出してその銃口を炭村に向ける。


「悪魔バライ? ……おまえ、ユキシロかァ?」

「ちげぇよ! あんな甘ちゃんと一緒にすんじゃねえ!」


 言葉と共に、仁戸の構えた銃が火を噴く。しかし、炭村は数メートルしかないにも関わらず、常軌を逸した反応速度でその銃弾を回避した。


「バケモノがよ!」

「ユキシロはドコダァ!」


 炭村は摩耗した理性の中、眼前の悪魔祓いも雪代にたどり着くまでの障害と認識し、拳を振り上げて排除に取り掛かる。


【炭村の大振りの一撃は廊下の壁を砕き、飛散した瓦礫が拳を回避した仁戸を襲う。】


「避けた後も気を抜くな! 壁の破片が飛んでくるよ!」

「いちいちうるせぇ! 口出しするんじゃねぇよ!」

「お前にやられたら俺が困るんだよ!」


 口では反目しつつも仁戸は深夜の忠告に従い、炭村が破壊した壁の残骸による追撃を完璧に躱す。


「くたばりやがれ!」


 攻撃後の隙を突いたつもりの銃撃が放たれるが、炭村は自らが開けた壁の大穴に飛び込んでそれを回避する。その結果、炭村を挟んでその奥にいた深夜の脇を銃弾が通り過ぎていった。


「危なっ! 俺に当たるところだったんだけど!」

「知るか、いっそ当たってろ!」

「お前ホント……おい!」

「今度は何だ!」

「後ろから来る!」

「ジャマヲするナァア!」


 壁の大穴に消えた炭村はその内側を通り、再び廊下の壁を突き破って仁戸の背後へと回り込んでいた。


「っち!」


 その舌打ちは炭村の奇襲に対してか、それとも深夜のアドバイスへの苛立ちか。

 だが、炭村が廊下に再び姿を現すよりも先に拳銃を構えていた事で、遂にその銃弾は炭村を捉えた。


「ガァアアア!」


 絶叫と共に退魔銀を受けた炭村の両腕が破裂し血肉を周囲に飛散させる。だが、その絶叫も一瞬のこと。断面から筋線維が増殖しあっという間に炭村の両腕は再生した。


「再生能力持ちか……」


 仁戸は一旦距離を取るため、深夜の隣にまで下がる。


「なあ仁戸。確認したいんだけど、今この建物で戦える悪魔祓いって何人いるの?」

「あ? ……俺と立花さんの二人だけだ。他は出払ってる」

「立花……はあのオッサンか。今から緊急でここに呼び出す手段とかないの?」

「あったらやってるってんだよ。普通にスマホで連絡入れるくらいしかできねぇよ」


――ラウムや和道に俺から連絡入れる手段もないし……――


 つまり、救援や助太刀は期待できないということだ。


「一応聞いとくけど、お前がこの手錠の鍵を持ってたり、とかないよね?」

「残念だったな。それの鍵を持ってるのは立花さんだ」

「ああ、なるほど」

「邪魔だ、ジャマだ、ジャマダ、ジャマダジャマダジャマダ!」


――状況は最悪、だけど、諦めたら死ぬだけだ。考えろ、俺にできることを――


 深夜はあらゆる策を練り、思考し、左眼の未来予知でその結果を検証していく。

 その結果、彼は一つの奇策を見出した。


「おい、二戸」

「さっきから偉そうに呼び捨てすんな」

「退魔銀の銃弾はまだあるよな?」

「……ああ」

「アイツの足を崩す。タイミングを合わせろ」

「なっ……オイ!」


 深夜はそれだけ言うと手錠をつけたまま炭村に向かって駆けだした。


――事情はさっぱり分からないけど、コイツは雪代の事を探している。なら――


「あんたを雪代の場所に行かせるわけにはいかないな」

「ユキシロ……ユキシロォ!」


――かかった!――


 炭村の意識は完全に深夜へと向けられ、その手が深夜を捕らえようと伸ばされる。だが、深夜はそれを両手首を繋ぐ手錠の鎖で受け止めた。


「アァ?」


 退魔銀の鎖に触れた炭村の腕は弾け、深夜の姿を鮮血で染め上げる。


「うおおぉ!!」


 そして、深夜はそのまま右腕を失った炭村の足元に潜り込み、腕を消し飛ばした時と同じ要領で手錠の鎖を足首に引っ掛ける。

 ただの人間には何の意味もない非力な行動に過ぎない。だが、炭村は全身の筋肉を魔力によって強化した怪物だ。


「ガァアアアア!!」

「いまだ、二戸!」


 足首から先を失った炭村の全身が大きく傾く。おそらく、この足もすぐに再生するだろう。

 だが、今この瞬間だけはどこにも踏み出すことができない炭村に銃弾を躱すことはできない。


「っ! …………あぁあああ!」


 二戸の構えた銃口はまっすぐ、炭村の眉間を捕らえていた。




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